|
奈良で取った写真ですが、何処の何とい仏様か? |

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用
こんにちは、ゲストさん
[ リスト | 詳細 ]
|
奈良で取った写真ですが、何処の何とい仏様か? |
|
途中、日本一大きい前方後円墳、仁徳天皇陵古墳や崇神天皇陵などを見て歩きましたが、 あまりに大きく冗談ではなく、ナスカの地上画のようにヘリコプターなどで、上から見ないと 全容は掴めません。 そこから、「さこや」まで、車のナビで調べたら2時間と出ました。 さぁ大変です。もう5時過ぎています。甥は免許を取ってからまだ真のない、初心者マークが取れて 1年位なので山道は大変です。 必死で走りました。吉野山に掛かった頃は、グルグル回る狭い山道、運転手だけでなく乗ってる私達 もキャーキャー大騒ぎしながらやっと「さこや」の前に到着。 時間が遅いので直ぐに食事にしてもらいました。 食べている私達の前に、女将さんが挨拶に来て申すには、「さこや」は創業280年も建つ由緒ある 宿で、明治の終わり頃、伊藤博文や政府の要人がお泊りになったとのこと。 私達は、歴史好きも居るのでヘェーとかホォーとか畏まって聞いていたのですが、隣で食事していた 人達は、女将さんが話し始めるや否や、「お茶ください」と言ってしまって、女将さん怒って「何と かさんお茶持ってきて」と、大声で言って立ち去りました。 私達皆、クスクス。 食後、露天風呂に行くことにしました。 お上さんの話では、「露天風呂にやたがらす(八咫烏)というお酒を置いてあるのでお好きなだけお 飲みください」と言われたから早速・・・ ちなみに、皆さんもご存知のように、やたがらすは「道案内の鳥」ということから、日本サッカーの未来を導いていくと考えられ、 日本サッカー協会のエンブレムマークにも使われています。 「やたがらす」は、3本足の大きな鳥のことで、 日の神(太陽)のシンボルであるといわれ、神武天皇東征の際の神話に登場します。 神武天皇が熊野から大和に入る吉野の山中で道に迷われ、その時に天の神が、 道案内のためにつかわした3本足の大きな鳥が「やたがらす」であるといわれています。 成るほど、露天風呂に出て行くと、幅の広い溝に板で橋が掛けてあり、その向こうの左手に樽でやたが らすが置いて在り、枡が添えられてありました。 右手に中くらいの大きさの桶に温泉がありました。 やたがらすを一口づつ飲んで、湯に浸かっていると、隣から「つめてぇ」とか「さむい〜」とか 聞こえます。うん??と思いましたが其のまま出てきたのですが後で聞いてビックリでした。 彼らは、橋の掛かっていた溝に浸かっていたのだそうです。 湯のはずが冷たいし、「でも、女将さん少しぬる目だって言ってたジャン」木の葉やなんかが浮いて て汚いし、底はヌルヌル滑って溺れそう。 大笑いです。桶湯には一人小父さんが入っていて、暫くして、出て行ったので其方に入ったとのこと 甥は終始、「これ違うんじゃないの」と言いながら息子達に押し切られ其処でやたがらすを飲んでいた よと言って、またまた爆笑です。先に居た小父さんは如何思っていたのかと言うだけで、腹が痛くなる ほど笑いました。 桜の木の枝を通してお月様が明るく、風情のある露天風呂だったのですがね。 良く聞いてみると、其処は木枠で出来ており、腰掛けるベンチも在ったと言う事で、桜が咲いて宿がい っぱいになったら、お掃除をして、お湯を入れるのかもしれません。 それでも考えると笑えて、何度も其の話で笑っちゃいました。 翌朝、私は一人で宿の近くにある金峯山寺にお参りしました。 金峯山寺は大和国吉野山、神話の里、桜の名所の下千本桜の下の端っこにある。 わが国主験道の根本をなす金峯山寺蔵王堂を中心に、南朝60年の悲史とロマン。 数多くの史跡が有る山です。 朝食の後、今日は帰るだけの日になります。 沢山の楽しみと、思い出と、心の安らぎを得た旅でした。 帰り道、明日香にある「石舞台古墳」を見ることが出来ました。 横穴式石室は、築造7世紀と言われ、6世紀後半この地で政権を握っていた蘇我馬子の墓ではないかと 言われているそうです。 此処もまた桜があったらと思わせる程桜の木が沢山あり2分咲き程度に咲いていました。 もう一路帰るだけけです。沢山の思い出に、奈良に、ありがとうです。
|
|
法隆寺では沢山写真を撮ったので、別口で乗せてみました。 写真の説明しておきます。 1枚目 回廊の外で、桜まだ1分咲き。
2枚目 東院鐘楼 3枚目 食事所から先・立ち入り禁止でした。 4枚目 外に出て振り返って 5枚目左 何の樹?なんのはな 6枚目右 法隆寺・五重の塔 7枚目 西円堂ー国宝 鎌倉時代のものだそうです。 8枚目 五重の塔 9枚目 夢殿から 10枚目 南大門 6枚目右 法隆寺・五重の塔 7枚目 夢殿から |
|
私達は奈良最期の寺社に法隆寺に来ました。奈良に来たら法隆寺を見ないで帰る訳にいきませんもの ね。 一歩寺社の中に入ったら、飛鳥の時代にポンと放り出されたように、身も心も、し~んと静まり 何故か小声で話しながら、どの建物を見ても、どの仏様を拝んでも、涙がこぼれて来る様に感動す る。 改めて私は奈良が好き、奈良に、今訪れる事が出来た幸せをかみ締めずにはいられませんでした。 何時までの離れがたく、もう4時半で閉めました、という何かの展示室に、「看板だけでも見せてく ださい」と入り込み、受付の小父さんも私達の迫力に押されて、看板で何を展示してか説明してくれ ました。 どれかの建物を補修する為に解体したら、天井の梁に、当時の大工さんが落書きをしていた。 という話でその画が看板に写真で張ってあったのです。へーと驚いたり、その稚拙な絵に、 これ私並、と笑ったりしていたら、他の観光客、外人さんだったのですが、 入ってきてしまったので、これでは 迷惑に成ると、早々に其処から出ました。 最期に出口の側に休憩所があり、一服しながら振り返って、暫く離れる事が出来ませんでした。 |
|
私達は薬師寺に向かいました。 薬師寺は天武天皇により発願(680)持統天皇によって本尊開眼(607)文武天皇の御世に至り 飛鳥の地において堂宇の完成を見た。 その後、平城遷都(710)に伴い現在地に移されたものである。 薬師如来を中に右に日光菩薩、左に月光菩薩、合わせて薬師三尊像といいます。 薬師如来は東方浄瑠璃浄土の教主で、 又の名を医王如来とも言い人々の身と心を救ってくれる仏様です。 今この時の私が何をお願いするのかおかしな図です。 勿論心の平安のままその時を迎える事は願いますが、この身を健康にとは願う訳ではない。 しかし子供等やその家族が健康でありますようにとお願いしました。 薬師寺は、金堂・西塔・東塔・中門・回廊・大講堂と白鳳伽藍の美しい建築美を誇っています。 東西両塔を挟んで金堂を仰ぎ見るのは、ため息が出るほど美しかったです。 回廊を歩くと、飛鳥の時代に遡っていく意識が、朦朧と心地よい思いに誘ってくれます。 広いお寺さんの中を散策していると、刻と時間を忘れさせてくれますね。 玄装三蔵院伽藍を参拝する事が出来、三蔵法師のお話を思い出し話をしながら見学していたら、
玄装三蔵院の等身大の像の前にフエルトで出来た真新しい長靴が像の前に揃えてあり、 「その時代こんな靴を履いてたとしても、今置くのは可笑しいねぇ」なんて立ち止まって話していたら 小父さんが興味に惹かれて我々を押し退けて、覗き込んできて、倒れ込みそうになり、 思わず連れが手を出して起こしたものの、「そんなに剥きに成らなくても」と、 ビックリするやら一寸引いてしまう瞬間がありました。 そんな笑い話があり、しっとり雰囲気に浸る時がありで時間は、あっという間に過ぎ去ります。 |
[PR]お得情報