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木彫りのアイヌ像 洞爺湖湖畔に宿泊した時アイヌのおじさんが彫っていた像である。まだ途中 だと言っていたがどうしても欲しくて買った。 ぬくもりのある良い顔をしているよ。 な〜んとなく今まで避けてきた話題だけど、書くべき時かなぁ 皆は如何考えているのかなぁ。 怖いことなのかなぁ。恐ろしいことなのかなぁ。 今更、「地獄が怖い」も無いと思うし。「天国で楽しみたい」も無いと思うんだけど。 死ぬ事も何故怖いのかなぁ。 先日「余命3ヶ月のラブレター」と言う本を読んだ。 はっきり3ヶ月と宣告された人はどんな思考を辿って3ヶ月を過ごすのかって興味があったから。 しかし何も具体的なことは書かれてなく、肩透かしを食ったような本だった。 中に一つだけ目を引いた1文がありました。 「僕は死んだ後、焼かれる事が凄く怖い。狭いお棺に入れられて高温で焼かれる事を考えると凄く怖 い」 と言う1文です。 これにも私は解らない。 「死」は=「無」が私の感覚。 病院で「ご臨終です」と言われた時から、今まで私であった体は古着となり、其の瞬間から私は自由 に解き放たれるということです。 だから、空っぽの死体には何の感傷も持たないし、焼かれ様が、煮てしまわれ様が、空っぽの体から離 れた私には、何の痛痒も感じない。 私の心(魂)は自由になり、好きな事を、好きな所を好きな様に立ち回れるものだと思っている。 だから「死」は私には、怖い事でも、忌み嫌う事でもない。 子供が小さいからとか、やりたい大切な事をやり残したくない、などの思いを残していない限り、 怖がる事ではないと思っている。 私が治療を止めた事もこの考えが大きく作用していると思うよ。 もう直ぐ、いずれ、近い将来 私にも「死」がやって来る。でも生きている間明るく笑って過ごそうと思っている。 私は強い人間でもないし、普通な人だ。 でも笑っていられるのは、この「死生観」のお陰だと思っています。 少なくとも私の周りにいる人は私のこの考えに賛成してくれているから、 一緒に笑っていてくれるのだと信じている。 誰にでも納得できる考えではないかもしれないけど・・・ 私は信じている・・・ 成熟した生涯は 幸福な死をもたらす by ダビンチ |

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くにちゃん、今晩は。だれもがいつかは死がくるのです。遅いか、早いかの事で病気だけではありません先日私の名古屋に住んでいる姪夫婦がダンプで正面衝突して婿さんがその場で亡くなって姪は今夫の死も知らないで葬式もすませましたがまだ亡くなった事を知らないのです。7月22日が切り上げなのでそれまでには言わないといけないのです。人間はいつどんな運命にかかわるかも分らないのでくにちゃん余り死を気にしないで毎日を楽しく過ごしてくださいね、私も亡くなったら主人の姿を見ているので死て怖くなる時がありますよ。
2007/6/22(金) 午後 9:22
はじめまして。
やぐさんのところから来ました。
『(魂)は自由になり、好きな事を、好きな所を好きな様に立ち回れるものだ』
体が欲しいのは 生きている側の人間が その人の面影を求めるからじゃないかと感じます。
こころ(魂)がそばにいることを感じることが出来たら
人の死を受け入れられない人も受け入れられるようになるのかな?って 漠然と思います。
2007/6/23(土) 午前 0:32
母の闘病中、「僕を葬る」という映画を観て、「死=孤独」という図式が私の中にできてます。死の期限を知らされたゲイの青年が主人公なんですが、病気のことを家族や恋人にも話せず、唯一お祖母さんにだけ真実を話すんです。「どうして私にだけ知らせたの?」というお祖母さんに、主人公が「僕と同じでもうすぐ死ぬから」と答えるシーンが、すごく印象に残っています。なので正確には「自分の死期が分かってしまってからの生=孤独」かな。
私は、「死」そのものはあんまり怖くないです、今のところ。でも、その過程や心をどう保つかっていうのを考えると、怖いですね。
2007/6/23(土) 午前 0:53 [ - ]
20代半ばで告知されて以来、「死」はいつも身近な存在でした。
怖いものとかタブー視するとかではなく、逃げられない「死」がある、だから「生」をどう生きるのか、ってことで。。
競馬に例えれば、、、私は競走馬ではないので格好悪い走り方しかできませんが、ゴールの瞬間まで自分らしいレースをしてみたいです^^
2007/6/23(土) 午後 10:45
はじめまして、たまたま、入り込みました。
人はなぜか?生まれ出でた時に、死というものが確定しています。
生まれすぐ死す人もいれば長寿を全うする人もいます。死を向かえるまでの生の日々をわたしは、自分にとって嫌じゃない生き方をしたいと思っています。人は、本能として喜ばれるとうれしい^^のだとおもわれ、あなたがいてくれて、あなたに会えて良かったといわれる人生を送りたい。勝手ですが書き込みさせていただき、ありがとうございます。ふぁんぽちさせてもらいます。わたしも、いつか経験する死仕方ないと思う反面怖さもあります。
2007/6/24(日) 午前 5:10 [ - ]
『成熟した生涯は幸福な死をもたらす』精神的な面ではその通りだと思います。順番が来た時に、いい人生だったと思えるような生き方が私の願いです。でも・・・、肉体的な苦痛はやはりないほうがいいですね。何もかも飛んでっちゃいますものね・・・。
『私の気持ちなどわかるはずがない、でも、わかって欲しい』
この5月にばたばたと逝ってしまった姉の言葉が、私の心にはりついています。宿題をいっぱいもらったまま、死の意味をいまだにわからずにいます。
2007/6/24(日) 午後 1:31 [ prx*d*99 ]
はじめまして、やぐさんの所からお邪魔しました。。。私が魂の娘と呼んでる娘さんも死と向き合って生きて行ってます。死後の世界って分からないから怖いのかも知れませんね。。。苦しい治療に泣きながらも笑顔で過ごそうと白血病と闘ってます。死を見つめるからこそ、今の生を大切に生きられるのだと思います。少しでも多くの笑顔を望みます☆
2007/6/25(月) 午前 1:04
沢山のコメントありがとうございます。初めての方からも沢山コメントいただき、お一人お一人にコメントをお返ししたいのですが、体力がないので、人括りで申し訳ありませんが、お礼申し上げます。
2007/6/25(月) 午後 8:13 [ kunichan ]
読んでしまいました。
まだ、この文章しか読んでないけど。。。
今、僕が思うこと。
死は判らない。
でも。
残される方が辛い
と思って生きてます。
だって、
今、
感じている、
本人の、
不安。
到底判らないんだもん。
一緒に過ごす時間もきっと違うところで感じている
そう思うと、何もできなくなりそうだから。
今、残された時間では到底あなたに安心も
持ちえる感謝も伝えきらないでしょう。
だから、きっと僕は残されて泣くでしょう。
ふがいない自分に。
それを肯定して、
出来ない、
そう思って「生きて」ます。
2007/6/27(水) 午前 3:22 [ naoyuki ]