腹膜ガンからの逃亡中

癌と戦いながら、いかに日々楽しみを見出すか挑戦です。

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入院して

  今日で何日なのか判然としません。

 起きていても寝ていても、ハッキリしない楽ではない状態をすごしています。

 1回、10分、100円のインターネットに繋いで貰い、

 これを書いています。

  人間何事も思うが侭だと思っていましたが、何一つ我が思うがままにならぬ

 この身を嘆いてもしょうがないのでしょうが、食べたいものも食べられず、

 何故、生きているのでしょう。

 死ぬ瞬間を自分で決められないのは、歯痒いです。

 今、何故私は生きているのでしょう。何が十分でなかったのでしょう。

 とにかく明日も生きていられそうです。


  今日孫たちが見舞いに来てくれました。孫に会えるのはどんな時もうれしいです。

 思わず声を出して笑える瞬間がうれしいです。







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在宅緩和ケアー

  水曜日日赤へ行き、木曜日ガンセンター行って来た。

 木曜日の朝から食べた物が胃に納まらなくなった。

 金曜日、北海道にいる妹が、千葉旅行の途中だと言って顔見に来てくれた。

 時間を遣り繰りしていたみたいで、郡山の妹と、横浜の兄も顔を見せてくれた。

 久しぶりにそろった兄弟で、話は尽きなかったものの、私の体調は確実に落ちてきていた。

 夕方皆が帰って、郡山の妹だけが泊まるといって残ってくれたが、

 ユックリ話す間も無く、先に休ませて貰った。

  土曜日の朝日赤に電話を入れ、点滴を打って貰おうと出掛けた。

 其の時の緩和ケアーの医師は、「どうしても入院しないの?この状態はうちにいたら確実に4〜5日

 しか持ちませんよ」と言われた。でもどうしても、動けるうちは家にいたい!私も譲らなかった。


  今朝、私の担当医から電話が来た。「話は聞いた、兎に角よく話し合いましょう。

 まだ方法は色々在るから」と言う事で2:30分の約束で出掛けていった。

  点滴は1日おきに打たないといけないこと、

  1日おきに病院に来るのは体力的にきついでしょう。

  往診してくれる医師と看護士を探しましょう。

 私と息子はホッとして家に帰りました。

 「訪問在宅緩和ケアー?」考えてもいなかった方向に話が進む。

 夕方には日赤の相談窓口の人から、看護士も医師も見つかったと連絡があった。

 「ねぇ、其のうなぎの握りすし、たべたぁ〜い」

 思わずぱくリ。  おいしい。。。。

ブリ大根

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   1週間お粥さんなど味気の無いものを食べる事が多かったのですが、

 今日、昔のお店で働いていた子が遊びに来てくれました。

 食べるものが味気ないので、暮らしに何かアクセントが欲しいと、お姉ちゃん(其の中で一番年上で
 妹も働いていたので、皆がそう読んでいました。)
 
 にメールをして皆に回してくれたみたいです。

 別な女の子と一緒に来てくれました。

  なんとシッカリ夕飯の買い物をしてきてくれていて、ブリ大根を作ってくれました。

 お豆腐の味噌汁、おじや、息子には冷奴や、枝豆、鳥のこんがり焼いたのまで作ってくれて、

 「おねぇちゃん家の夕食は?」って聞いたら、「駅についたらお弁当でも買って帰るから大丈夫」

 とさらりと言って帰って生きました。

 嬉しかった!!

 「今日はママを喜ばせに来た」と言ってくれて。

 お喋りでたっぷり時間を使ってくれ、夕飯を作ってくれ、

 生きているって、嬉しい事が一杯起きるんですね。

 一杯一生懸命生きて来たら、楽しい事が一杯用意されているんですね。

 本当に素敵な1日でした。

 ブリ大根美味しかったぁ〜

死ぬと言う事

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 木彫りのアイヌ像   洞爺湖湖畔に宿泊した時アイヌのおじさんが彫っていた像である。まだ途中
            だと言っていたがどうしても欲しくて買った。
            ぬくもりのある良い顔をしているよ。




  な〜んとなく今まで避けてきた話題だけど、書くべき時かなぁ

 皆は如何考えているのかなぁ。

 怖いことなのかなぁ。恐ろしいことなのかなぁ。

 今更、「地獄が怖い」も無いと思うし。「天国で楽しみたい」も無いと思うんだけど。

 死ぬ事も何故怖いのかなぁ。

 先日「余命3ヶ月のラブレター」と言う本を読んだ。

 はっきり3ヶ月と宣告された人はどんな思考を辿って3ヶ月を過ごすのかって興味があったから。

 しかし何も具体的なことは書かれてなく、肩透かしを食ったような本だった。

 中に一つだけ目を引いた1文がありました。

 「僕は死んだ後、焼かれる事が凄く怖い。狭いお棺に入れられて高温で焼かれる事を考えると凄く怖  い」

 と言う1文です。

 これにも私は解らない。

 「死」は=「無」が私の感覚。

 病院で「ご臨終です」と言われた時から、今まで私であった体は古着となり、其の瞬間から私は自由
 に解き放たれるということです。

 だから、空っぽの死体には何の感傷も持たないし、焼かれ様が、煮てしまわれ様が、空っぽの体から離 れた私には、何の痛痒も感じない。

 私の心(魂)は自由になり、好きな事を、好きな所を好きな様に立ち回れるものだと思っている。

 だから「死」は私には、怖い事でも、忌み嫌う事でもない。

 子供が小さいからとか、やりたい大切な事をやり残したくない、などの思いを残していない限り、

 怖がる事ではないと思っている。

 私が治療を止めた事もこの考えが大きく作用していると思うよ。

 もう直ぐ、いずれ、近い将来

 私にも「死」がやって来る。でも生きている間明るく笑って過ごそうと思っている。

 私は強い人間でもないし、普通な人だ。

 でも笑っていられるのは、この「死生観」のお陰だと思っています。

 少なくとも私の周りにいる人は私のこの考えに賛成してくれているから、

 一緒に笑っていてくれるのだと信じている。

 誰にでも納得できる考えではないかもしれないけど・・・

 私は信じている・・・


     成熟した生涯は

          幸福な死をもたらす

                     by ダビンチ

 

救急から1週間

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 郡山に遊びに行ったとき見つけたお人形です。おじいさんとおばあさんの表情がとても良く癒されます
 
今もうこれを作ったおばあさんはなくなり手に入らなくなった貴重なものです。





  朝はお粥さん。昼は少し形ある柔らかい物、夜はスープでなんとかこの1週間戻す事もなく、
 やり過ごしてきました。

  実際のところ、この食事では力も出ないし、栄養の面から言っても如何なのかと思いますが
 戻さないでいられたことが何よりで、ふらふらしながら、頑張ってます。

  昨日は古くからの知り合いが訪ねてくれ、お喋りしたり、マッサジーをしてもらったり、
 息子と3人楽しくしてて、息子が前日私に食べさせたいと買っておいたシチューの材料を見て
 彼女が作ってくれることになり、あまり料理はしないと言う彼女を鹹かったり。

  夕食は、美味しいシチューを頂きました。

  人が料理をしたものには偉大な力が味付けがされる。アメリカの刑務所で、ケータリングの1活
 弁当より食堂でおばさんが作ってくれる食事を与えたら、
 30%も刑務所内の暴力事件が減った、と言う話を息子がしていましたが、

 本当に、レストランで食べるシチューより、おいしかったぁ。


   この前からちょくちょく遊びに来てくれてる、20年来の知り合いというのは、
 昔、20年前、私は小さなお店を渋谷でやりくりしていました。

 そんな店に、1日づつのアルバイトで働いていてくれていた女の子達です。
 其の頃の私が、今丁度彼女たちの現在の年になっているのです。

 開店同時の暇な時間には息子も夕食を食べに着ていたり、夜家まで送っていってやったりで、息子も
 「あきちゃん、あきちゃん」と兄弟の様に接していたし、何かと人生相談を受けたり、
 今では母になってる子、キャリアウーマンで働いてる子。あの頃から英語の勉強をして、
 通訳の仕事をしてる子と、様々ですが、今1番輝いているように見えます。

 仕事と関係なく旅行に行ったりで、今でも「ママ、ママ」と慕ってくれます。

 嬉しい事です。

  この1週間、食べられずにしょんぼりしている私の為に、息子は一人にメールしてくれたようです。

 そのメールで、今日早速会いに来てくれたのです。

 嬉しいです。直ぐ富んできて来てくれた彼女にも、気遣いしてくれた息子にも感謝です。

  美味しいシチューと優しい思いやりに、ありがとう。
 

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