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18城目 躑躅ヶ崎館からの続きです。
100名城19城目は甲府城(別名 舞鶴城)です。
甲府城は甲斐の覇者武田氏滅亡の後に 甲斐の中心地であった躑躅ヶ崎館から甲府に行政を移したことから始まります。
豊臣、徳川らの有力大名達によって築城が本格化していきます。
しかし歴史に名高い攻城戦が行われたわけでなく、kuniにとってはちょっと興味の薄い城であったことは確かです。
どっちかというと躑躅ヶ崎館のオマケで登城するか〜くらいの感じでしたが、実際に見に行ってみると、壮大で素晴らしい城跡でしたよ(^_^;) 甲府の皆様申し訳ありませんm(__)m
甲府城到着して登城前にバイクで城跡を一周走ってみると 高い石垣に立派な櫓を発見! お〜これは見事!
これは再建された稲荷櫓です。思わず愛車と記念撮影パチリ。
この写真を撮っている時に、オッサンカメラマンに話しかけられました。
「メーカー名が見当たらないけどどこのメーカーのバイクですか?」
「石垣が良く似合うバイクですね」
と褒められて気分良くなったところで「写真撮らせてもらって良いですか?」と言われれば断る理由はありません(^_^;) SRクンはオッサンに写真撮られてました。
城内に入ります。堀も大きく石垣の段差も見えます。
城内の広場から本丸方向を望むと、幾重にも石垣が連なり固い防御を感じさせます。工事中の場所がいくつかあって残念ですが、堂々たるものです。
これは最初に外から見えた稲荷櫓。発掘調査で判明した遺構の場所に絵図や史料をなどをもとに平成16年に復元したものだそうです。
本丸へ向かう途中の造り。この造形 好きだな〜〜ワクワクしてきます。
本丸に残された櫓跡。
そして天守台へと向かいます。
そしてこの天守台からの眺めが雄大で素晴らしい。かつての城主達も眺めたであろう景色。
富士山見えます。
この立派な天守台ですが、天守閣の存在はかなりあやふやで 立派なものあったという意見と 古い文書には無かったという意見があり、裏付ける資料も無いために再建は見送られている模様。また、それも面白いものです。
ただね、ちょっと気になったのがこの石垣です↓
築城当時はすでに石垣技術は完成の域に達しており、有力な大名の城の天守台にもかかわらず、、なんでしょうこの手抜き感? まあこれはこれで味わい深いとも言えますが他に比べてちょっとね。。。(^_^;) 財政が困窮していたとか??
天守台から降りてきて、再建された 鉄門(くろがねもん)
復元に際しては文献史料や絵図、古写真などの関連史料の調査が行われ、江戸初期の姿を念頭に復元を行い、復元工事・石垣の補修は基本的に伝統工法に基いて行われ2013年度に完成されたそうです。
ということで、100名城19城目のスタンプです。
さて、、躑躅ヶ崎館、甲府城と登城してそろそろ帰路に着きます。
帰路はすぐに高速に乗らず411号線 柳沢峠から奥多摩へと抜けて中央高速で無事帰宅しました。
走行距離 316km
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本来ならば、櫓が建つはずの数奇屋櫓、一番櫓、三番櫓の位置にまで土塀がめぐらされた甲府城。
山梨県当局の再建への強い意志を感じますね。
SR400、古風なデザインが城とマッチングしてますね
[ 55ライダーα ]
2018/5/23(水) 午後 9:14
返信するKuniさん、甲府への来訪ありがとうございました。
豊臣時代には家康の監視、徳川時代には江戸の守りを担ったお城です。
天気も良く素晴らしい写真ですね〜
またのご来訪をお待ちしております!
2018/5/23(水) 午後 9:49
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