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私が通っているガンセンターです。
今日は2週間前に検査したCTとレントゲンの結果を聞きに病院に行ってきました。
結果は、「マーカーの数値が300位だと影も見えない」と言われてお終い。
又3週間様子を見ましょう。と言うことでした。
抗がん剤を始めると、やっぱりドンドン辛くなるので、3週間の猶予をもらったと思って、
又、どこか行って来ようか考えています。
少し暢気すぎかな?
今日は息子と一緒だったので、最近ブログで色んな人がアクセスして来てくれている話をし、今の自分の気持ちを確認してみました。
私の考えている事だから、今、癌で治療中の方々や、家族を癌で亡くされた方々に勝手なこと言うな!と叱られるかも知れませんが、あくまで、私個人の考えだと承知してください。
私は癌だと知った時から、死と言うことは覚悟しました。
それが何時来るのかは解らないが、確実に来る物なのだと言う前提の下、それまでどう生きるかを考えたいと思いました。
それで病気の事は、幸いにもガンセンターという今、日本で一番、癌のことに精通している病院で、
がんのことしか頭に無い医師に見て貰っているのだから、其処にお任せ、
後は、神様の言うとおりで、それ以上の事、余計な事は考えない事にしました。
本当に此処の先生は癌以外のことは考えないんですよ。肝臓の数値が高くても、ガンではないと解るとそれっきり、血糖値が高いと言っても気にもしない。
それらは近所の病院で対処してもらっています。
痛い苦しいは医師。 寂しい、辛いは神様(仏様)(ご先祖様)にお任させ。
来るとこは来ると、執着やしがみ付くジタバタハしない事に先ず決めました。
それで、どう生きたいか?
最期まで人として恥ずかしくない生き方をしたい。
何か意味が有るのならその意味を知る努力をする。
でも、私ごときにそんな大きな意味が掴めるなんて思うのもおこがましい。
解らないままや行きたい所、したい事、見たい事を過ごすだけで終るかもしれません。
(今から何も見つけられない言い訳をしてる?)
病人なんだからと、甘えたり、少々理不尽なことも許される、何て思わずに、あくまで、人間として、「それ遣っちゃいけないでしょう」と言うような生き方はしない。
それだけは決めているのです。
其の外に、今、生きているのだから、生かされているのだから、何か意味が有るのだろう。それを探りながら、勉強しながら生きて生きたい。
でも全く他の人の世話にならずになんて生き方は、できません。
現実に、先日岸和田の七社詣をしたいと思って、実行した際、息子や其の友達、親友、そして岸和田で土生神社の宮司様、其のお友達に精一杯世話になりました。
行きたいは、私の我が侭、でも理由は、良く生きる為のヒントが欲しい。だったのです。
それなら、と、息子達は一緒に行ってくれ、たぶん宮司様達は、そんな私の意気込みを買って下さったのだと理解しています。
何時も誰かの世話に成っていると言う事、一人では生きられないのだと言う事を忘れず、感謝、「ありがとう」を常に肝に銘じて生きたいと考えています。
死ぬ時後悔しないように、思いを残さないように、精一杯生きて行きたいと思っています。
そうなると、私が死んだ後、側に居た亜樹彦は私の身内から、
もっとして上げる事が有ったのではないか?
他の方法を何故試して上げなかったのだ?と攻められる事に成るかも知れません。
息子は、「今精一杯側で看病している。だから後で後悔はしない。あくまでお母さんの考え方を尊重しているから」と言ってくれています。
だから、病気であくせく時間と気持ちを使わなくて済むと言うメリットが有ります。
じっくりと、
自分のしたい事、
するべき事、
それらはただの我が侭か?人として恥ずかしい事ではないか?だけを考えて行動すれば良く
実にシンプルに生きられます。
ただし、シンプルゆえに、より良く生きると言う事はどんな事か酷く悩みます。
時々家族だから息子だからと、甘えてしまったり、甘やかしてくれる親友や、息子の友達に我が侭を言ったり、したりの、失敗は時々あり反省しきりの毎日です。
最近、より良く生きようなんて、本当はとても難しいことだと思い知った。が、それしか今私には無いのだと、それも肝に銘じている。
このまま変わらない(何も発見できない)そんな自分で行けたらそれはそれで、自分らしさを貫けたらそれも誇りに思えるかも・・・
追伸
病気した頃からボチボチ其の日の体調など書いていたノートを再発を期に開いてみたら、こんな記載がありました。
「人生百とすれば、五十は半途、峠です。私は峠に来ました。(中略)峠と言っても、向こうは下りとは決まっていません。
ヤコブの夢の天にかけたる階段(創世記28章12節)のように山の上にも山があり、山の奥にも山がある。
人の生(よ)の旅は唯上りです。」
その登りは中年の時のように強いられたり、または推偉の座を守る、栄賞を守るためのステップではありません。
この場合自分のみを防御したり、飾ったりするといった付加物をつける必要は無く、裸の自分になれば良いのですから気楽です。周囲にとらわれず、自由人として生きれば良いのです。
徳富蘆花が五十歳の誕生日に随筆「新春」の中で、このように述べています。
こんな文章が書き残してありました。これを書き移しながら何を考えていたのでしょう。
山の上に山があり、山の奥にも山がある。
この先の自分にも、決して楽な下り坂など無いのだと、心に言い聞かせていたのかも知れません。
ただ、私の山を登るのだから徳富蘆花が言うように何事にも捕らわれず、裸の自分で自由人として、生きたいものです。、
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クニちゃんこんばんは。実は私の主人、すい臓癌で亡くなったのです。 当初は「余命3ヶ月」と言われましたが、1年生き延びました。 やはり「心の強さ」が長く生き延びる秘訣だったのでしょうか。 主人もクニちゃんのようなこころの強いひとでしたから。
2007/2/8(木) 午後 11:20
今晩は。そうですか。お辛かったでしょうね。私も再発した時先生に、余命は?と訪ねたのです。統計的には1年。と言われました。其の1年はこの4月です。でもあくまで統計ですから。
2007/2/8(木) 午後 11:35 [ kunichan ]
★一生懸命のお医者さんには・ほんとうに感謝ですね。★でも・医学は、統計学です。★命は、数値化できないんですよね。★今日、甘露の法雨特集が終わりました。★でも・もっと・詳しく内容を教えて・・というメールが続々・・。★数日・書いて、終わったら、甘露の法雨と・いま・一番おすすめの本をプレゼントしますね。★
2007/2/9(金) 午前 10:13
★きょうの記事・書きながら・・クニさんのことが・あふれてきました。★私は、育ての母を30歳すぎの時無くしましたが・・★あの時は、何の力にもなれなかったけれど・・今なら、役に立てる・・そのための・・この10年だった気がするんです。★★微力かもしれませんが、★親孝行のまねごとです。★一生懸命に・応援しますので・・使命を・もって。逃げないでください。★大熊良樹九拝★
2007/2/9(金) 午前 10:14
★心理学で・恐れるものは皆来(みな・きた)るといいます。★恐れる・とは・恐怖を握るということです。★放つことが肝要です。★放つとは・感謝すること。そのことに感謝することです。★心が解放すると、感謝があふれ生きる細胞が・活性化します。★甘露の法雨講義で・述べてゆきますね。★大熊良樹九拝★
2007/2/9(金) 午前 10:22
シンプルな生き方、素晴らしいですね^^ 実力以上に頑張ろうとして 壊れた私です。 出来る事は、ひとつひとつ こつこつと 積み上げるだけです。 ご一緒させてください^^
2007/2/9(金) 午後 3:54
クニさん 私は立派な強い人間ではなく、人に何かを教えたり導くことは出来ない人間ですので、自分自身がもしもクニさんの立場に立たされたらもっと心が揺れ動くと思います。私はクニさんがこの土生の地に 岸和田の地にわざわざ来て戴いたその力とその力を運んで戴いた縁に心から感謝し、私は無力だけれども、いたらないなりに懸命に心を尽くしてクニさんとの出会いのすべてに学ばせていただこうと思ったのです。
2007/2/9(金) 午後 9:06 [ 森からの手紙 ]
こちらからは何もお返しできるものはありませんが、クニさんから戴いている力は私の中で強く生きています。これからもずっとずっとよろしくお願い申し上げます。
2007/2/9(金) 午後 9:07 [ 森からの手紙 ]
情熱ブログさんありがとうございます。そう、医学は統計学です。あくまで統計でそれが全て自分に当てはまるとは考えていません。甘露の法雨と、お勧めの本をプレゼントしてくださるとの事、感謝です。今より良く生きる為に参考に成る事なら、どっぷり甘えさせていただかせてください。 。
2007/2/9(金) 午後 11:40 [ kunichan ]
情熱ブログさんへ其の2です。 本当にこの病気になってから感謝、感謝の毎日です。周りの人達はその人が出来る方法で、サポートしてくれます。病気以前こんなに私の為を思ってくれる人がいるなんて考えてもいませんでした。私が周りの人に,そんなに良い人だった訳ではないのです。なのに、周りで優しくしてくれる人が増えていく事に、驚きさえ覚えます。
2007/2/9(金) 午後 11:42 [ kunichan ]
その3です。 今なら役に立てる。と思った時には親は無しですよね。其のお力を私の為に精一杯使って下さると仰って、私の事応援して下さるのですね。 ありがとうございます。使命が解らず困っているのですが,逃げずに頑張ることだけは約束します
2007/2/9(金) 午後 11:42 [ kunichan ]
kkpjt566 さんコメントありがとうございます。宮司さんはどうお思いか解りませんが、あの半日、岸和田の町と宮司さん達は、確実に私に元気を呉れました。安らぎを呉れました。勇気を呉れました。
2007/2/9(金) 午後 11:56 [ kunichan ]
その2です。 長い時間の中に佇むと、其処にも此処にも私、私の心が息づいていました。死ぬことは怖くないのだよ。今を一杯生きなさい。と囁かれた様な清々しい心持で居られま した。それは悠久の時間の流れと、控えめに優しく案内してくださった、宮司様のお陰なのです。こうしてグログにコメントを頂く縁を頂いたことが最大の喜びです。感謝です。 此方こそずっとずっとよろしくお願いいたします。
2007/2/9(金) 午後 11:57 [ kunichan ]
矢車草さんコメントありがとうございます。 考えてもあまりに出来ないことが多すぎて、挫けてしまいそうな私です。でも基本自分の出来ることやりたい事を一つずつ、自分で作った規範からはずれないかを考えながら積み上げて行くだけです。 私の方こそよろしく、ご一緒させてください。
2007/2/10(土) 午前 0:06 [ kunichan ]
つらくて悲しいことがいっぱいありますね。、
2008/12/19(金) 午後 2:36 [ kyo-do ]