徒然なるまま心体術 空之会

更新をサボり気味ですが、まだまだ続けますよ!!

心体術 技術編

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投げ


投げ 2015-02-21

回転を使った投げ技。
体の使い方を稽古するための鍛錬方法と言った方が良いかも知れない。
先にUPした動画の突きの動作原理を用いて投げる。

少し要点が不足しているため思っているような動きでは無かった。

乱取りの際にはこの動作原理で投げつつ相手の足をすくえば良い。

突き


心体術の基本に則った攻防一体の突きです。
心体術は球形運動を中心に行う武道ですがこのような突き方もあります。
他流から見るとどのように見えるでしょうか。
人によっては特にこれと言ってどうという事は無い突きに見えるかも知れません。
しかし心体術の動作原理を突きに用いているため独特の内容の突きとなっています。
心体術の基本動作に則っているので私にはとても使いやすい突きです。
しかし基本が出来上がっていないと打ちづらく感じるようです。
技の発想や体の使い方がボクシングや空手等の打撃系とは違うので他流でも似たような技はあったとしても見えない部分を比べると似て非なるもの。
”際立った個性”が動作原理として良く現れた技だと思います。

ルール

イメージ 1

捻挫の方は思ったより順調に回復しています。
土、日はあまりの痛みにヤバいと焦りましたが昨日は大分楽になり、今日は更にイイ感じです。
自分自身に課している日々のルーティンがあるのですがはやる気持ちを抑えて今しばらく様子を見ようと思います。

昨日は御南道場。
人数も少なって来ましたが社会人が武道を続けるのは簡単では無いですね。
時間を割いてわざわざ稽古に来てくれるHさんに感謝。
しかし会話が多くなってしまい体を動かす時間が減ってしまうのが申し訳ない。

空之会は心体術を中心に稽古する道場ですが、心体術は球形運動から成り立つ武道です。
ストレート系の突きもあるにはありますが、ボクシングでいうストレートやジャブのような打ち方とは形を異にします。

空之会では大きな動作で弓をひくような形での弓突き、あるいは振り突き。
縦回転から変化する攻防一体の小さく突く回転突き。
そして相手のガードをすり抜けながら隙間を滑らせるような突き方など・・・・いくつかの直突きに近い打ち方があります。

昨日は回転突きを行いました。
空手経験者のHさんの突きは重くキレがあります。
ただ回転突きを行おうとするとどうしても空手で刷り込まれた動きが勝ってしまいギクシャクします。
これはHさんに限らず空手やボクシングなど他流の突きを身に付けている人にとっては良くある事です。

まったく他流経験の無い女の子などはすんなりと出来たりするものです。
しかしストレート系の打ち方が身についているとまどろっこしく感じるのも道理です。
既に刷り込まれて来た脳内情報を書き換える必要があります。

一般化された技術を取り入れるという考え方が心体術にはありません。
心体術は自流の技をどのように実際の動きに対応させるかを考えます。
私が師事した先生は際立った個性を持たねばならないと教えて下さいました。
心体術の場合際立った個性とは球形運動の事だと言えます。

人はルールの中で生きています。
心体術におけるルールは球形運動。
このように書くと球形運動に縛られて自由が無いように感じるかも知れません。
武道における実戦は自由自在に対応するものだと。

そうではありません。
球形運動の視点に立った自由な発想は出来るのです。

厳密に言えばノールールという人達であっても明らかに特定のルールの中で行動しています。
試合場であろうが道場であろうが戦場であったとしてもどのような世界にもある種のルールが存在します。
会社、学校、家庭、国家・・・広い意味で言えば全てルールの元に成り立っています。
完全に何者にも支配されない自由な立場というのは現代社会には有り得ないです。

一方でルールというものは他のルールの持ち主から見ると優れた点と劣る点の両方を観察する事も可能です。
それを自分のルールにうまくフィードバックさせる事が出来れば自分達にとってより良いルールを作る事が出来ます。

人類はルールを上手く利用して発展する存在だと言って良いと感じています。
どんな世界でもより良いルール作りが重要です。

空之会は球形運動というルールの視点に立つ自由な発想の元に、より良い心体術を目指したいと思っています。





棒術

イメージ 1

棒術を久しぶりにやりました。
空之会における心体術の棒術は体術による体の動きを立体的に理解するためのもの。
そしてその前提で棒の扱い方を学ぶためのもの。
従って即実戦における技という風には考えていません。
技の検証にも無理がありますし。
空之会で古術や居合で剣の稽古を行うのも剣の扱い方を学ぶためという意味合いもあります。
ただ剣の場合、実戦での斬り合いという検証作業を経て今日に伝わる剣術を新たに工夫するというような事は考えてません。
伝わって来たものを手を加えないで習得する・・・それで良いと考えています。
そこにこそ感じられる価値があると考えています。
現代社会では剣術こそ検証作業が不可能ですし真剣での斬り合いの場は日本という法治国家で生きている以上一生有り得ないと断言出来ます。
真剣を他のものに置き換えての試合への取り組みは面白そうだと思いますね。
それはそれで現代社会の規範に沿った剣術への取り組みですね。
その際には何がベストかは人により判断が異なるでしょうが。
空之会のベストは一体何だろうか・・・
まあ、色々と試みています。
体術も棒術も剣術も・・・

型についての議論は多々あるところです。

心体術ではたくさんの型があります。
おかげで飽きが来ません。

そして型の分解として技術を展開しています。
技イコール型の応用といってもよいぐらいです。

型も最初の五本目ぐらいまでは理解もしやすいし応用も効きやすいのですが、
それ以降の型になると途端に難しく思えて来るようです。
確かに最初の五本目までの単純な動きと比べると・・・少し複雑かな。

型が増えてくると型の為に型をやっているのか、
型の為に技を展開するのだか・・・、
なんで型を稽古してるのか訳が分からなくなってくるようなのです。

型については個人的にはもっと少なくていいと感じています。
しかし型をただ型として稽古する事を楽しく感じる人もいるので、
それはそれで役にたっているのです。

心体術の型は技の雛形でもあるのですが、
それ以上に重心移動の訓練としての意味合いを感じています。

球形運動を用いて突き、蹴り、投げ、極めといった技術を駆使するには、
一般的なボクシングのようなステップでは動作がかみ合わないのです。

そこで倒れ込むような重心移動を用いるのですが、
最初はイメージにないものだから難しい。

そこで型の稽古が生きてくるのです。

型というと多くの人は型にはめられてるような窮屈なイメージを持っているかも知れません。
しかし型を通して身の自由を得られると言うのが心体術を通して実感する事です。

人生また然り。
無秩序な自由は自由を飛び越えて無法となる。
真の自由は心の中に道をわきまえていてこそ自由たり得る。

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