腹膜ガンからの逃亡中

癌と戦いながら、いかに日々楽しみを見出すか挑戦です。

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きつい駄目だし

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             時々お花を届けてくれる優しい友がいます。


  一心同体のように私の病気とも付き合ってくれる息子は、私のブログの読者でもあります。

  其の息子に、気つ〜い駄目だしをされてしまいました。

  「あの長い奈良旅行記は何?このブログに何が書きたくて始めたの?ただの旅行記?」

  言われてみて私愕然としました。

  朝の5時6時までかかって、写真アップしたり、旅行記を書いたり、神社の詳しい事調べたり、
 心の中 では、こんな病気で明日どうなるか解らない私が、ブログに楽しかった事を、
 嬉々として書いて、上手く写真がアップ出来ず四苦八苦したり、
 「こんな私って、頑張っているでしょ う」くらいの気持ちだったのに。

  「そんな風に言われたら心外だわ」って言い返したら、
 
  「じゃそう書けば、楽しかった奈良旅行、それを朝まで掛かって、
 ブログにアップしてる、凄いで  しょうって書けば。
 あれでは何故そんなにあの旅行が楽しかったのか、
 それを何故夢中でアップしたのか、ちっとも伝わらないよ」

  むむ、正解言われてるかも。で、考えました。

  何時も私の周りで、私を気使い、理解してくれようとしている人達と一緒だったから、
 特別楽しい旅 だったんだ。
 そう思い返してみると、いつも皆笑っていた。疲れて途中リタイアしても、
 変に気にしないで他の皆は 見学してる。
 それは私にとっても嫌ではないし、外で待ってて出てきた皆が満足そうだったら、
 それで私も嬉しかった。

  次はあそこ、次はこっちが見たい。そんな私の希望を(我が侭?)皆もそうしたいと思っていたかの  ように受け入れてくれて、車回してくるからここで待ってて、と私の体を心配してくれて、
 当たり前のようにタバコなんぞくゆらせて車の来るのを待ってた私。

  あの旅の楽しさは、奈良と言う特別な場所の魔法に掛かったからだと思っていたが、
 それも1因ではあったが、
 殆どは彼らが魔法を掛けてくれていたんだと、気が付きました。

  そして家に戻って魔法が解ければ、私は何時来るか解らない恐怖に押しつぶされそうになっていた。

  どんな強気な事を行っても、奇麗事を並べても、いつか来るぞ!と言う恐怖感は私を悩ませる。

  本当のところ、あの宣告を受け、あの決断をした時は、トントンとそれがやって来るもので、
 私は流れに身を任せていれば良いのだと思っていたのだが、

 ガンセンターの先生医療ミスしたんじゃないの?と思える位元気で食欲もある自分が現実にいると、
 「何時来るのよ〜」って叫びたくなる夜もある。

  だから私は、毎日朝までパソコンに向かい、旅行記を書くことに逃げていたんだ。

  そして疲れて眠る事で考える事を拒否していたんだった。

  もっと言えば、あそこに行きたい、今度はこっちに行きたいというのも現実逃避でしかなかったのだ

  今こんな風にはっきりと自分の気持ちに気付いた以上、もう其処から逃げ出すことは出来ない。

  今度こそ、真剣に「生きるということ」「死ぬと言う事」と向き合わなければ。

  治療を止めて、自分の足で立って、という事は、あちこち出掛けて歩くと言う事だけではなく、
 シッカリ現実を見詰めると言う事でもあったのだ。 

  短い間でも、生きた証みたいなものが欲しかったんだ。

  改めて、目をそらさずに、其の事と向き合おうと腹を括りました。

  これからのブログの中にそれが反映されたら、このブログをアップしてる意味があるんだと、
 やっと本来の意味に気付かされました。

  さて、どうなりますか、請うご期待!!です。

  

雨の浜離宮

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潮入の池の向こうは高層ビル

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中島の御茶屋 
 抹茶和菓子セット500円
 床の間に明治天皇とアメリカの
 何代目かの大統領とが会談してる絵がありました。

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 小さな神社
 神社は修理中でした。

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健気な鴨達
 後を追って目を上げると高層ビル

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 樹に不思議な穴
 どうして出来たのでしょう
 下の大きな穴は鳥の巣に見えました。



今日は、友達と鎌倉に行こうと約束していたのだが、お天気も悪いし、寒いし、
近場で済ますことにして、私が入院していた時何時も眺めていた都会の中の
小さな森・浜離宮へ出掛けた。

徳川四大将軍の弟により海を埋め立て、屋敷が立てられ、その子で五大将軍によって
将軍家の別邸として「浜御殿」と呼ばれていた。関東大震災や戦災によって主要な建物
樹木など消失してしまい、昭和20年に東京都に下賜され、整備された後27年に
国の特別名勝及び特別史跡に指定されたのだという。

中島の御茶屋は昭和57年に復元されたものだと言う。

その御茶屋で、お抹茶を頂いたり、そぼ降る雨の中庭園を散策しました。

海や、富士山を見る高台が作られていて、300年もの昔其処からは大海原が見え、

富士がくっきりと望めたのだろう。

そう思って見渡してみても、360度高層ビルに囲まれてしまって、
海も富士も見ることは出来なくなってしまっている。

それでも、池には鴨が泳ぎ、梅が冷たい雨に花を震わせ、季節が来れば咲き出そうと
色んな木に小さな芽が吹き出していて、寒々とした公園も其れなりに季節を感じさせて
くれました。

人の少ない、まだ春にには早いこんな時期の散策も、お抹茶を頂きながら見る池越しの公園も
それなりに風情があって良いものでした。

アバター変えました

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アバター変えました。

と言うか、息子が私のアバターを見て、「こんな上品な老婦人って感じじゃないよ」と言い出し
「取り替えるなんて出来」ないよ。
全て姪に任せて開設したブログですから、アバターを変えるなんて、そんな技術ありませんて。

「簡単だろう」と夕べ息子が初めました。
お金の掛からないアイテムばかりでコーディネートしたので、私そっくりとは行かないが、
まぁこんなもんだろうですって。普段何時もこんな格好をしているから。

私はこんなにスマートではありませんが、これしかないので、ご容赦を。

猫もね、こんなんじゃないんですよ。
チンチラの雑種で、鼻筋と目の下からが真っ白で、後は黒です。目が黒いところに有るので、
アライグマみたいな顔してます。
そうそう、足4本白いんですよ。途中からだからまるでルーズソックスを履いている様なのです。

猫は女のこの方が自立していて、手が掛からないので女子をもらった積りが、実は小さなおちんちんが付いていて、吃驚です。カバちゃメメです。メイと呼んでいたのですが、男と解ってからメメです。
甘えん坊で、私と一緒に寝ています。おきている時は遊んでくれと煩いです。

でも私の最高の相棒です。

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