|
運動会が終わったら文化祭の準備! いつまでやるのか!自問しながら答えはでません! 孫のお守りもせなあかんし、ありがたいことです<泣> |

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用
こんにちは、ゲストさん
[ リスト | 詳細 ]
|
運動会が終わったら文化祭の準備! いつまでやるのか!自問しながら答えはでません! 孫のお守りもせなあかんし、ありがたいことです<泣> |
|
やっと携帯からできるようになりました。 下の孫も一歳になり、ゆうたんは幼稚園に入りました。 あっという間の一年です。 ぼちぼちやっていきますのでよろしくお願いします。 |
|
昨春、68歳で亡くなった萬膳ハル子さん。 広島で被爆し、結婚して妊娠した際「原爆にあったものが」と義父母に反対され中絶をした。 独り暮らしとなり、入退院を重ねる。原爆症の申請のときに「字が下手じゃぁけぇ」と漢字を練習した 申請は却下されたが、取り消しを求めて訴訟。4日の広島地裁では全員、原爆症と認めた。 その、練習した字が「願い」「信じる」であったそうだ。 まだ、戦争は終わっていないのです。そしてこれらがあったことを、世界に訴える役目が日本 にはあると思います。 戦争を知らない子供達が増え、ますます平和ボケしている日本、これらのかた方の上で、生きているのだと、気づかねば・・。
|
|
おはようございます。
お盆の入りの朝は大雨と落雷で幕開けです。
すごい雷で目が覚めた今朝・・山へお墓参りに行くのが微妙になりました。
ゆっくり仏様をお迎えする準備をしましょう。
オリンピックの閉会式も終わり感動をありがとう・・・
そしてゆっくり新聞を読み始めたころ目に入ったのが(ひととき)の記事でした。
義母が記していた原爆
1945年7月、医師120人が広島市の陸軍病院に集まった。
40,50歳代や病弱者が軍医予備員として召集されたのだ。
脊椎カリエスで療養していた37歳の義父も呼び寄せられた。
医師団は疎開して空き家になった住宅を壊すなど、およそ医者らしくない
作業に従事し、8月6日を迎えた。
朝礼が終わったころ、音もなく閃光がよぎり、義父は意識を失った。気付くと
皆が地にうごめいていた。
土地勘のあった義父は幸い仮説の病院にたどりつき、一命を取り留めた。
生き残ったのは、義父を含め3人だけだった。
以上は、10年前に93歳で逝った義母が残した手記だ。
義父の被爆体験が原稿用紙15枚につつ‘られている。義父は70年にガンで亡くなった。被爆の影響は明らかではない。
義父も義母も生前は原爆についてほとんど語ることはなかった。
私も広島出身だが語れる記憶はない。
義母は記していた。
「平和利用の名の下に原子力が脚光を浴びるが、爆発した恐ろしさは
広島・長崎の被爆が如実に物語っている」
お盆にやってくる孫に、インクが薄れつつあるこの手記を見せよう。
平和な日々の大切さを伝えたい。
70歳の主婦の方の手記でした。
映画「ひろしま」の中の出来事・・・肥田先生がこの映画にないのは
匂いだけだと仰いました。
それぞれの人生を一気に変えた原爆・・
今年はオリンピックイヤーだからか。原爆記念日の記事もニュースも
少なかったように思います。
伝承する意味・・
先人たちが私たちに遺した事実を伝えて行く意味があると思います。
私が子どのだったころ、よく戦争展がデパートでも開かれてました。
母に毎年連れていかれてました。
母は当時15歳の少女でした。祖父も戦争に行き無事に帰国できましたが
戦争の話はタブーだったそうです。
母も多感な少女だった時期にこの戦争が起こり原爆があり、終戦を迎え、新しい時代に必死で生きて、結婚をし、私たちを授かりやっと我に帰った時この戦争はなんだったんだろうって
顧みてたんでしょうか・・
展示物を食い入るように見つめていた母を思い出します。
涙してた母がいました。当時子どもだった私は母がひっそりと涙を拭く光景が
心の中でなぜ泣いてるんだろう・・聞いてはいけないのかなって思ったまま
聞かずじまいで終わってしまいました。
やはり伝承する意味は大切です。
被爆は今まさにじわじわと広がりつつあります。
未来ある子どもたちに平和を与えるのが私たちの役目でしょう・・・
|
|
植物図鑑を書き換えたい。ナデシコはもう花の名を超えている。〔日本原産の多年草。厳しい環境に強く、夏の早朝に銀色の大輪をつける。花言葉=明るい忍耐〕。花色はもどかしいけれど、女子サッカーの悲願がロンドンで咲いた▼ブラジル、フランスとの苦闘を制し、はい上がったピッチに、宿敵が待つ。最上の舞台で、最良の仲間と、最強の相手にぶつかる幸せ。代表歴が18年を超す沢穂希(ほまれ)選手は、「最高の夏」を口にした▼8万人を集めた聖地、ウェンブリースタジアム。五輪3連覇を目ざす米国に、攻守とも引けを取らなかった。悔しさと、手にした自信の大きさを、八分咲きの笑顔が語る▼頂点を見据えれば、決勝までの6試合はひと続きのゲームといえた。批判もあった1次リーグでの引き分け狙いは通過点だ。佐々木則夫(のりお)監督が「私の指示です」と記者団に認めると、宮間あや主将は「すべてを背負ってくれたノリさんの思いを無駄にしない」。いいチームだった▼将来をかけた舞台でもあった。W杯優勝で沸いた人気も、注目の五輪でしくじれば泡と消え、不遇に戻りかねない。重圧に耐えてのメダル一つで、どれほどの少女がボールを追い始めることか。中にきっと「明日の沢」がいる。種(たね)は確かにまかれた▼おめでとうの前に、ありがとう。思えば震災以降、彼女たちの活躍がなければ、日本はもっと沈んでいただろう。花の名を元気の素(もと)にしてしまうスポーツの底力を思う。なでしこ、今はまぶしい愛称である。
|
| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | |||||
| 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 |
| 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 |
| 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 |
| 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 |