腹膜ガンからの逃亡中

癌と戦いながら、いかに日々楽しみを見出すか挑戦です。

病気と心

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全7ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7]

[ 前のページ | 次のページ ]

死ぬと言う事

イメージ 1

 木彫りのアイヌ像   洞爺湖湖畔に宿泊した時アイヌのおじさんが彫っていた像である。まだ途中
            だと言っていたがどうしても欲しくて買った。
            ぬくもりのある良い顔をしているよ。




  な〜んとなく今まで避けてきた話題だけど、書くべき時かなぁ

 皆は如何考えているのかなぁ。

 怖いことなのかなぁ。恐ろしいことなのかなぁ。

 今更、「地獄が怖い」も無いと思うし。「天国で楽しみたい」も無いと思うんだけど。

 死ぬ事も何故怖いのかなぁ。

 先日「余命3ヶ月のラブレター」と言う本を読んだ。

 はっきり3ヶ月と宣告された人はどんな思考を辿って3ヶ月を過ごすのかって興味があったから。

 しかし何も具体的なことは書かれてなく、肩透かしを食ったような本だった。

 中に一つだけ目を引いた1文がありました。

 「僕は死んだ後、焼かれる事が凄く怖い。狭いお棺に入れられて高温で焼かれる事を考えると凄く怖  い」

 と言う1文です。

 これにも私は解らない。

 「死」は=「無」が私の感覚。

 病院で「ご臨終です」と言われた時から、今まで私であった体は古着となり、其の瞬間から私は自由
 に解き放たれるということです。

 だから、空っぽの死体には何の感傷も持たないし、焼かれ様が、煮てしまわれ様が、空っぽの体から離 れた私には、何の痛痒も感じない。

 私の心(魂)は自由になり、好きな事を、好きな所を好きな様に立ち回れるものだと思っている。

 だから「死」は私には、怖い事でも、忌み嫌う事でもない。

 子供が小さいからとか、やりたい大切な事をやり残したくない、などの思いを残していない限り、

 怖がる事ではないと思っている。

 私が治療を止めた事もこの考えが大きく作用していると思うよ。

 もう直ぐ、いずれ、近い将来

 私にも「死」がやって来る。でも生きている間明るく笑って過ごそうと思っている。

 私は強い人間でもないし、普通な人だ。

 でも笑っていられるのは、この「死生観」のお陰だと思っています。

 少なくとも私の周りにいる人は私のこの考えに賛成してくれているから、

 一緒に笑っていてくれるのだと信じている。

 誰にでも納得できる考えではないかもしれないけど・・・

 私は信じている・・・


     成熟した生涯は

          幸福な死をもたらす

                     by ダビンチ

 

救急から1週間

イメージ 1

 郡山に遊びに行ったとき見つけたお人形です。おじいさんとおばあさんの表情がとても良く癒されます
 
今もうこれを作ったおばあさんはなくなり手に入らなくなった貴重なものです。





  朝はお粥さん。昼は少し形ある柔らかい物、夜はスープでなんとかこの1週間戻す事もなく、
 やり過ごしてきました。

  実際のところ、この食事では力も出ないし、栄養の面から言っても如何なのかと思いますが
 戻さないでいられたことが何よりで、ふらふらしながら、頑張ってます。

  昨日は古くからの知り合いが訪ねてくれ、お喋りしたり、マッサジーをしてもらったり、
 息子と3人楽しくしてて、息子が前日私に食べさせたいと買っておいたシチューの材料を見て
 彼女が作ってくれることになり、あまり料理はしないと言う彼女を鹹かったり。

  夕食は、美味しいシチューを頂きました。

  人が料理をしたものには偉大な力が味付けがされる。アメリカの刑務所で、ケータリングの1活
 弁当より食堂でおばさんが作ってくれる食事を与えたら、
 30%も刑務所内の暴力事件が減った、と言う話を息子がしていましたが、

 本当に、レストランで食べるシチューより、おいしかったぁ。


   この前からちょくちょく遊びに来てくれてる、20年来の知り合いというのは、
 昔、20年前、私は小さなお店を渋谷でやりくりしていました。

 そんな店に、1日づつのアルバイトで働いていてくれていた女の子達です。
 其の頃の私が、今丁度彼女たちの現在の年になっているのです。

 開店同時の暇な時間には息子も夕食を食べに着ていたり、夜家まで送っていってやったりで、息子も
 「あきちゃん、あきちゃん」と兄弟の様に接していたし、何かと人生相談を受けたり、
 今では母になってる子、キャリアウーマンで働いてる子。あの頃から英語の勉強をして、
 通訳の仕事をしてる子と、様々ですが、今1番輝いているように見えます。

 仕事と関係なく旅行に行ったりで、今でも「ママ、ママ」と慕ってくれます。

 嬉しい事です。

  この1週間、食べられずにしょんぼりしている私の為に、息子は一人にメールしてくれたようです。

 そのメールで、今日早速会いに来てくれたのです。

 嬉しいです。直ぐ富んできて来てくれた彼女にも、気遣いしてくれた息子にも感謝です。

  美味しいシチューと優しい思いやりに、ありがとう。
 

救急で日赤へ

イメージ 1

 高橋不動尊境内(東京日野市)名物のアジサイが見事に咲いています。

  今月のカレンダーの写真です。
東京に長く住んでいて行ってないところがいっぱあるんで、今年はカレンダーが換わったら訪ねて見ようと、話していたのに、とうとう何処も行く事が出来ませんでした。
 少しは出かけたかったなぁ。




  13日病院に行った時は、痛みの感覚が狭くなったくらいで元気でした。
 「どうなったら入院ですか?」の問いに、医師は「食べれなくなったら、動けなくなったら」と。
 薬が出来るまで、院内のレストランで、ハンバーグとスープ、果物チョット,ご飯4口位食べました。

 家で夕食も食べられて、14日は元気に目覚めました。

 買い物に行ってきてくれた息子が、”メンチカツ”を買って来てくれたので、1個おやつ代わりに食べ ました。
 大好きなんですよ”メンチカツ”。

 2時間後苦しくなって食べたもの全部吐き出しました。
 「油ものはもう食べられないのかなぁ残念だなぁ、好きなのはメンチだけなのに」なんて軽く考えていましたが、その夜、戻した後がまだ気持ち悪いので、薬を飲む為にカットしてあるスイカを5切れくらい食べました。

 その後薬を飲んで、横になっていたら、夜中,薬もスイカもそのまま出てきてしまい苦しい思いをし  ました。

 「明日もこんなんなら病院に電話だね。」息子とそう話して其の夜は何とか寝ました。


  朝、割と元気に起きられ親友の岡ちゃんが何時ものように遣って来てくれて、小さな水羊羹とアイスコーヒーを作って飲みました。
 2時間後全て吐き出してしまい、日赤に電話を入れました。
 「直ぐ救急外来にいらっしゃ、入院の用意をしてきてね」と言われ、「きたかぁー」とがっかり。

  取り合えず岡ちゃんに対って行ってもらいタクシーで日赤へ。

 直ぐ、胃腸の働きを良くする薬、吐き気止め、栄養剤を点滴されながらCT検査。
 2時間ほどで、点滴も終わり検査の結果も出ました。

 医師が心配していた腸閉塞はなく、腹水と癌の塊が胃腸の動きを邪魔して、食べた物を腸まで送れない 状態だとの説明を受けて、一先ず帰宅が許されました。

  それから今日で6日目。スープ、お粥さんの食事を日曜日まで続け、昨日はかぼちゃのクリーム・リゾットをいそいそ作って(チンして)食べようと思ったのだけど、美味しくない。3口も食べたらいらない。

 息子が買ってきてくれた、玉子焼きのスライス、と茶碗蒸しの冷たいのを食べて1日終わり。

 お陰で吐かなくなったのが何より、少しづつ、騙し騙し胃に入れてます。

 力が出なくてふらふらです。このまま栄養を取れずに入院なのかな?もう少し家に居たいなぁ。

  チョット弱気になってる私。

 

日赤病院へ

イメージ 1

 季節は巡って、東京も入梅したそうですね。アジサイが綺麗です。一杯咲いているところ見に行きたい




  今日は予約日なので、日赤に行ってきました。
 今日赤は大改築をしていて、大きな工事車両が出入りし駐車場は少ししか在りません。

 今日も時間前に着いたのですが、駐車まで待てず一人車から降りて、裏口に向かいました。

 白衣を着た女の人が立っていて「車が危ないですから・・・」と入り口までサポートしてくれました。

 「8月には5階建ての大きな駐車場が完成すのですが・・・」と仰っていたのですが、私が8月ませ持 つのかなぁなんて考えながら待合室へ。

 珍しく40分以上も待たされてしまい、グッタリです。

 どうやら新患が飛び入りしたみたいで、なかなか前の人が終りません。初めての時って不安が一杯で、
 あれもこれもとき聞きたい事も一杯で、私も最初の頃はあんなだったのだろうなぁ。


  さて私の番。「どうでした?」と担当医に聞かれ痛みの間隔が短くなってきた事、痛みで眠りに入れ

 ない事など話したら、薬の質と量を増やしてくださると言う事で、一安心。

 「どんな状態になったら入院を考えなければいけませんか?」

 「食事が取れなくなってきたら、一人で動くのが無理になったらで考えましょう。なるべく家に居た 
 いでしょうし、その方が気分的にも楽でしょうから」と、仰って下さった。

 「ただし、痛くなったり苦しくなったら、頓服に手を出す前に僕のところへ連絡ください。時によって

 は違う薬を処方しますので、我慢したりしないでね」と優しいお言葉。

 これでまだ暫くは家にいられます。


  12日の誕生日は本当にサプライズでした。

 遠くから偶然お友達が訪ねてきてくれたり、思いも寄らぬ人からお花が届いたり、前の日まで何にも言

 わないで、親友がお赤飯炊いてきてくれたり、ケーキを作って持ってきてくれる友がいたり携帯にも

 沢山お祝いメッセージが入ってて、最後は息子と直行とで、ユックリお祝いしてもらいました。

 最高幸せで、フアフアしてしまう1日でした。


  最後にもう一つお知らせです。

 我が息子が、「腹膜癌の母親と二人暮らし。 愛情で、その日暮らし。」と言うブログをアップしまし た。

 私の所へ僅かでは有りますが、家族が腹膜癌になった、何か参考にさせてという書き込みが入ります。

 そんな時今の私ではあまり参考には成らないし、此処まで来ちゃうのかと恐怖すら与えかねません。

 其処で息子なりに客観的に腹膜癌看病気記を書く気に成ったようです。

 気になる方は其方もどうぞ!!

 

開く トラックバック(1)

今日は私の誕生日。

イメージ 1

 
     誕生日に息子からのプレゼント。5本指のリラックススリッパ、羊がすやすや眠っています。




 初めの頃に、3年前の私の誕生日の話を書いていますが、今から思えばこの病気との付き合いは、
 其の時からは始まっていたように思えます。

 亜樹彦と直行とで、私の還暦を祝って浅草へ連れて行ってくれ、奇跡のような楽しい日を過ごさせてく れました。

 そして今、余命の残高を意識しながら、痛み、腹水、不眠と戦いながら今家に居れることは、幸せ以  外のなにものでもありません。

  先週は、木曜日からず〜っと誰かが訪ねて来てくれていて、ブログを更新する時間を作れませんでし た。

 2年ぶりの人、10年ぶりの人、どの人に会っても楽しく、魂は10年前に戻り、楽しかった事、嘘み たいな出来事などを思い出して、大笑いの思い出話になります。

 特に私が小さなお店をやっていた時、OLだった子が日替わりでバイトに来ていたのですが、10年、 
 20年振りに会うと、皆其の頃の私の年になっており、子を持つ親に、仕事バリバリのキャリアウーマ 
 ンに成っていて、年月の長さや、人の成長に感嘆します。

 とっても楽しい1週間を過ごしました。

  病気の方は相変わらず厳しい状態が続いています。

 夜は、もうだめかなぁ、とパンパンになったお腹をさすりながら、痛みの取れない苦しさに弱気になり

 ながら、目を覚ましては、もう1日頑張ってみようと思う繰り返しです。

 薬が効いていてくれる時間もドンドン短くなって、取って置きの頓服を飲む日が増え、座薬を入れなけ

 れば眠れない日が多くなっています。

 でも、病は気から、今日は誕生日、そして嬉しい人が遠くから訪ねててきてくれます。

 こんな些細な楽しみも、私に元気をくれます。

 振り返ってみれば、緩和治療に変えてから4ヶ月になりますが、こんな楽しい毎日が送れるなんて、

 私には思いも寄らぬ、奇跡みたいな日々でした。

 この道を選んだ私にも、選ばしてくれた息子達、周りにいてくれる人達、目に見えぬ何者かに

 感謝! 感謝!

全7ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7]

[ 前のページ | 次のページ ]


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!
ふるさと納税サイト『さとふる』
お米、お肉などの好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!
話題の新商品が今だけもらえる!
ジュレームアミノ シュープリーム
プレゼントキャンペーン
コンタクトレンズで遠近両用?
「2WEEKメニコンプレミオ遠近両用」
無料モニター募集中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事