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2日目のです。ハイウエィを戻って、正倉院によりました。 そこは中に入れず外から見るだけでした。 そこから車で古刹唐招提寺に向かいました。 行ってビックリです。 丁度金堂大修理中で工事用の壁に囲まれていました。 御朱印帖を持って受付で書いてもらいながら聞いてみると 痛みが激しくなって来たので1度解体して修理しながら立て直すのだそうです。 そこで広く修理基金を募るため「瓦結縁」として 願いを書いた瓦を新しい建物に乗せる事が出来るのだと言う。 早速、甥が3千円を払って私に書いてといいます。 300年後又修理の時下ろして見て痛んでいなければ又修理後の金堂に乗せるのだと言う。 さて今の私の願い事とは何だろう。 「病気平癒」は可笑しいし、交通安全、学業成就でもない。 悩んだ末に、私の周りの人々のことを考えて「家内安全」と書きました。 瓦に字を書くのは難しいです。筆もボロボロに成っているし、 「弘法筆を選ばず」ですが、字が下手な私は書く前から色々言い訳しながら、 私と息子と甥の連盟で今日の日付けを入れ出来上がりです。 旅って面白いですね。 お目当ての金堂には会えませんでしたが、 新しい金堂に願いを書いた瓦を乗せると事が出来ると言う滅多にない経験が出来る。 考えて見てください。私の下手な字で願いを書いた瓦が 300年後まで残るんですよ。 300年後ってどうなっているのでしょう。 今盛んに言われているように、温暖化のせいで地球は破滅しているのでしょうか。 それとも、やっぱり人々は賢く危機を乗り越え、 日本も中国もアメリカもなく大きな地球と言う平和なところになっているのでしょうか。 地球外生物に乗っ取られているのかも。 考えると色んな事が思い浮かんでファンタジーですね。 でも案外あっという間で今とあまり変わらないのかな。 一つだけ「今より平和でありますように」それはシッカリ願いを込めました。 そんな300年後の事を皆でがやがやお喋りしながら、講堂や御影堂などを軽く見学して 次の薬師寺に先を急ぎました。 唐招提寺 都が奈良にあった時代は奈良の中心地に位置し、759年天武天皇の皇子新田部親王の旧邸地を賜って 此処に唐招提寺が創建された。 唐の国から来朝された鑑真和尚招提ーみ仏の下に修行する人達の場と言う意味を寺名として掲げた。 開山唐僧鑑真和尚は天武天皇の願っての招聘に応え、受戒の師とし来朝するに当たり、 12年の時を要し前後5回に及ぶ難航海に失敗したにも拘らず、 初志を曲げず、奈良の都に着いた時は、 両目を失明していたほどである。 画して大仏殿の前に戒壇を設け、聖武・孝謙両帝を初めわが国の多くの高僧達に受戒した。
既に仏教国の形態を整えていたわが国が、画竜点晴の実を挙げ得たのは正に大和尚のお陰である。 |

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くにちゃん、今晩は。瓦に字を書く事は皆初めてだと思います、なかなか難しいかったでしよう。奈良のお寺で瓦に字を書いて残しておいて寄付をしてくにちゃんも心が少しは落ち着きますね、良い事です、きっと体を守って下さいますよ。
2007/4/11(水) 午後 8:43
ん〜写真上から、5枚目の講堂内で撮影禁止ですよっ!確かぁ〜著作権に触れるかと…!!で、講堂に盧舎那仏さんでは、ないですよw!金堂の盧舎那仏さんは、仏像解体所にいます!!それは…弥勒如来さんですね。
2007/4/11(水) 午後 9:01 [ ノア ]
さくらさん、コメントありがとう。金堂は見ることが出来なかった変わりに、瓦に願い事を書いて残せるなん手良い経験しました。奈良はいいです。
2007/4/12(木) 午後 5:37 [ kunichan ]
NOAH さんコメント、ご指摘ありがとうございました。 心して、写真アップします。
2007/4/12(木) 午後 5:39 [ kunichan ]
300年という時間は、もしかしたらあっという間かもしれませんね。 平和を願った瓦がタイムマシンのようですね^^
2007/4/13(金) 午前 0:54