腹膜ガンからの逃亡中

癌と戦いながら、いかに日々楽しみを見出すか挑戦です。

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病気と心

「病院に行ってきた 3」  2007年3月10日

  最期のガンセンターかと思い、築地で息子と食事をしました。
  築地を守る小さなお社がありました。


 これからの治療が決まりました。
 担当医師と話して「抗がん剤治療は止めます」と。
 医師は意外にもあっさり「そうですか、決心しましたか。ではこの資料を持ってソーシャルワーカー
 さんの所へ言ってください。

 「今度の診察はは来月5日ね。」
 「えっ、まだ此処に来るのですか?」って思わず聞いちゃった。

 「きょうは、華やかなセーターだね」なんて冗談も。「春ですもの」って答えました。

 で、其処で家から割りと誓い病院を2院教えられ、「「緩和ケア相談予約」を取ってください。
 どちらか選んでもいいし、2院とも予約を入れて早い方にしてもいいし」といわれて帰ってきました。

 帰って早速予約の電話を入れた所、1つは4月25日、1つは5月5日に予約が入りました。

 何を基準に病院を選んで良いか分かりません。ソーシャルワーカーさんが此処は両方ともシッカリしたよい先生がいらしゃるから、と仰ってくれたので、両方ともキャンセル待ちも入れたので、早く来た方を天命として、その病院に行こうと決めました。

 後は、前を向いて一生懸命生きるだけです。

 ある意味、スッキリしました。

 これからの1日1日を大切に生きてゆきます。


  今を生きる

     咲くも無心

     散るも無心

     花は嘆かず

     今を生きる
                  坂村 真民

     
 今は、もう迷いはありません。

 一杯一杯考えています。
 息子たちとも話し合いました。

 皆私の決定を尊重すると言ってくれました。

 私の周りに居てくれている人達に、感謝することしか出来ない状態です。

 でも私は幸せ者ですよね。こんな大事なことを、医師でもなく、息子でもなく、
 自分で出来るのだから。

 今は治療を止める方向で考えています。
 治療を続けて、と思ってくれている人には悪いのですが、「生きる」をキーワードに考えたら、
 ベッドに縛られての生きるは考えられないのです。

 何時も言ってる様に、私らしく生きたいと思えば、如何生きるのかと考えれば、
 もう治療はありえないのです。

 最初から、このガンは治りませんと告知されていたのです。
 初めての入院で終っていても可笑しくない状態からのチャレンジでした。

 何にもしないで終るのは嫌だと思いましたから。
 そのときは医師もまだ末期ではないと仰ってくれましたから。

 でも今、その医師に選択は自分でと言われたのです。

 一杯一杯考えて、私らしく生きたいと思いました。
 決してもう投げ出すのではなく、何処までも、らしく生きたいからの選択です。

 医師も、緩和治療は治療を投げ出すのではなく、緩やかな治療だと考えて欲しいと言ってくれています。

 これからもチャレンジです。チャレンジする私を見ていてください。

 これが最終決定ではなく、まだ考え中ですけど、ほぼ固まりつつある思いです。

 後3日、もう一度ベストの選択が出来るように考えます。

 「孫と遊んだ」  2007年3月12日


12日の建国記念日孫たちと近所の公園で遊びました。

考えてみたら、この病気に成ってから体を使って孫たちと遊ぶのはこれが始めて。
やっぱり怖かったんですよ。

天気も良いし、風も無く、公園で遊ぶには絶好の日和です。
コンビニでおにぎりなど買って、ピクニックとしゃれ込んで、レッツ・ゴー

息子が持ってきたのはカイト。風邪が無いので上手く上がりません。
側の売店で、サッカーボールもどき、バトミントン、縄跳びなど買って遊びました。

バトミントンなどやってると、つい落としたくないって体が反応するんですよね。
孫が2重飛び出来ないと言うと「あーちゃんは出来るよ!」なんて、
昔取った杵柄・・・
と言いたい所だけど、足が上がんないんですよねぇ。年も病気も忘れて・・・

流石にサッカーごっこは、ゴールを守ると言うことで・・・

3時間ばかりですが、楽しかったぁ。
病気で出来ないと思い込んでいたのも嘘のように大はしゃぎしてしまいました。

公園ではもう梅が満開でした。

翌日は、ベッドから起き上がるのも大変だったけど、良い思い出を一杯作れました。

  「今の私」  2007年3月22日

風邪で1週間ほど寝込んでましたが、その間も、友達とお昼を一緒したり、

 今度の旅行のスケジュウルを立て、旅行会社に行ったり、一緒に行く友達とチケットを買いに
 JRの駅まで出掛けたりしていました。
 今日はお墓参りに行ってきました。
 孫達や、息子とその友達、私の兄と大勢でお墓参りしてきました。

 キット、お墓の中で、父や母も喜んでいると思います。

 最近「千の風になって」というCDを買いました。とっても良い歌なのですが、
 この歌を聴くとお墓参りの意味を考えてしまいます。

 でも先祖を敬う、考える心を養って欲しいから、必ず孫も誘っていきます

 千の風になって


   わたしの墓の前で  泣かないでください

   そこに私はいません   眠ってなんかいません

   千の風に   千の風になって

   あの大きな空を   吹き渡っています


   秋には光になって  畑にふりそそぐ

   冬にはダイヤのようになって  きらめく雪になる

   朝には鳥になって  あなたを目覚めさせる

   夜には星になって  あなたを見守る


   わたしのお墓の前では  泣かないでください

   そこには私はいません  死んでなんかいません

   千の風に   千の風になって

   あの大きな空を  吹き渡っています


   千の風に   千の風になって

   あの大きな空を  吹き渡っています


   あの大きな空を  吹き渡っています

  「今の私 2」 2007年3月20日

風邪が長引いているので、本当に風邪か?と心配になります。

咳が出てるんだから、熱があるのだから、風邪なんでしょうが・・・

咳は収まりつつあるのですが、熱は夕方になると7度を超えてきます。

病気が進行しているのではないかと、覚悟はしていたものの不安がよぎります。

もともと緊張すると手が震えるのですが、今は特に酷く、キーボードの上で10本の指が私の意思とは関係なく踊ります。勝手なキーをたたくので、何度もやり直しで疲れます。

でも最期までキーをたたいて、今の自分を此処に留めて置こうと言うのが趣旨で始めたブログ。

ユックリ、時間を掛けててでも、と思い返し、今日は腰をすえて、久しぶりにPCに向かってます。

この2週間本当に色んな事をしていました。

11日の日曜日は、息子家族と、亜樹彦、直行7人で箱根に一泊旅行をして来ました。

長男夫婦はわざわざ孫を家まで連れてきてくれて、車で行き、私たちはロマンスカーで箱根湯本まで。

生憎朝から雨と風で、芦ノ湖の海賊船も、ロープウエーも動かず、鱒釣りに挑戦しました。

最後まで釣れずにいた私に、皆が応援してくれて、上の子は「あーちゃんんかわいそう!」て・・・

下の子は「丸いの(浮き)がつんつんて来ても上げたら駄目だよ。ちょんちょんって2回沈んだら上げるんだよ」って指南してくれます。
息子は餌を何度も付け替えてくれて、釣れた時は大歓声。
皆で大喜びしてくれて、私も感動してしまいました。

ところで、孫も女の子、上は亜樹兄、下は直兄と離れません。食事をする時も遊ぶ時も側から離れません。あーちゃんとしてはチョッピリ寂しく、チョッピリ嫉妬です。

その晩私は熱を出してダウン。地獄谷も側まで、海賊船も中のシートでうつらうつら寝ていました。
孫達は大好きなお兄ちゃん達と大はしゃぎだったようです。

病気と心

 「病院に行ってきた」  2007年3月1日

結果を聞いてショックを受けている。
この3週間で数値は10倍になり、担当医からは、緩和治療を始めても・・・と言う発言も。

治療をするとなると体力を急激に落として行く可能性もあり、加えて効く確立は10%〜20%。

緩和治療と並行すると言う選択肢もある。

思わず「治療は止めようか」と言ってしまい、一緒に居た息子も医師もちょっと驚いた顔をしていた。

私は混乱し、決めることが出来ず、1週間の有余をもらった。

来週もう1度病院に行き其の時までに決めるということにした。

医師も息子も、この事は自分で決めてください。という事。

今私の頭の中は真っ白。何を優先し、何が今一番必要か、何を基本に選択すれば良いのか。

混乱の中で今、何も考えられない私が居る。

病気のことは医師任せ、命のことは神様任せ、私は私らしくあるがままに・・・

こう決めていたが、自分で決めてと言われてパニックになってる自分が、許せないし、恥ずかしい。

結局、私はこの病気から何も学べていなかったのだ。

そのことだけは痛いほどわかった。どっかに消えてしまいたい。。。


 「考えています」  2007年3月5日


 でも私は幸せ者ですよね。こんな大事なことを、医師でもなく、息子でもなく、
 自分で出来るのだから。

 今は治療を止める方向で考えています。
 治療を続けて、と思ってくれている人には悪いのですが、「生きる」をキーワードに考えたら、
 ベッドに縛られての生きるは考えられないのです。

 何時も言ってる様に、私らしく生きたいと思えば、如何生きるのかと考えれば、
 もう治療はありえないのです。

 最初から、このガンは治りませんと告知されていたのです。
 初めての入院で終っていても可笑しくない状態からのチャレンジでした。

 何にもしないで終るのは嫌だと思いましたから。
 そのときは医師もまだ末期ではないと仰ってくれましたから。

 でも今、その医師に選択は自分でと言われたのです。
一杯一杯考えて、私らしく生きたいと思いました。
 決してもう投げ出すのではなく、何処までも、らしく生きたいからの選択です。

 医師も、緩和治療は治療を投げ出すのではなく、緩やかな治療だと考えて欲しいと言ってくれています。

 これからもチャレンジです。チャレンジする私を見ていてください。

 これが最終決定ではなく、まだ考え中ですけど、ほぼ固まりつつある思いです。

 後3日、もう一度ベストの選択が出来るように考えます

病気と心

 「春が来た」  2007年2月28日

大井町で電車を待っていた。

まるで春のように、日がうらら。

駅では止まらない電車がスピードを上げて走り去った後、土手の上に花が咲き乱れているのが見えた。

もう春なんだ。

2日後の検査の結果が気になり、心は塞ぎ込んでいる。

そんな事とは関係なく、季節は確実に動いている。

「そんなに急がないで、私の残り時間が少なくなる」

心が悲鳴を上げる。

「あったかいねぇ」友達の声に我に返り

「ほんと、春が来たんだねぇ」と、微笑む。

こんな時何故笑える・・・?
此処まで来る間、私はいろんな事をして来ました。
暮れには郡山にいる妹の所に泊まりに行き、会津に連れて行ってもらいました。今まで行かなかった「7日町」や「大内宿」へ連れて行ってもらいました。
年が明けてからは、三姉妹で雪の裏磐梯に温泉旅行もしました。雪を被った磐梯山はとても綺麗でした。
お友達と3人安芸の宮島へも行ってきました。
此処は前から1度行ってみたいと思っていた所で、生憎の雨でしたがそれも風情がありとても感動を貰いました。其の足で尾道へ行き、美味しいお魚と「名刹浄土寺を拝観し、因島まで渡ってきました。
大阪では弟夫婦が待っていてくれ、嵐山の保津峡の中にあるしっとりとした素敵な宿でユックリしました。
思い付きみたいに「岸和田七宮詣で」にも出掛けました。ブログでお知り合いになれた宮司さんや其のお友達にすっかり案内してもらい、楽しい1日を過ごす事が出来たのも、今思えば奇跡みたいなものでした。大阪ではブログでお友達になった、さくらさんや和子さんにも逢えました。
本当に行きたいと思っていた所やりたいと思ったことをしてきました。
其れでもまだこの動揺は、生きていたいという心の叫びなのでしょうか?
まるで迷子なった子供のように、ただ呆然として佇んでいる私が見えます。可哀そう?抱きしめてあげたい?でも其処は一人ボッチでいることしか出来ない所なのでしょう。見守る事しか出来ない母のようにハラハラしています。

病気と心

「病院に行ってきた 2」  2007年2月8日

 今日は息子と一緒だったので、最近ブログで色んな人がアクセスして来てくれている話をし、今の自分の気持ちを確認してみました。

 私の考えている事だから、今、癌で治療中の方々や、家族を癌で亡くされた方々に勝手なこと言うな!と叱られるかも知れませんが、あくまで、私個人の考えだと承知してください。

 私は癌だと知った時から、死と言うことは覚悟しました。
それが何時来るのかは解らないが、確実に来る物なのだと言う前提の下、それまでどう生きるかを考えたいと思いました。

 それで病気の事は、幸いにもガンセンターという今、日本で一番、癌のことに精通している病院で、
がんのことしか頭に無い医師に見て貰っているのだから、其処にお任せ、
後は、神様の言うとおりで、それ以上の事、余計な事は考えない事にしました。


本当に此処の先生は癌以外のことは考えないんですよ。肝臓の数値が高くても、ガンではないと解るとそれっきり、血糖値が高いと言っても気にもしない。
それらは近所の病院で対処してもらっています。

 痛い苦しいは医師。 寂しい、辛いは神様(仏様)(ご先祖様)にお任させ。
来るとこは来ると、執着やしがみ付くジタバタハしない事に先ず決めました。

 それで、どう生きたいか?

 最期まで人として恥ずかしくない生き方をしたい。

 何か意味が有るのならその意味を知る努力をする。

 でも、私ごときにそんな大きな意味が掴めるなんて思うのもおこがましい。
 病人なんだからと、甘えたり、少々理不尽なことも許される、何て思わずに、あくまで、人間として、「それ遣っちゃいけないでしょう」と言うような生き方はしない。
それだけは決めているのです。

 其の外に、今、生きているのだから、生かされているのだから、何か意味が有るのだろう。それを探りながら、勉強しながら生きて生きたい。

 でも全く他の人の世話にならずになんて生き方は、できません。

 現実に、先日岸和田の七社詣をしたいと思って、実行した際、息子や其の友達、親友、そして岸和田で土生神社の宮司様、其のお友達に精一杯世話になりました。
 行きたいは、私の我が侭、でも理由は、良く生きる為のヒントが欲しい。だったのです。
それなら、と、息子達は一緒に行ってくれ、たぶん宮司様達は、そんな私の意気込みを買って下さったのだと理解しています。
 何時も誰かの世話に成っていると言う事、一人では生きられないのだと言う事を忘れず、感謝、「ありがとう」を常に肝に銘じて生きたいと考えています。

 死ぬ時後悔しないように、思いを残さないように、精一杯生きて行きたいと思っています。

 そうなると、私が死んだ後、側に居た亜樹彦は私の身内から、

 もっとして上げる事が有ったのではないか?

 他の方法を何故試して上げなかったのだ?と攻められる事に成るかも知れません。

 息子は、「今精一杯側で看病している。だから後で後悔はしない。あくまでお母さんの考え方を尊重しているから」と言ってくれています。

 だから、病気であくせく時間と気持ちを使わなくて済むと言うメリットが有ります。
じっくりと、
 自分のしたい事、

 するべき事、

 それらはただの我が侭か?人として恥ずかしい事ではないか?だけを考えて行動すれば良く
実にシンプルに生きられます。

 ただし、シンプルゆえに、より良く生きると言う事はどんな事か酷く悩みます。

 時々家族だから息子だからと、甘えてしまったり、甘やかしてくれる親友や、息子の友達に我が侭を言ったり、したりの、失敗は時々あり反省しきりの毎日です。

 最近、より良く生きようなんて、本当はとても難しいことだと思い知った。が、それしか今私には無いのだと、それも肝に銘じている。

 このまま変わらない(何も発見できない)そんな自分で行けたらそれはそれで、自分らしさを貫けたらそれも誇りに思えるかも・・・

  追伸

 病気した頃からボチボチ其の日の体調など書いていたノートを再発を期に開いてみたら、こんな記載がありました。

 「人生百とすれば、五十は半途、峠です。私は峠に来ました。(中略)峠と言っても、向こうは下りとは決まっていません。
 ヤコブの夢の天にかけたる階段(創世記28章12節)のように山の上にも山があり、山の奥にも山がある。
 人の生(よ)の旅は唯上りです。」
 
 その登りは中年の時のように強いられたり、または推偉の座を守る、栄賞を守るためのステップではありません。
 この場合自分のみを防御したり、飾ったりするといった付加物をつける必要は無く、裸の自分になれば良いのですから気楽です。周囲にとらわれず、自由人として生きれば良いのです。

徳富蘆花が五十歳の誕生日に随筆「新春」の中で、このように述べています。


 こんな文章が書き残してありました。これを書き移しながら何を考えていたのでしょう。

 山の上に山があり、山の奥にも山がある。

 この先の自分にも、決して楽な下り坂など無いのだと、心に言い聞かせていたのかも知れません。
ただ、私の山を登るのだから徳富蘆花が言うように何事にも捕らわれず、裸の自分で自由人として、生きたいものです。

病気と心

  闘病日記


「三ステージ」 2007年1月25日


去年の11月再発した腹膜癌をねじ伏せたと思った。
その後1ヶ月に1度づつ検査を受けていたのですが、今月18日の検査で残念ながら再発してしまいました。
今日CTとレントゲンの検査をしてきました。
再発か、転移かの特定の為です。

今回はあまりに早い再発で、心の準備が出来ません。

妹のところへ三姉妹で温泉旅行へいく、来月直ぐ岸和田七社詣でをしに行こう、と何故か焦っているみたいに計画を入れています。

今度、と残して今度が無かったら・・・・と思うとドキドキしてしまいます。

まだまだ、悟れない。情けない自分です。良く生き、よく死ぬ覚悟はした積りでも心は揺れます。

まあぁ、揺れて当たり前なんでしょう、私如きが・・・

焦らず、私のペースをもう1度掴もうと努力するしかないですね。

今日は2週間前に検査したCTとレントゲンの結果を聞きに病院に行ってきました。

 結果は、「マーカーの数値が300位だと影も見えない」と言われてお終い。
又3週間様子を見ましょう。と言うことでした。

 抗がん剤を始めると、やっぱりドンドン辛くなるので、3週間の猶予をもらったと思って、
又、どこか行って来ようか考えています。

 少し暢気すぎかな?

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