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以前から訪れたかった湊川神社。
明治に入って建立された比較的新しい神社なのでどうなんだろう〜と思っていましたが、とても心地よい気に満たされていると感じました。 ポカポカと体が暖かく敷地を出た瞬間に空気感が変わってしまいます。 古い神社好みの完全な偏見でしたね。 百聞は一見にしかず。 幕末の志士達も慕った楠木正成公。 時代はどんなに代わろうとも忠義を知っているからこそ日本人は美しいと思う。 大楠公、また参ります。 |
歴史
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前から気になっていたのですがうちの家から20分ぐらいの場所に日本第一熊野神社があります。
少し入り込んだ場所なので敬遠していましたが先日行ってみました。
この神社は役小角のお弟子さん達が辿り着いて開いた場所です。
神仏分離の際に熊野神社と五流尊瀧院に別れたそうです。 宗教法人修験道の総本山でもあり、県南の由加山から北上しながらこの辺りまでが山岳信仰の修業の場だったようで痕跡があちこちに残っているようです。 熊野神社へ行ってみると厳格な空気が漂う印象でした。
気持ちが真っ直ぐに正されるような感じでしょうか。 時々訪れてエネルギーチャージをしたい場所です。
以下HPより。
役行者が民衆を惑わすという罪で伊豆大島に流され、高弟たちは紀州熊野の十二社権現の御神宝を奉じて瀬戸内海に逃れ、四国九州に浄域を求めた後、児島の柘榴浜に上陸し、熊野道といわれている山道を通り、大宝元年(701)三月三日、福岡の里と呼ばれていたこの地に鎮座祭典をし、それが、現在の春のお祭り(五月十八・十九日)です。
天平十二年(740)、聖武天皇は児島一円を本宮の御神領として寄進しました。現在地に社殿を建立したのが始まりです。 孝謙天皇紀(749-758)には、紀州熊野権現に対して日本第一の称が与えられ、当社もその号を称することになりました。 |
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先日、奈良の石上神宮へ偶然立ち寄った事で岡山の石上布都御魂神社との関係を知り訪ねてみました。
相当に山深い道を車で向かう。
昔の人はすごいなあと感じます。 駐車場から10分ぐらい山道を登る。
ちょっとした登山。 辿り着いた境内はそれほど広くは無いが歴史を感じさせるたたずまい。
須佐之男命が八岐の大蛇を退治した時に用いた布都御魂剣がここに納められていたのかと思うと感慨深い。
布都御魂剣は十握剣とか羽々斬とか色々と別名があるようです。 名誉宮司さんご夫妻がお茶をどうぞと言ってくださったのでお言葉に甘えしばし歓談。
明治時代に石上神宮から実際に布都御魂剣が発掘されたそうで、それを元にレプリカが三振り造られ、その内の一振りがこの神社の現在のご神体となっているそうです。
さすがにご神体の布都御魂剣を拝見する事は出来ないとの事でしたが代わりに木製のレプリカを見せてもらいました。
手に取ってみると、なんと布都御魂剣は逆刃刀。
その他にも色々とお話を聞かせて頂いた後、奥の院へ。
7分ほど険しい山道をさらに登ったところにありました。 木に囲まれた坂を登り切った場所は意外とスッキリとした雰囲気。
明るい空間にお宮、その背後に磐座です。 木が茂っていて辺りを見渡す事は出来ませんでしたが季節によっては良い景色が広がっているのかも知れません。
石上布都御魂神社は備前一之宮。
磐座、須佐之男命、布都御魂剣。 次回は教え子を連れて行きたいですね。 |
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同じ人の作品だと思うが、素晴らしすぎて、ユーチューブだけに眠らせておくのは、惜しいと思う。 転載希望の人は、どんどん転載してください。 下手なTV番組より、よっぽど質が高い。作者の正体は不明だが、在野にこういう人材が眠っているのが日本の恐ろしいとところだと思う。 しかし、写真も美しすぎる。美しい日本。政治家が、百万言吐いても説得力がないが、この音色と、風景写真なら、一発で心に響く。 日本。なんて素晴らしい国なんだろう。この美しい国に生まれてほんとに良かったと思う。 この国を愛せない人は、どうかしてる。日本人は、忘れているのだ。実を言うと日本の真の宝とは、 この美しい豊穣の水に恵まれた大地と長い年月が生んだ、世界に類を見ない独特の文化にあると言うことを。 この宝を千代に八千代に子々孫々に至るまで、伝えてゆきたいものだ。
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【前空幕長会見詳報】(1)「一言も反論できないなら北朝鮮と同じだ」(3日夜) |

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