腹膜ガンからの逃亡中

癌と戦いながら、いかに日々楽しみを見出すか挑戦です。

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ドウモ!
孝行息子・亜樹彦です。 

オカンの“抗がん剤で髪の毛がハゲちゃぁ〜またスグ生えて”に
「嫌味かいっ!」
って言う、亜樹彦です…。

さて
只今、ウチの母、
なにをイチビッたか、
PC環境の回線を、光に変えてたりなんかしているのですが、
なんだかんだ諸事情があり、スンナリ開通できなくて…
開通までもうあと数日、かかる…やも。
そんなワケで、
只今、ウチ的インターネットが途絶えていて、
ちょっとの間、ウチのオカンから、
このブログやメールが見ることができません。。。

これはこれで、
オカンは、ここのコミュニケーションが何かしら生きる糧にもなっています。
どうかみなさん、
もうすぐ そのうち 必ず
復活しますので、
この ヘンな間 に愛想を尽かさず、
ちょこちょこチェックしに来てやってくださ〜い。

オレも速攻復活できるようにがんばりますので!!!

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      私の行く美容室です

 前回再発して抗がん剤を打ち始めたのは06年の4月でした。何時もの様に、髪は直ぐ抜け始め、何時も行く美容室でつるんと剃ってもらいました。

 今回頭を剃ってから、2回の抗がん剤を残して髪が生えてきました。だから今結構伸びちゃって、
しかも不思議な事に、今回から何故か直毛だった髪がクルクルのテンパーに成ってしまったので、
尚始末が悪い。 

 私も女の子、一寸お洒落しても良いですよね。
 という訳で、何時もお世話になっている美容室に行ってきました。

 驚くほど、アバタターに似ています。今。

  このアバタターを作ったのは、ほんの2〜3日前、息子が「こんなもんだろう」と作り変えたのですが、そんなことを知らない美容師さん。
 お任せで切ってもらった後、あまりにアバターに似ていて思わず一人で笑ってしまいました。
可笑しな事が有るもんですね。


 最初頭髪を剃った時、私は『エイリアン』シリーズの女優シガニー・ウィーヴァーに似てるでしょう」って言ったのに、
全員で「ノー」とブウイング。皆は「瀬戸内寂少」でしょうと言います。

 髪が始めて抜けた時、本当にゾ〜ットしました。両手にごそっと抜けるのって本当、嫌なものです。
 でも、鬘を作る気にはなれませんでした。何かに抵抗したがる私の悪い癖です。
 あるがままに、です。

 で、帽子をかぶったり、バンダナで撒いたりで過ごします。家に居る時はそのまま。
外にでる時も忘れてそのままみたいな時、すれ違う人が目のやり場に困ってるようで気の毒、
それで、せめて外に出る時は何か被ってという訳です。
 忘れたら取りに帰らないといけないし、結構面倒なものです。

 そんな遊びも最初のうち、3度4度となれば、誰も何も言っては呉れません。それも寂しいものですね。

 我が家の男供は、我が父に似て、皆、額が後退し、その後頭の天辺から禿げて行きます。
前回、私は2回位の抗がん剤を残して、髪が生えてきました。嬉しがっている私に、誰とは言いませんが「嫌味かい!」と怒っている人が居ます。

 これが結構楽しい。「怒ったって私のせいじゃないもん」てな事言って怒らせてます。

 男の人は理容室に行くと、顔あたってもらうでしょう。あれって結構気持ちが好いものですよね。
 この美容室は夫婦でやっているので、カットが終ると,旦那さんがサービスで顔をあたってくれます。
 気持ちが好いのよねぇ。

 この夫婦とは、随分と古くからの友人で、友人と言うほどの年ではなく、若いのですが、今は知り合いは皆友人です。

 彼女のカットの腕は一流でカリスマ美容師も真っ青なんですよ。でも2人の子のお母さん。お父さんと一緒に店を切り盛りしています。
 お店は調布に有ります。このブログを見ている近くの人が居たら是非行ってみてください。気持ちの良いお店ですよ。
 HAIRHOUSE SUN FIELD 0242-498-8128


   病院に行ってきましたの「追伸」です。


 病気した頃からボチボチ其の日の体調など書いていたノートを再発を期に開いてみたら、こんな記載がありました。

 「人生百とすれば、五十は半途、峠です。私は峠に来ました。(中略)峠と言っても、向こうは下りとは決まっていません。
 ヤコブの夢の天にかけたる階段(創世記28章12節)のように山の上にも山があり、山の奥にも山がある。
 人の生(よ)の旅は唯上りです。」

 その登りは中年の時のように強いられたり、または推偉の座を守る、栄賞を守るためのステップではありません。

 徳富蘆花が五十歳の誕生日に随筆「新春」の中で、このように述べています。


 こんな文章が書き残してありました。これを書き移しながら何を考えていたのでしょう。

 山の上に山があり、山の奥にも山がある。

 この先の自分にも、決して楽な下り坂など無いのだと、心に言い聞かせていたのかも知れません。

 

病院に行ってきた。

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        私が通っているガンセンターです。

今日は2週間前に検査したCTとレントゲンの結果を聞きに病院に行ってきました。

 結果は、「マーカーの数値が300位だと影も見えない」と言われてお終い。
又3週間様子を見ましょう。と言うことでした。

 抗がん剤を始めると、やっぱりドンドン辛くなるので、3週間の猶予をもらったと思って、
又、どこか行って来ようか考えています。

 少し暢気すぎかな?

 今日は息子と一緒だったので、最近ブログで色んな人がアクセスして来てくれている話をし、今の自分の気持ちを確認してみました。

 私の考えている事だから、今、癌で治療中の方々や、家族を癌で亡くされた方々に勝手なこと言うな!と叱られるかも知れませんが、あくまで、私個人の考えだと承知してください。

 私は癌だと知った時から、死と言うことは覚悟しました。
それが何時来るのかは解らないが、確実に来る物なのだと言う前提の下、それまでどう生きるかを考えたいと思いました。

 それで病気の事は、幸いにもガンセンターという今、日本で一番、癌のことに精通している病院で、
がんのことしか頭に無い医師に見て貰っているのだから、其処にお任せ、
後は、神様の言うとおりで、それ以上の事、余計な事は考えない事にしました。


本当に此処の先生は癌以外のことは考えないんですよ。肝臓の数値が高くても、ガンではないと解るとそれっきり、血糖値が高いと言っても気にもしない。
それらは近所の病院で対処してもらっています。

 痛い苦しいは医師。 寂しい、辛いは神様(仏様)(ご先祖様)にお任させ。
来るとこは来ると、執着やしがみ付くジタバタハしない事に先ず決めました。

 それで、どう生きたいか?

 最期まで人として恥ずかしくない生き方をしたい。

 何か意味が有るのならその意味を知る努力をする。

 でも、私ごときにそんな大きな意味が掴めるなんて思うのもおこがましい。
解らないままや行きたい所、したい事、見たい事を過ごすだけで終るかもしれません。
 (今から何も見つけられない言い訳をしてる?)

 病人なんだからと、甘えたり、少々理不尽なことも許される、何て思わずに、あくまで、人間として、「それ遣っちゃいけないでしょう」と言うような生き方はしない。
それだけは決めているのです。

 其の外に、今、生きているのだから、生かされているのだから、何か意味が有るのだろう。それを探りながら、勉強しながら生きて生きたい。

 でも全く他の人の世話にならずになんて生き方は、できません。

 現実に、先日岸和田の七社詣をしたいと思って、実行した際、息子や其の友達、親友、そして岸和田で土生神社の宮司様、其のお友達に精一杯世話になりました。
 行きたいは、私の我が侭、でも理由は、良く生きる為のヒントが欲しい。だったのです。
それなら、と、息子達は一緒に行ってくれ、たぶん宮司様達は、そんな私の意気込みを買って下さったのだと理解しています。
 何時も誰かの世話に成っていると言う事、一人では生きられないのだと言う事を忘れず、感謝、「ありがとう」を常に肝に銘じて生きたいと考えています。

 死ぬ時後悔しないように、思いを残さないように、精一杯生きて行きたいと思っています。

 そうなると、私が死んだ後、側に居た亜樹彦は私の身内から、

 もっとして上げる事が有ったのではないか?

 他の方法を何故試して上げなかったのだ?と攻められる事に成るかも知れません。

 息子は、「今精一杯側で看病している。だから後で後悔はしない。あくまでお母さんの考え方を尊重しているから」と言ってくれています。

 だから、病気であくせく時間と気持ちを使わなくて済むと言うメリットが有ります。
じっくりと、
 自分のしたい事、

 するべき事、

 それらはただの我が侭か?人として恥ずかしい事ではないか?だけを考えて行動すれば良く
実にシンプルに生きられます。

 ただし、シンプルゆえに、より良く生きると言う事はどんな事か酷く悩みます。

 時々家族だから息子だからと、甘えてしまったり、甘やかしてくれる親友や、息子の友達に我が侭を言ったり、したりの、失敗は時々あり反省しきりの毎日です。

 最近、より良く生きようなんて、本当はとても難しいことだと思い知った。が、それしか今私には無いのだと、それも肝に銘じている。

 このまま変わらない(何も発見できない)そんな自分で行けたらそれはそれで、自分らしさを貫けたらそれも誇りに思えるかも・・・

  追伸

 病気した頃からボチボチ其の日の体調など書いていたノートを再発を期に開いてみたら、こんな記載がありました。

 「人生百とすれば、五十は半途、峠です。私は峠に来ました。(中略)峠と言っても、向こうは下りとは決まっていません。
 ヤコブの夢の天にかけたる階段(創世記28章12節)のように山の上にも山があり、山の奥にも山がある。
 人の生(よ)の旅は唯上りです。」
 
 その登りは中年の時のように強いられたり、または推偉の座を守る、栄賞を守るためのステップではありません。
 この場合自分のみを防御したり、飾ったりするといった付加物をつける必要は無く、裸の自分になれば良いのですから気楽です。周囲にとらわれず、自由人として生きれば良いのです。

徳富蘆花が五十歳の誕生日に随筆「新春」の中で、このように述べています。


 こんな文章が書き残してありました。これを書き移しながら何を考えていたのでしょう。

 山の上に山があり、山の奥にも山がある。

 この先の自分にも、決して楽な下り坂など無いのだと、心に言い聞かせていたのかも知れません。
ただ、私の山を登るのだから徳富蘆花が言うように何事にも捕らわれず、裸の自分で自由人として、生きたいものです。、

 

アバター変えました

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アバター変えました。

と言うか、息子が私のアバターを見て、「こんな上品な老婦人って感じじゃないよ」と言い出し
「取り替えるなんて出来」ないよ。
全て姪に任せて開設したブログですから、アバターを変えるなんて、そんな技術ありませんて。

「簡単だろう」と夕べ息子が初めました。
お金の掛からないアイテムばかりでコーディネートしたので、私そっくりとは行かないが、
まぁこんなもんだろうですって。普段何時もこんな格好をしているから。

私はこんなにスマートではありませんが、これしかないので、ご容赦を。

猫もね、こんなんじゃないんですよ。
チンチラの雑種で、鼻筋と目の下からが真っ白で、後は黒です。目が黒いところに有るので、
アライグマみたいな顔してます。
そうそう、足4本白いんですよ。途中からだからまるでルーズソックスを履いている様なのです。

猫は女のこの方が自立していて、手が掛からないので女子をもらった積りが、実は小さなおちんちんが付いていて、吃驚です。カバちゃメメです。メイと呼んでいたのですが、男と解ってからメメです。
甘えん坊で、私と一緒に寝ています。おきている時は遊んでくれと煩いです。

でも私の最高の相棒です。

思い出

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4日  
 鳥は飛ばねばならぬ

 人は生きねばならぬ

5日
    あるがままに

 才なき人は才なきままに  処するがよい

 花にたとえるなら 詫輔のように
 鳥にたとえるなら みそさぎのように

 おのれの花を咲かせ
 おのれの歌をうたい

 嘆かず訴えず
 なにごとも

 あるがままに

 生きるの一番よい        坂村 真民

岸和田から帰ってきてもう3日。夕べも一緒に行った息子と其の友達と、
朝まで色んな事を 話して、其の中でも岸和田の話はつきませんでした。

私たちが感動したこと。
 昔からの歴史を感ずる趣の有る町並み。
 昔からあることを大切に守っている人々。

 宮司様の優しさ。奥ゆかしさ。 色々自慢できる物が沢山在るのに、奥ゆかしい。「何も無いところで」と何度もおっしゃって、こんなに一杯あるじゃない・・・って思いました。 

 流石に何事にも動じない宮司さん。 たぶん二人だと思っていたと思うの。お友達の車で彼に運転してもらって、と考えていたところへ、4人も駅から出てきた 。
さあどうする。  「タクシーで私のところまで付いてきてください。後は私も運転しますから。」
てきぱき支持してくださって、何事も無かったかのように、土生神社に。

私はもう土生神社だけで、胸が一杯になって、本当はウルウルしてた。
  凄い行動的で、明るく活発に見える私。
 でも本当は、引っ込み思案で、人見知りが激しいひと。
どんな風に挨拶したか覚えていない。  本当に失礼な人、宮司様驚いたでしょうね。
よい年をした大人が、まともな挨拶も出来ないなんて!
  息子達はお友達の車で、息子は助手席に据わって回ったと。
  私は、そんなに親しくも無い、初対面の人の車の助手席に座るなんて、図々しい。後ろに友達と。
  息子は驚いて、 お客様ぜんと。宮司様をタクシーの運転手扱いしたなんて。と。

 さあどちらが正しいのか。後ろの席で固まっていた私に、宮司様はポツポツと話しかけて下さって。
 そうなると、人にサービス精神旺盛な私。元気に神社であれこれ聞いたりして、それが案内してくれてる宮司様へのお礼の気持ちだと勝手に思い込み。 それは図々しい態度だったり。

 帰って落ち着いてみると、あんな事こんな事、厚顔の至りです。
 それでも、あくまでも優しい宮司様は、御自分のブログで紹介し褒めて下さる。
 穴があった入りたいくらいです。
 でも、嬉しかった。無鉄砲な私を受け止めてくださった。後が無いかもと、焦っている私を
 ふんわり、ゆったり、真民先生の言葉のように、あるがままに生きるのが一番よい。
 と、仰って頂いた様な、暖かなものを感じました。

 町のあちこちに、モチノ木が沢山花をつけていて、町中が暖かい感じ。
  

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