特別史跡・石舞台古墳 入り口で
法隆寺を後にした私達は、今夜の宿吉野山「さこや」へ向かう事にしました。
途中、日本一大きい前方後円墳、仁徳天皇陵古墳や崇神天皇陵などを見て歩きましたが、
あまりに大きく冗談ではなく、ナスカの地上画のようにヘリコプターなどで、上から見ないと
全容は掴めません。
そこから、「さこや」まで、車のナビで調べたら2時間と出ました。
さぁ大変です。もう5時過ぎています。甥は免許を取ってからまだ真のない、初心者マークが取れて
1年位なので山道は大変です。
必死で走りました。吉野山に掛かった頃は、グルグル回る狭い山道、運転手だけでなく乗ってる私達 もキャーキャー大騒ぎしながらやっと「さこや」の前に到着。
時間が遅いので直ぐに食事にしてもらいました。
食べている私達の前に、女将さんが挨拶に来て申すには、「さこや」は創業280年も建つ由緒ある 宿で、明治の終わり頃、伊藤博文や政府の要人がお泊りになったとのこと。
私達は、歴史好きも居るのでヘェーとかホォーとか畏まって聞いていたのですが、隣で食事していた 人達は、女将さんが話し始めるや否や、「お茶ください」と言ってしまって、女将さん怒って「何と かさんお茶持ってきて」と、大声で言って立ち去りました。
私達皆、クスクス。
食後、露天風呂に行くことにしました。
お上さんの話では、「露天風呂にやたがらす(八咫烏)というお酒を置いてあるのでお好きなだけお 飲みください」と言われたから早速・・・
ちなみに、皆さんもご存知のように、やたがらすは「道案内の鳥」ということから、日本サッカーの未来を導いていくと考えられ、
日本サッカー協会のエンブレムマークにも使われています。
「やたがらす」は、3本足の大きな鳥のことで、
日の神(太陽)のシンボルであるといわれ、神武天皇東征の際の神話に登場します。
神武天皇が熊野から大和に入る吉野の山中で道に迷われ、その時に天の神が、
道案内のためにつかわした3本足の大きな鳥が「やたがらす」であるといわれています。
成るほど、露天風呂に出て行くと、幅の広い溝に板で橋が掛けてあり、その向こうの左手に樽でやたが らすが置いて在り、枡が添えられてありました。
右手に中くらいの大きさの桶に温泉がありました。
やたがらすを一口づつ飲んで、湯に浸かっていると、隣から「つめてぇ」とか「さむい〜」とか
聞こえます。うん??と思いましたが其のまま出てきたのですが後で聞いてビックリでした。
彼らは、橋の掛かっていた溝に浸かっていたのだそうです。
湯のはずが冷たいし、「でも、女将さん少しぬる目だって言ってたジャン」木の葉やなんかが浮いて て汚いし、底はヌルヌル滑って溺れそう。
大笑いです。桶湯には一人小父さんが入っていて、暫くして、出て行ったので其方に入ったとのこと
甥は終始、「これ違うんじゃないの」と言いながら息子達に押し切られ其処でやたがらすを飲んでいた よと言って、またまた爆笑です。先に居た小父さんは如何思っていたのかと言うだけで、腹が痛くなる ほど笑いました。
桜の木の枝を通してお月様が明るく、風情のある露天風呂だったのですがね。
良く聞いてみると、其処は木枠で出来ており、腰掛けるベンチも在ったと言う事で、桜が咲いて宿がい っぱいになったら、お掃除をして、お湯を入れるのかもしれません。
それでも考えると笑えて、何度も其の話で笑っちゃいました。
翌朝、私は一人で宿の近くにある金峯山寺にお参りしました。
金峯山寺は大和国吉野山、神話の里、桜の名所の下千本桜の下の端っこにある。
わが国主験道の根本をなす金峯山寺蔵王堂を中心に、南朝60年の悲史とロマン。
数多くの史跡が有る山です。
朝食の後、今日は帰るだけの日になります。
沢山の楽しみと、思い出と、心の安らぎを得た旅でした。
帰り道、明日香にある「石舞台古墳」を見ることが出来ました。
横穴式石室は、築造7世紀と言われ、6世紀後半この地で政権を握っていた蘇我馬子の墓ではないかと
言われているそうです。
此処もまた桜があったらと思わせる程桜の木が沢山あり2分咲き程度に咲いていました。
もう一路帰るだけけです。沢山の思い出に、奈良に、ありがとうです。
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