くんくんの独り言

原発に無知としか言いようのない東電、政府、科学者。しっかりしろ!!

句碑巡り

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毎日芭蕉、芭蕉、芭蕉、
何処に行っても芭蕉、芭蕉、芭蕉、
そこで、今日は三重県阿山郡大山田村に行ってきました。
辿り着いた所は“新大仏寺”というド派手なお寺でした。
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 新大仏寺の山門です。
 地元の芭蕉の愛好者の団体の方が案内してくれました。
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桜の花が我々を歓迎してくれました。
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他に花が無い所で、この桜だけが迎えてくれました。
ピンクの花が印象的でした。
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派手な大仏殿でした。
参拝客は車が4台と芭蕉さんツアーのバス1台でしたが、団体さんが入ってきて
途端に大賑わいになりました。
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、       丈六に   陽炎(かげろう)    高し石の上   芭蕉
の句が参道脇にありました。
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         発願の日に   日に明王の   大桜   柏翠
の句碑も建っていました。
この碑の陰に
         心にて   泣きつつ山の   笑ふべし   柏翠
の句が刻まれていました。
 
さぁ〜次の芭蕉の碑に行くゾ〜   
 
                  くんくん
       
 
  7月2日、梅雨の晴れ間をぬって四国中央市新宮村に行ってきました。
 
 山又山に囲まれて産業も無く過疎の村に、パァッと開いた見事な光景がありました。
 
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 おじさんに
        “乗って上に上がらんかなあ”
 声を掛けられ、一人500円払ってモノレールに乗りました。
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 下から見る景色と違って、もう周りは色とりどりの紫陽花、紫陽花、紫陽花
 2万株植わっているそうです。
 まあ、見事!
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 下の茅葺の家は土産物屋さん。家の横には水車がありました。
 現役で回っていました。
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 こんなに急斜面に何万本の紫陽花が花を咲かせています。
 ここまでにするのに30年かかったそうです。
 頂上からこの道を歩いて下ります。
 15分くらいかかりました。
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 見事に咲いた額紫陽花です。
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 十分に楽しませてくれました。
 10日頃まで楽しめるそうです。
 因みに入場料は無料でした。
 7月3日付の愛媛新聞8面に大きく取り上げられていました。
             くんくん
瀬戸内海の今治沖に、日本の総鎮守府、大山祇神社があります。
ここの宝物館には日本の武具甲冑の国宝、重文の8割が収められています。
凄い!!!一度ご覧あれ。
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 その大三島に『鶴姫伝説』、悲しい恋の物語です。
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 大山祇神社の直ぐ近くに『鶴姫公園』があります。
 ここには戦国時代を生きた鶴姫の悲しい恋の物語がありました。
 
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 今を去ること450年前、 戦乱の世を生きた一人の女性がいた。
 名を「鶴姫」と云う。
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         鶴姫哀話
 天文12年(1543)6月、海は荒れ、横なぐりの雨が降り続くなか、周防大内の
 
軍勢と、これを迎え撃つ三島水軍の海士たちとの死闘が連日繰り返されていた。
 
その中に、父の三島安用より授かり賜った紺糸裾素懸威堂丸の鎧を身につけたう 
 
ら若き乙女鶴姫の姿があった。
 
戦いが終わり、三島城に引き揚げた戦士の中に、恋人の三島の小冠者安成の姿は
 
なかった。安成を失った鶴姫の心の傷は大きく
 
 
     わが恋は   三島の浦の   うつせ貝
                  むなしくなりて   名をぞわづらふ
 
の一首を残し、その夜小舟でこぎ出し、母の形見の鈴を胸に抱き、安成の後を慕っ
 
て海に消えた。
 
 今もこのあたりの海を通ると、鈴の音が聞こえるという。
 
 鶴姫18歳の初夏であった。
 
 
 
 
 
四国中央市から四国山脈の奥深くに来ました。
狭い道を走っても出会う車はほとんどありません。
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柳瀬ダムを出て20分足らず走ると山城八幡神社がありました。境内に
目通り 8.9m  根回り 11.7m  樹高 16.5m
の大きな椎の木がそびえ立っていました。幹の真ん中は空洞化しており、県下最大の巨木で天然記念物だそうです。
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御柱に そびえて高き椎の木に尓 万(よろず) 代(よ)かけて 神宿るらん  方生
此処には八木方生と云う方の歌碑が建っていました。
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戻りヶ嶽(もどりがたけ)
              富郷名勝   渓谷随一の絶景です。             近くに子規には珍しい歌碑が建っていました。                      
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世の人は 四国猿とぞ笑ふなる 四国の猿の 子猿ぞわれは    子規
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銅山川の急流です。さすが四国山脈の臍です。松山にこの水欲しいなあ。
松山の石手川ダムは雨が1ヶ月降らなかったら、水道局が節水の呼びかけをするくらいのチッポケなダムなんです。                              
旧伊予三島市から約1時間走ってきました。集落もまばら、集落があっても家は数しかありません。家には年寄りが居るだけで、若い者は四国中央市で生活していて、時折帰ってくるそうです。集落の一つ、藤原地区にやってきました。          
  合田○○さん宅の裏庭に酒井黙禅の句碑が建っていました。           
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        年々に 古り行く祠(ふりゆくほこら)   紅椿   黙禅  
碑の横に木の根が見えると思います。これはヤブツバキの幹で残念ながら去年
枯死して今は幹だけが昔の面影を残しています。このヤブツバキ、高さが8m、根回り2.8m、樹齢約500年だったそうです。                          
季節には猪や鹿を捕って食用にするんだそうです。                   
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鹿の角が倉庫に入りきらなかったのか、3頭並べてありました。  
それにしても、酒井黙禅さん、当時は今ほど道も整備されてなく、車も性能は良くなかった時に、数回この地に足を運ばれたそうです。感服しました。           くんくん 
      
 
 
田植えも終わり一息ついたので句碑巡りに出かけました。
目的地は四国中央市。
翠波高原から別子山に抜ける“四国の臍”です。
松山を出て川内インターから高速に乗ります。約40分後三島川之江インターを下りました。
この町は製紙の町、大王製紙の工場や大小多くの製紙工場の林立する街です。
国道を左折して四国山脈の腹の中に入って行きます。
車1台しか通れない法皇山トンネルに入りました。
「前から車が来たらどうしよう。」
所々に離合場所がありました。3km強の長ぁいトンネルを抜けパーッと視界が広がった。
あ〜やれやれ。
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直ぐに“水ヶ滝”がありました。
ここから車で10分程の所に翠波高原があります。
秋には一面コスモスの花で覆われる愛媛では有名な高原です。
ここにはコスモスではなく夏の花が咲いていました。
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梅雨の雨をいっぱいに湛えた金砂湖です。
その湖のほとりに、新居浜市の俳人合田一系氏の句碑が建っていました。
屋島より落ちのびし平家の人々を偲びて
公達の   残せし径や   山桜      一系
その脇に副碑が建っていて  
銅山川観光の先駆者 合田一系先生の功績をたたえて此の碑を建立する。
       昭和46年中秋         伊予三島有志一同  
と書かれていました。        
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金砂湖県立自然公園の柳瀬ダムです。                         
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