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蚕豆やじゃが芋の収穫が終り、田植えの準備をしてきました。
6月10日、朝6時半頃から田植え機、稲苗を田圃に運び、8時頃から
田植えを始め、午後6時頃、約5反の田圃を植え付け終了しました。
以前は20町歩あった田圃も宅地化されて、周囲を家に囲まれてしまって、ここだけ、2反になってしまった田圃です。
でも周りに住む人には、緑の安らぎと、涼しい風と自然を提供しています。
田圃の近くの公民館の隣りの墓地に、1基の句碑が建っています。
これはこの墓地の次男の方が太平洋戦争で戦死されたのを悼み、
「昭和47年靖国神社献詠俳句会」の特入選句で、お父さんが詠まれた句です。
稲刈りの 仕事着のまま 召されしが 秋晃
と刻まれています。
昭和17年12月8日、フィリピン バタアン州バカツク東北方で敵機銃弾を二発右大腿部貫通銃創により名誉の戦死をとげられたそうです。
正岡子規も高浜虚子もいいけど、これだけ心のこもった俳句は詠んでいないと思います。
田植えの終わった私の田圃です。
向うに見えるのが「松山城南高校」です。冬季オリンピックや世界選手権で活躍した“青野 令”君の母校です。
この学校の元校長先生「西村清雄」先生は
賛美歌404番「山路越えて」の作詞で有名な方です。
正門奥に建っている
「山路越えて 一人行けど 主の手にすがれる 身は安けし」
の碑です。
西村先生の胸像です。この胸像の奥に設立者「ジャジソン女史」の胸像も建っています。
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