腹膜ガンからの逃亡中

癌と戦いながら、いかに日々楽しみを見出すか挑戦です。

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考えています。

イメージ 1

 一杯一杯考えています。
 息子たちとも話し合いました。

 皆私の決定を尊重すると言ってくれました。

 私の周りに居てくれている人達に、感謝することしか出来ない状態です。

 でも私は幸せ者ですよね。こんな大事なことを、医師でもなく、息子でもなく、
 自分で出来るのだから。

 今は治療を止める方向で考えています。
 治療を続けて、と思ってくれている人には悪いのですが、「生きる」をキーワードに考えたら、
 ベッドに縛られての生きるは考えられないのです。

 何時も言ってる様に、私らしく生きたいと思えば、如何生きるのかと考えれば、
 もう治療はありえないのです。

 最初から、このガンは治りませんと告知されていたのです。
 初めての入院で終っていても可笑しくない状態からのチャレンジでした。

 何にもしないで終るのは嫌だと思いましたから。
 そのときは医師もまだ末期ではないと仰ってくれましたから。

 でも今、その医師に選択は自分でと言われたのです。

 一杯一杯考えて、私らしく生きたいと思いました。
 決してもう投げ出すのではなく、何処までも、らしく生きたいからの選択です。

 医師も、緩和治療は治療を投げ出すのではなく、緩やかな治療だと考えて欲しいと言ってくれています。

 これからもチャレンジです。チャレンジする私を見ていてください。

 これが最終決定ではなく、まだ考え中ですけど、ほぼ固まりつつある思いです。

 後3日、もう一度ベストの選択が出来るように考えます。

病院に行ってきた 2

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結果を聞いてショックを受けている。
この3週間で数値は10倍になり、担当医からは、緩和治療を始めても・・・と言う発言も。

治療をするとなると体力を急激に落として行く可能性もあり、加えて効く確立は10%〜20%。

緩和治療と並行すると言う選択肢もある。

思わず「治療は止めようか」と言ってしまい、一緒に居た息子も医師もちょっと驚いた顔をしていた。

私は混乱し、決めることが出来ず、1週間の有余をもらった。

来週もう1度病院に行き其の時までに決めるということにした。

医師も息子も、この事は自分で決めてください。という事。

今私の頭の中は真っ白。何を優先し、何が今一番必要か、何を基本に選択すれば良いのか。

混乱の中で今、何も考えられない私が居る。

病気のことは医師任せ、命のことは神様任せ、私は私らしくあるがままに・・・

こう決めていたが、自分で決めてと言われてパニックになってる自分が、許せないし、恥ずかしい。

結局、私はこの病気から何も学べていなかったのだ。

そのことだけは痛いほどわかった。どっかに消えてしまいたい。。。

春が来た?

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大井町で電車を待っていた。

まるで春のように、日がうらら。。。

駅では止まらない電車がスピードを上げて走り去った後、土手の上に花が咲き乱れているのが見えた。

もう春なんだ。

2日後の検査の結果が気になり、心は塞ぎ込んでいる。

そんな事とは関係なく、季節は確実に動いている。

「そんなに急がないで、私の残り時間が少なくなる」

心が悲鳴を上げる。

「あったかいねぇ」友達の声に我に返り

「ほんと、春が来たんだねぇ」と、微笑む。

こんな時何故笑える・・・?

孫と遊んだ

イメージ 1            初めての木登り 「こわいよぉ〜]

イメージ 2            凧揚げ  「上手く上がるかなぁ」

イメージ 3            凧揚げ   「凧は上手く上がりません」

イメージ 4            サッカー  「楽しいねぇ」

イメージ 5          バトミントン 「上手に出来るかなぁ?」

イメージ 6            サッカー  「お父さんにパス」

イメージ 7           サッカー  「お父さん上手いねぇ」

イメージ 8             梅が満開です


12日の建国記念日孫たちと近所の公園で遊びました。

考えてみたら、この病気に成ってから体を使って孫たちと遊ぶのはこれが始めて。
やっぱり怖かったんですよ。

天気も良いし、風も無く、公園で遊ぶには絶好の日和です。
コンビニでおにぎりなど買って、ピクニックとしゃれ込んで、レッツ・ゴー

息子が持ってきたのはカイト。風邪が無いので上手く上がりません。
側の売店で、サッカーボールもどき、バトミントン、縄跳びなど買って遊びました。

バトミントンなどやってると、つい落としたくないって体が反応するんですよね。
孫が2重飛び出来ないと言うと「あーちゃんは出来るよ!」なんて、
昔取った杵柄・・・
と言いたい所だけど、足が上がんないんですよねぇ。年も病気も忘れて・・・

流石にサッカーごっこは、ゴールを守ると言うことで。。。

3時間ばかりですが、楽しかったぁ。
病気で出来ないと思い込んでいたのも嘘のように大はしゃぎしてしまいました。

公園ではもう梅が満開でした。

翌日は、ベッドから起き上がるのも大変だったけど、良い思い出を一杯作れました。

追伸

タグを使ったり、大きな写真のカットに挑戦したり、でも出来たのは此処まで。

雨の浜離宮

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潮入の池の向こうは高層ビル

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中島の御茶屋 
 抹茶和菓子セット500円
 床の間に明治天皇とアメリカの
 何代目かの大統領とが会談してる絵がありました。

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 小さな神社
 神社は修理中でした。

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健気な鴨達
 後を追って目を上げると高層ビル

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 樹に不思議な穴
 どうして出来たのでしょう
 下の大きな穴は鳥の巣に見えました。



今日は、友達と鎌倉に行こうと約束していたのだが、お天気も悪いし、寒いし、
近場で済ますことにして、私が入院していた時何時も眺めていた都会の中の
小さな森・浜離宮へ出掛けた。

徳川四大将軍の弟により海を埋め立て、屋敷が立てられ、その子で五大将軍によって
将軍家の別邸として「浜御殿」と呼ばれていた。関東大震災や戦災によって主要な建物
樹木など消失してしまい、昭和20年に東京都に下賜され、整備された後27年に
国の特別名勝及び特別史跡に指定されたのだという。

中島の御茶屋は昭和57年に復元されたものだと言う。

その御茶屋で、お抹茶を頂いたり、そぼ降る雨の中庭園を散策しました。

海や、富士山を見る高台が作られていて、300年もの昔其処からは大海原が見え、

富士がくっきりと望めたのだろう。

そう思って見渡してみても、360度高層ビルに囲まれてしまって、
海も富士も見ることは出来なくなってしまっている。

それでも、池には鴨が泳ぎ、梅が冷たい雨に花を震わせ、季節が来れば咲き出そうと
色んな木に小さな芽が吹き出していて、寒々とした公園も其れなりに季節を感じさせて
くれました。

人の少ない、まだ春にには早いこんな時期の散策も、お抹茶を頂きながら見る池越しの公園も
それなりに風情があって良いものでした。

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