いつも通るマンションの脇で子ども数人がボールを蹴って遊んでいた。
コロコロ目の前に転がってきたので蹴ったつもりが、きれいに空振り!。
「おばちゃん、ダサかったね」と顔を向けると、笑うこともなくこちらを眺めていた。
気を遣わせちゃったかな、と通り過ぎると、背後から5,6歳の男の子の「おらぁ、はよよこせっつってんだろーがぁ!!」と恫喝する声が聞こえた。
まだ言葉を習得している過程の年頃だというのに、すごみ方はすでにすっかり堂に入っていた。
どこかで日常的に耳にして学習したのだろう。知らないおばちゃんにはリアクションしないけど、親しい仲では過度に権威をかざす。あんなんでは必ず対人関係でトラブる。どうかあのまま成長しないでほしい。
そばに父親らしき大人がいたけど、流していた。
だからといっておせっかいおばちゃんにもなれない自分。
 
 
子育て現役中は自分の子も近所の子も同じように注意していた。
子どもを育てるには1日に何度となく伝えることがあるものなのだ。
私自身どんくさいし、病気もあったので働くことは到底考えられず、ずっと子どもらといっしょだった。
一人っ子の娘もぼーっとしたたちであまり怒る場面はなかった。
 
砂場で遊ばせる時が私の唯一の読書タイムだった。
本を片手にちらちら様子を見ていると、いっしょに遊びたそうにほかの子を見ていたり、そうかと思えばおもちゃを持って行かれたり、無残にもお山を崩されたりといろいろだった。いよいよお手上げになると私の元にやってくる。
「そういう時は”いっしょに遊ぼ”って言うんだよ」とか「”やめて”って言うんだよ」と伝える。すぐできる時もできない時もあって、そんなこんなを繰り返しながら自己主張することやら協調を学んでいったんだと思う。
 
その甲斐あってか、嫌なことは嫌とはっきり言えるようになってくれた。
小学校高学年の頃、学年全クラスでTV局が主催していた30人31脚というイベントに出ることになったことがある。前任校で経験したためにあつく勧める熱血先生がいたのだ。
娘はどんくさいせいもあるが拷問みたいで嫌だ、日曜日に拘束されるのも嫌だと1人だけ参加を拒否した。
当然、担任は説得にかかった。そのために授業を1時間つぶしたらしい。
私だったら面倒を避けて出た方が楽だと思っただろう。クラスメートの前で最後まで意志を貫いたなんて、わが娘ながらかっこいいと思った。
こんな調子なのでいじめもあったはず。
学習権を侵害されるのは不本意だけど、安心できない集団におくことはできず、不登校も長く経験した。そういえばその年はひょんなことで学年長をすることになってしまったので、私が代わりにせっせと学校に顔を出していたのだった。
 
現在はともすれば覇気がないといわれる今時の若者の1人に成長した。
地味だけど自分の楽しみがあって、多くはないけど友だちがいて、仕事も無理のない範囲で続けているだけで親としては大満足なのだ。
いちばん嬉しいのはいっしょに住んだり、旅行に行ったりする友だちがいること。
人望とまではいかなくても親しくつきあってもらえるということは「いいやつ」なんだと思うのだ。
親から学んだことより、反面教師にしたことの方が多いかもしれない。
それでも子どもを育てたことは私が唯一、この世に産まれて成し遂げた大仕事だった。迷ったり悩んだり嫌になったりしながら。
 
今も昔も人を育てることは大変だ。
あまりに大変すぎて私は1人しか育てられなかった。
価値観は変わるし迷いも生まれる。
 
心の中で応援だけはしてる。
今度、あの少年に会ったら・・・まずはあいさつからかな。
 
 
 
 
雪国育ちだが、もはや南国の生活の方が長くなった。雪のある暮らしはもう無理だ。
各地で大雪による被害が相次いでいるのに、こちらは春のにおいがしていて、昨日は布団が干せた。
ホントに日本? 肩身が狭い気もするが、ありがたいことだ。
 
スーパーでしめじが3つで¥100だった。わお!。
いつもは1個¥68がだよ、2個でもまだ安いのに3個だよ。
これが先週いちばんうれしくて心弾んだこと。
 
布団やしめじ? なんて単純でおめでたいの? 
そんなことしか考えることないの?
と言われたとしても、はい、それしかないです、としか言えない。
 
それでも、例えば資金繰りがつかないで切羽詰まっている経営者にしてみれば、¥100でうきうきできることをうらやましく思うかもしれない。
 
ニュースでは大雪で15人が亡くなったことを報じていた。
多くの人が車に缶詰めになっている。
そうじゃなくても毎日、理不尽な事件が起きていて、若い命が奪われている。
 
「しあわせは自分の心が決めるもの」とかなんとか、みつをか誰かも言っていた。
うつが長引いているけれど、目が覚めると気が重い毎日だけれど、
ブロ友さんのおかげで「ちょっとしたいいこと」に気づけるようになったように思う。
何もできない毎日だけど、反面、「平穏な日々」とも言える。
いつもは意識できないのだが、こうして生活していけるのは夫に守ってもらえているから。
自我ばかりで視野も狭まってて、あらゆることへの感謝が不足していた。
だからといって、すぐに変えられはしないけれど、
とりあえず遅ればせながら少々自覚。
 
 
新聞で終活特集を組んでいた。好きな言葉ではないけれど、つまりは自分の葬儀のための準備のことですね。
 
最低でも200万は必要らしい。うぁ、用意できるかな・・・。
で。順当にいけばお世話になるところの娘のことを考えた(できれば夫も健在であって、お手伝いいただきたい)。
 
子どもは1人。我々夫婦の兄弟に子どもはいない、よって娘にはいとこゼロ。
同世代や下の世代の係累も少ない、もしくはつきあいがない。
最低でも両親(我々夫婦のこと)どちらかは娘1人で送らねばならない。
今さらながらこりゃ大変だ、とがく然とする。
結婚しない方針なのはいいけれど、そんな時、手を貸してくれる友人に恵まれてほしい。
 
30年前に父が亡くなった時は田舎だし、交友関係も広かったこともあって弔問客はかなりの数だった。(おっと、奇しくも本日は父の誕生日だ)
仮に80歳で死ぬとしたらあと30年。葬儀の事情は30年前とそれほど変わっていないから30年後もそんなに変化はないだろう。
けれど・・・寂しいもんだと思う。弔問客がイメージできない。
近場で親しくしている人は数人。ずいぶん年上の方もいるからな。
あとは東京以北に何人か。来て頂くほどでもないな。10分もあれば終わりそう。
葬儀は生きている人が心の整理をする場でもある。
どうか娘にとって納得できる形であってほしい。
 
こんなとこに書いてないでちゃんと一筆書いておくべきだよな。
最近は「遺書」とは言わずに「エンディング・ノート」なんてオシャレな名称にもなった。財産ゼロなのになにがエンディング・ノートだよって気もするが。
娘に「おおげさなんだよっ」ってダメ出しされそう。
 
高校の頃、父の机の上に大学ノートがあったことがある。何気なく開いてみたらなんと遺書だった。
まったく脇が甘いにもほどがある・・・。ショッキングだったけれどツッコミを入れたい気分だった。
当時父は50代半ば。3年後に急逝した時は妙に感心した。
無宗教だとか死亡広告についてとか、月並みな内容だったけれど、まったくないよりは役に立ったかと思う。
しかし、50代半ばで遺書か−。どういう心境だったんだろう。
人はどんなきっかけがあって自らが死んだ時のことをしたためるのだろう。
自分が書くとしたら、「とにかく格安で・・・」みたいな死んで尚、スーパーで買い物する感覚を持ち出すことだろう。
生々しい。今はまだそのくらいしか浮かばない。
 
夫が生命保険に入るのが嫌だった。
「万一の場合」とか言われると現実になりそうで嫌だった。
遺書も書いたら死んじゃいそうで嫌。
やっぱまだ、もう少し生きていたいようだ。
 
 
少々見当違いの書き込みを読んで大昔のことを思い出していた。
 
念願かなって好きな人と家庭をもてたのに、この孤独はなんだ?と慄然としていた。
日がな一日、幼児の相手をして明け暮れる日々。夫はまだまだ駆け出しで仕事に打ち込む時期だった。
望んでいたはずなのに手にした途端、向いていなかったのでは、とがく然とした。社会に求められて責任を果たしている夫との落差ばかり感じていた。
過ぎてしまえば「子育ても立派な仕事」などといくらでも言えるけれど、あの頃の空虚感も相当なものだった。
 
そもそも結婚に向いていなかったのだ。そんな私と結婚してしまった夫は被害者だ。
 
生家はいびつなパワーバランスがはたらいていた。後妻である祖母が実権を握っていて、両親の間に会話はなかった。母は祖母の年の離れた妹である。
友だちの家に遊びに行くと親同士が話しているのを見て「いやらしい」と感じていた。我が家ではそんな光景はないから。
思春期になってからは過剰に恋愛に憧れた。そして自分だけはずっと仲よしでいられる結婚をしようと心に決めていた。
 
だけどいかんせん、健全な家庭というものを体験していないから、どうもうまくできない。出産、転居と続いたせいか、結婚した途端に精神疾患を発症してしまった。
夫にしてみれば詐欺にひっかかったようなものだ。おまけに夫は愛情たっぷりに健全な家庭で成長した。どう接していいか、本当に大変だったと思う。
 
特に好きでもなかったけれど気晴らしになってくれた大学生がいた。夫の知れるところとなってマンションに迎えに来てくれたことがあった。
これで一悶着すれば何かが変わるだろう、と期待した。けれど夫はそのことについて一言も口にしなかった。あきれかえって何も言えなかったのかもしれない。
怒りもしない夫を見て更に孤独を深めたことを思い出す。
 
子ども時代、無邪気な末っ子としてふるまう傍ら、いつ家庭が壊れのるかとびくびくしていた。それでもそうなったら父親についていくことになるな、と冷静に思っていた。
母の影は薄く、「つまらなそうにしてる人」程度にしか思えなかった。母の立場がわかって感謝するようになったのは大人になってからだ。
小さい頃はお小遣いをたっぷりくれて話しもわかるおばあちゃんっ子だった。おかげで何不自由のない恵まれた子ども時代だった。
今、思えば父親の主体性のなさ+様々な大人の事情が、弱者である子どもにいろいろな場面で影響した。そのせいばかりかはわからないけれど、兄弟三人とも精神疾患がある。
 
 
ことが浮気程度であればいつかは克服できたと思う。
問題はずっとずっと承認欲求が満たされないこと。根は深い。
一方でいい年なんだから、原因は生育環境だけじゃなくて自分にあると、もがいてみるのだがうつは繰り返すし、最近は自己肯定感もなくした。
 
機能不全といわれる環境で育ったと客観的に認識できたのは、困難が続いてなんとか打開を試みようとした過程でのこと。そんなに時間は経っていない。
克服するには時間も気力もお金も要る。
今の自分には到底無理だ。
 
ほらね、生きることに向いていない。
まして結婚しただなんて、人様を巻き込んで一生つきあう羽目にさせて迷惑以外何ものでもない。
 
我慢していた眼科。かゆみも出てきて耐えられなくなったので行ってきました。
 
数年ごとに下まぶたにぷつぷつができるんです。脂肪らしいです。いよいよ行き場がなくなってこんなところにまできてるんでしょうか・・・。
症状はだいぶおさまってきましたが初診料、高いですね。4月には値上げとのこと。
今のうちにあちこち・・・という余裕もありません。
 
何らかで免除されて医療費が無償だと、美容院に行くよりも気軽にあちこち行く人がいるのも事実です。人間そんなもんです。
けど、治療を我慢しなければいけないのはやはりまちがってます。
とりあえず久しぶりに専門家にケアしてもらっただけ満たされました。
 
 
昨日は結婚記念日でした。この数年、何もないただの祝日ですが。
若かったとはいえ、変われば変わるものです。月日の流れは無情です。
 
思えばさして覚悟もなく、ただただ彼といたくて家事などしたことないくせに「専業主婦」になりました。以来、十数年は「セカンドの人生」。つまり夫と娘の都合に合わせて動くのが私の任務でした。空いた時間にボランティアやら市民運動もしましたが、やはり自分の力で何らかの手応えを感じられるのは「仕事」です。
とはいっても何のスキルもないので職種は限られますが、ないことはありませんでした。娘の不登校で少々出遅れましたが、幸い肌の合う高校に恵まれてようやく働く時間がもてるようになりました。
 
けれどやっと再出発した途端に夫のゴタゴタに巻き込まれ、なんとか片付いた頃には働くことができなくなっていました。数年は入院したり放浪(?)したり。ちょこちょこバイトもしてました。
だけど3年前の出来事で完全に奈落に突きおとされました。ひとすじの希望を持ってなんとかがんばってきたけれどぷっつり切れてしまいました。
もう心から笑うことはできないように思います。
 
あのころ、病気も寛解して娘も楽しく通学し始めて久しぶりに気力に満ちていました。娘が18になったら始まる夫婦二人の生活。それさえ楽しみにしていました。結婚してすぐに妊娠したので二人の生活は学生時代同棲していた頃以来です。
知人に誘ってもらった仕事場もとても恵まれていて気に入ってました。
それらすべてを打ち砕かれました。
 
今は何もありません。1日することがないのです。
夫は変わらず仕事をしています。もちろんそのおかげで生活できています。
先日、指導している団体が県代表のような形で出場した大会でもそれなりの結果を出しました。(日程も結果も新聞で知ったのですが)
仕事にしろ指導にしろ、大変なことの方が多いでしょう。だけど人に関わって何らかのことを成し遂げて分かち合う充実感があるはずです。
私の存在価値はその人のご飯を作ったり片付けたりするだけ。そんなのもうすぐロボットが代行する時代になるかもです。そうなったら存在価値ゼロ。
 
50歳はハンパな年代です。もう若くはないけど年でもない。これが70歳ぐらいであればあきらめもつくのですが。

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