くんくんの独り言

原発に無知としか言いようのない東電、政府、科学者。しっかりしろ!!

旅日記

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  箱根・伊豆の旅、2日目と3日目です。
 一日目、まるで冷蔵庫に閉じ込められたような感じの箱根、冨士を見て、
それでもチョコッと見えた富士山に感激して、見えた瞬間はバスの中は
ワイワイ、キャーキャー!
 今日は、白糸の滝、日本平、清水港から土肥港まで駿河湾から富士山を見て
下田に一泊、明日は河津桜祭り、熱海梅園を見て松山に帰ります。
本栖湖ではきれいな富士山が上空から
“オッハ−”
とご挨拶です。
朝霧高原から白糸の滝まで見え隠れしていた富士山も、気が変ったのか静岡県側に来た途端に雲に隠れてしまいました。
日本平で記念写真を撮りました。
本来なら真後ろに富士山があるはずなのに・・・・。
昼食を終え、バスに乗ろうとしたら先の写真を売っています。
“富士山のない記念写真なんて誰が買うんぞ。”
そう思って皆さんバスに乗りこんでいたその時一人の人が
“写真に富士山が写っとるよ。”
その瞬間皆さん写真を買いにバスを降りていました。
人間の心理なんて面白いものですねえ。
叫んだ人は桜だったりして。
桜を見にきたのに、バスの中にも桜が居たなんてネエ。
駿河湾クルーズの途中にも雲の上から富士山が頭を見せていました。
こうして“伊豆花巡りと冨士・箱根ぐるっと周遊3日間の旅”は皆さん満足して松山に帰りました。

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 新聞の広告欄を見ていたら、
「伊豆花巡りと冨士・箱根周遊3日間」
と云うツアーの募集です。早速飛びつきました。二人で11万円を振込み
2月18、19、20日で行ってきました。
なんといってもお天気です。晴れる事を祈り、
“どうか富士山が見えますように・・・”
横浜を過ぎ西に向う。天気は晴れてはいるものの上空に雲が多い。
富士山は見えるんかなあ。
大型バスは乗客43人、満席の状態。
富士山は近くにあるはずなのになあ。
箱根に着きました。空は鉛色。反面地上は真っ白。松山では雪なんて滅多に
お目にかかれない。ましてや雪が積もっているのは10年に1回あるだろうか
芦ノ湖で遊覧船に乗って箱根園に、大涌谷に行く。皆さん下の景色も見ているが、気になるのは富士山とみえて、上空を見上げてキョロキョロ。
再びバスに乗って、雲が少なくなって晴れ間が多くなってきた。
期待出来るかも・・・。
“河口湖は逆さ冨士の絶好の見場所があるんですよ”
ガイドさんが上手い事皆をあおる。すると雲の切れ間から富士山の真っ白な雪を抱いた頂上が見えるではあ〜りませんか。
皆さん、全員拍手、拍手、中には手を合わせて拝むご老人も・・・。
逆さ冨士の絶好の場所、大石公園に着きました。
な、な、なんと。今まで山頂だけだった富士山がさすが裾野までとはいかないが、半分以上見えて、河口湖の湖面に逆さに写っている。
10分程で逆さ冨士は消えてしまいました。風が出てきて波に消されてしまいました。運が良かったんですねえ。
続きは明日に・・・・。

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 11月18日、山口県光市に住む大学時代の友人の誘いでゴルフ旅行にでかけました。ゴルフは19日なので、18日は観光をしようと安芸の宮島に行きました。
平日と云うのに15分おきに出る宮島行きの船は満杯。それも若い人が多い。
『仕事をしとるんかいなあ?』
宮島に渡り、宮殿正面に舞台があって、雅楽をかなでてお面を付け、きらびやかな衣装を纏った人が舞を舞っているところに出くわしました。
舞台の手前には20人くらいの正装した参列者と、中央に新郎新婦が身動きもせず舞に見入っていました。
舞台は国宝、舞っていた人は40代の背の高い格好いい人(宮司さんかなあ、舞い終わって面をとって引き上げてゆかれました。)
舞が終わった時、見物人の人達から大きな拍手に包まれて、新婚さんに
“素晴らしい結婚式”
に喜びの気持ちをプレゼントしていました。
干潮時には宮島の大鳥居の所まで歩いて行く事が出来て、素晴らしい宮島観光でした。
             くんくん

津和野にて

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 津和野には、我が松山に有る物と、無い物がありました。

有る物とは、句碑です。津和野駅から徒歩で10分足らずの津和野大橋のたも

とに徳川夢声さんの

    山茶花の   雨となりたる   別れかな    夢声

の句碑がありました。徳川夢声さんと云えば、私の中学から大学生の頃にラジ

オでよく活躍されていました。夢声さんは、益田で生まれ、4歳まで津和野に

住みました。

この句は、幼い頃、津和野の家の庭に山茶花が多く植えられていたのを思い出

す郷愁の花であり、4歳の時に死別した実母への思慕を詠んだ句だそうです。

 この句碑から300m足らずの所に山口線の線路があり、山口行きのSLが

大きな汽笛とSL特有の蒸気音と黒煙を嫌と云う程吐き出しながら堂々と走り

去って行きました。

               くんくん
   

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 土曜日午後、山口の友人から電話があり、母親が亡くなった由。

急遽、日曜日の予定を変更して葬儀に参列する事になりました。

日曜日とあって、防予汽船の早朝の便は欠航とのこと。朝10時の式には車で

行くしか方法がない。

そこで、日曜日午前2時に出発して、しまなみ街道(西四国自動車道)、福山

中国自動車道を通って山口に・・・。

午前9時半に着きました。それにしてもナビは凄いねえ。斎場の玄関にまで連

れていってくれました。

 あ〜しんど〜!!!!!!!!!!!!!

1時間余の葬儀が終わって、お見送りをして、友人に励ましの言葉をかけて、

11時に山口を後にして、

このまま帰るのも能が無い。この前に山口に来た時津和野に行ってないので

一寸寄ってみるか。

斎場の近くから国道9号線に乗り、暫く行くと長門峡という紅葉の名所があ

る。途中から左に折れて、離合も難しい様なクネクネした道を10km余り走

って大きな駐車場がある所に着いた。

今時珍しいョ!駐車場がタダの観光地なんて。

温暖化のせいか、紅葉の見頃はは10日余り向こうでした。

峡の入り口には、さすが地元ですなあ。安部晋三氏の字で大きな岩の碑も・。

一応の見物をして、来た道を引き返し、再び国道9号線に出て一路津和野に。

3,40分走ったであろうか、峠を下り終えた所が津和野だった。

大きな朱塗りの鳥居があり、正面の山の中腹に大きなお社がある。

まずそこに行ってみようと、脇に入り坂を登って駐車場に車を置き参拝する。

ここのお社、名前が変わっている。普通なら稲荷神社だが、ここは稲成神社で

ある。

 まあ、変った人と云うか、素直でない人も居るもんよ。

さあ、町に下りようかと駐車場に向かおうとしたその時

“バォーーーーーーー”

なんとSLが山口に向って出発した所である。見えなくなるまで黒い煙と白い

湯気、大きな汽笛を鳴らしながら

“どぅじゃ、これ見ぃ、わしがSLじゃがや。”

5分ほどのSL劇でした。

町に下りて、しずかな町並みを見物して、再び神経の休まる事のない、高速道

路、1000円効果で混雑しまくり、追い越し車線は走行車線、登坂車線こそ

追い越し車線、マナーもルールもへったくりもない、途中で雨が降り出して

9時過ぎに松山に着きました。

もう1っ回

“あぁ〜しんど〜”

                くんくん

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