くんくんの独り言

原発に無知としか言いようのない東電、政府、科学者。しっかりしろ!!

松山散策

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先日、伊予鉄横河原線に乗って終点の横河原に行ってきました。新型車両は

昭和58年製、御齢26年の若者でした。(?)

つり革とシートの色が違うのは優先座席という事でした。

つり革が優先と云うのは一寸おかしかったのですが、車掌さんが言ってました

横河原はユニークなものの多い町で、

1、駅前の広場の駅を背にして左に若竹食堂があります。ここにはジャンボい

  なり寿司があって、ここの名物です。
  
  昔、私の娘が東温市の町立保育園で教師をしていた時に、

 “お父さん、1回食べに行っとうみ、(行ってみて)美味しいよ。”

  と云ってましたので、食べてみました。美味かったです。

2、駅を出て左に200m位行くと

  “かど店”
  
   があります。ここには昔ながらの

  “アイスキャンディ”

  を売っています。店の前に長いすが置いてあって、そこで皆さん食べてい

  ます。

3、駅は開通以来建て替えなしで、古い木造建築です。道後駅、三津駅が老朽

  化で建て替えられたので、ここと余土駅くらいが古い駅になりました。

  横河原、1回行っとうみ。

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伊予鉄郊外線、横河原線(高浜ー横河原)、郡中線(松山市駅ー郡中)に昨日

新型車両が登場しました。

新型車両と云っても、京王電鉄のお下がりですが、今までの鉄製の電車と比べ

て、アルミかジュラルミンか分りませんが、通過時の音が静かです。

伊予鉄にオリジナルの新型電車が走っていますが、それも軽い車両で静かで

す。この電車は出発式を8時40分から行った第1号電車です。伊予鉄の佐伯

社長や関係者、それに鉄道マニアの人たちを乗せて松山市駅を出て7分後の姿

です。

と云うのも、我家の横を通過する時、従来の鋼製電車がレールの継ぎ目を車輪

が通る時に発生する「ガタン、ガタン」の音が大きい。軽い電車の時は半分位

の音で通過して行くんです。まぁ、しゃあないですけど。

でも、やはり綺麗です。銀色のカッコ良い電車です。乗る事あるんかいなあ。

           くんくんでした。

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 先日、面河渓に行った時のことです。

面河渓の入り口に猿飛佐助の記念碑が建っていました。

猿飛佐助は云わずと知れた真田十勇士の一人で、大阪夏の陣で敗れた真田幸村

と鹿児島に落ち延びたと云う伝説がある。その佐助がどうして面河渓に?

 猿飛佐助は立川文庫のヒーローの一人で上月佐助をベースにした架空の人物

と云う説もあるんです。

 立川文庫での原作者が愛媛県今治市出身の山田阿鉄一族で、JR今治駅前に

は猿飛佐助の銅像が建っている程なんです。

面河渓谷との関係は、この碑文を読めば納得できるのですが、一寸長い。

かいつまんで書いてみます。

 猿飛佐助を世に送り出したのは他でもない立川文庫である。立川文庫を支え

たのは、お敬と云う才女をリーダーとする執筆人で、明治44年の「一休禅

師」から霧隠才蔵など200点にのぼる傑作を世に送り出した。

お敬の孫娘の池田蘭子達執筆陣は「西遊記」の中で、猿を人間にして大活躍さ

せる主人公の名を何と名付けるか考えた。

なるべく変った名で、覚え易く神秘的な名前をと考えていた時、千変万化する

石鎚山の麓に架かっている「猿飛橋」をふと思い浮かべた。

「そうだ、猿飛、これがいい。」

こうして猿飛佐助が誕生した。ここより150m上流の「錦木の滝」をなす

流れを「猿飛谷」と云い、「猿飛橋」はその上流にある。

そして生みの親、池田蘭子の墓は今治市山方町の観音禅寺にあり、我子佐助を

見守っている。

これで面河渓とJR今治駅と猿飛佐助と引っ付きました。

あ〜、長かったぁ。         くんくんでした。

変なのぉ?

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昨日は、ぶらりとカメラを肩に担いで市内句碑めぐりと出掛けました。

松山の北西、三津神田町に定秀寺と云う由緒ある大きな寺があり、句碑の撮影

を済ませ、寺の裏にある墓地に行きました。なんとそこに見えるのは、白い壁

が半分剥げた土蔵です。見るからに軒が波打って崩れかけなんです。

「崩れかけた土蔵じゃなあ。壊わさんのかねえ。」

と、隣にいたおばちゃんが、

「何云うとん、あれはな、あー云うふうに建てとるんじゃがな。」

じゃと。

変なのぉ?

市内に帰ってきて、愛大付属中学に「川本臥風」と云う方のの句碑があるので

校門をくぐりました。

正面に古い木造の構堂が建っています。

思い出のあるこの建物は、今から40年前、私が直ぐ近くにある高校の入学式

の時、高校の体育館が新築中で、この構堂で入学式をした所なんです。

高校に集合した我々と父兄が、いざ開場に向おうとしたその時、急に土砂降り

になって、皆ずぶぬれで入学式をした忘れられない思い出がある場所です。

それから幾星霜、私も年をとりましたが、思いは40年前と同じで頑張って

います。

校門を通って句碑を探していると、自転車置き場に中学生2人が居て、句碑の

場所を訪ねると、

“句碑?句碑って何ですか?”

“実はこうこうよ。”

と云うと、帰るのを止めて一緒に探してくれて、

“ここです。ここです。ここにあります。”

息せきって駆けてきてくれて教えてくれました。

将来を担う若い力を感じた瞬間でした。

写真は川本臥風の

“城山が  見えている風の  猫柳    臥風”

句碑です。 

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 昨日は本当に暑かった!

そんな中、松山のど真ん中、松山城のお堀の近くにある病院を受診しようと、

車でなく、自転車でなく、カメラを担いでトコトコと歩いて出掛けました。

と、まあ、ここまでは良かったのですが、汗拭きを持ってくるのを忘れ、途中

で12枚350円のフェイスタオルを買って、汗を拭き拭きゆきました。

まあ、暑いのなんのって、暑い、暑い!!!!

中の川筋を県立病院の方に折れ、県病院の東隣りにある

“真言宗智山派の薬師寺”で一寸 道草を食いました。

昔は境内に泉が湧いていて、西瓜やラムネを冷して売っていたそうです。

(昨日は見当たりませんでした。ひょっとしたら、和尚さん、生活費の足しに

と思って駐車場に変身させたのかも・・・・・。)

失礼、

境内には子規の句碑が建っています。

   寺清水
    西瓜も見えす 秋老いぬ
   我見しより
    久しきひょんの茂哉     子規

“ひょん”とはこの碑の横にある“ひょんの木”の事で「イスノキ」(マンサ

ク科)の事。この木は昭和37年に松山市指定天然記念物に指定され、樹高

9m、胸高幹周り4mもある大木です。

また、境内右にある聖天堂は

“奈良の生駒山より御勧請(ごかんじょう)の御聖天様で商売繁昌、福徳開運

の功徳仏です。”

と説明書きがありました。このバックの白い建物は県病院です。昔はここは刑

務所でした。この病院も古くなって改築工事が始まって、やがて、これも解体

されます。

ここを出て、お堀の周辺を歩きました。亀が甲羅干しをやっていたので写真を

撮っていたところ、亀や鯉、おまけに鳩までが餌をくれるのかと勘違いして寄

ってきました。それにしても暑かった。

今日は、一寸長すぎたかなあ。ゴメン。      くんくんでした。

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