◆bola com açúcar
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みんなは、サッカーの試合で、ひとりの選手が上手なテクニックでゴールしたりするのを見て、「 あんなすごいプレーができるのは、元々サッカーの才能があるからだ!」とか、「 あの選手のあのプレーでチームが勝ったんだ!」などと思ったことはないかな? 答えはノーです!! サッカーも、他のスポーツと同じで基本的な練習のくり返しで、次の段階へ進むことができ、段々と高度なテクニックを身につけることができるんだ!!それから、チームスポーツであるサッカーは、ゴールを決めるために、みんながパスをつないだり、だれかがおとりになったりと、みんなで作戦を立て、息を合わせてはじめて得点につながるんだ。上手くなろうと努力することはもちろん、チームプレーは仲間たちとの連帯感を生み出す。また、サッカーをするためには、普段から正しい姿勢を保つことや、好き嫌い無くきちんとした食事をとることも大切です。世界ではサッカーは「紳士のスポーツ」と呼ばれていて、正々堂々とプレーすることが大切だよ!サッカーは、人間的としてみんなを大きく成長させてくれる素晴らしいスポーツなんだ!!みんな、もっともっとサッカーを好きになって、一生懸命サッカーをやってみよう!!
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▼早すぎたホイッスル。
第1回1930年、ウルグアイ大会 予選リーグ アルゼンチンを相手に1点を追うフランスの猛攻が続き、同点ゴールは時間の問題かと思われた矢先、残り時間を5分も残して試合終了のホイッスル。猛抗議で5分間の再試合となったが、集中力を切らしたフランスは、なすすべなくジ・エンド。隣国びいきのブラジル人主審のなせるワザだった? ▼逆転負けに死亡者が続出! 第4回1950年、ブラジル大会 決勝トーナメント・決勝戦 ブラジル有利の前評判で始まったウルグアイとの決勝戦。後半の先制ゴールにブラジル国民の誰もが初優勝を疑わなかったが、まさかの逆転負け。スタジアムには自殺者2名と心臓マヒの死者2名、母国でも50人以上が自殺、心臓マヒで死亡した。 ▼国と、国の戦争へ。 第9回1970年、メキシコ大会 北中米カリブ海予選 エルサルバドル対ホンジュラス戦の終了後に、結果を不服とした両国の関係が悪化。エルサルバドル軍の侵攻を引き金に、戦争状態へと突入する緊急事態となった。「W杯は、国と国の戦争」という言葉で、その激しさを形容されるが、実際の戦争に発展したケースもある。 ▼ベスト8に歓喜し、囚人釈放? 第9回1970年、メキシコ大会 予選リーグ メキシコ初のベスト8進出に国内はお祭り騒ぎとなった。とりわけ興奮しすぎたのが、重犯罪刑務所のマリアガ所長。歓喜の雄叫びと共に銃を乱射、所内にある全ての独房扉を開いて142人もの囚人を解放してしまった。この前代未聞の不祥事も「愛国心からの行動」として、無罪判決となった。 ▼王子の物言いでゴ−ル取り消し! 第12回1982年、スペイン大会 予選リーグ・D組 フランスにゴールを奪われたクウェート側が「スタンドから笛が聞こえたのでプレイを止めた」として、頑なにノーゴールをアピール。しばらく押し問答が続くなか、クウェート・ファハド王子がグラウンドに降りて物言いをつけた途端、主審は「不測のアクシデント」としてフランスゴールを取り消した。 ▼フーリガンを会場ごとに隔離。 第14回1990年、イタリア大会 予選リーグ 共にF組に入ったオランダ、イングランドのフーリガン騒動を危惧した開催国のイタリアは、それぞれの試合場を島に隔離、両チームの対戦には4000人もの武装警官を配置した。試合は無事に行われたが、場外では投石を始めたフーリガンを警官が鎮圧する一幕も見られた。 ▼W杯を「見たくて」警報を無視、31人死亡。 第14回1990年、イタリア大会 決勝戦 運転手が無類のサッカー好きだったために、満員のバスが大惨事となった。ソ連カレリア地方(当時)で、踏み切りの警報機が鳴ったにもかかわらずバスが急発進。線路内で列車に衝突し、31人が死亡する大惨事となった。運転手は、W杯決勝戦をテレビ観戦するために帰宅を急いでいたらしい。 ▼発炎筒が直撃? 第14回1990年、イタリア大会 南米予選 南米予選のチリ対ブラジル戦で、観客の投げ込んだ発炎筒が1点のビハインドを追うチリのキーパー・ロハスを直撃。血だらけのロハスが退場し、チリは試合を放棄した。しかし、後の調べで、ロハスの虚言だったことが判明。隠し持ったナイフで自らの額を切ったことを認めた。 ▼選手が射殺される。 第15回1994年、アメリカ大会 予選リーグ・A組 米国戦で自殺点を献上したために、コロンビア代表のDFエスコバルが帰国後、男女4人組に銃弾12発を射たれて死亡した。コロンビアは同大会で優勝候補の一角に挙げられていたが、大方の予想を裏切る予選敗退を喫し、国内の批判も激しさを増していた。 ▼W杯に乗じて大脱走! 第15回1994年、アメリカ大会 予選リーグ・C組 ドイツ対スペイン戦の中継を観戦していた看守の目を盗み、少年救護院に収容されていた少年23人全員が一夜にして姿を消した。鉄格子をヤスリで切断、塀を乗り越えるという荒業だったにもかかわらず、職員は警察がかけつけるまで、全く気が付かないほど観戦に熱中していた。 ▼出場辞退の選手自宅を放火。 第15回1994年、アメリカ大会 予選リーグ・B組 最終戦のロシア対カメルーン戦で、給料未払いを理由に試合出場を辞退したカメルーン代表のGKベルの家が焼かれた。前大会でベスト8に入る活躍により国内の期待も高まっていたが、同大会では1勝もできぬままの予選敗退。国民感情の怒りを買ったようだ。 ▼W杯が戦争を止めた! 第15回1994年、アメリカ大会 大会中 W杯のテレビ中継がアフリカ内陸の高原国、ルワンダ共和国で勃発していた内戦を一時休戦させた。中継が始まると、それまで激しく鳴り響いていた銃声が途絶え、兵士も難民もテレビにかじりついた。試合後には子供達が笑顔でサッカーに興じるという、つかのまの平和が訪れた。 ▼母国の勝利に興奮!衝突事故で11人が死傷。 第16回1998年、フランス大会 決勝トーナメント・1回戦 強豪イングランドを退けたアルゼンチン。母国では歓喜と熱狂のために大渋滞を引き起こし、線路で立ち往生したトラックに列車が激突。死傷者11人を出す惨事が起きた。 ▼チームメイト同士で殴り合い? 第16回1998年、フランス大会 決勝トーナメント・1回戦 接戦の末にユーゴスラビアを下したオランダ。終了直後、歓喜するはずのGKファンデルサールとDFボハルデが、激しい殴り合いを繰り広げた。発端は、ボハルデの度を過ぎたスキンシップとされているが、根底には黒人のボハルデと白人であるファンデルサールの間で人種問題がくすぶっていたらしい。 ▼「W杯見ます」で会社をクビに。 第16回1998年、フランス大会 決勝戦 シンガポールのウィーさんは、テレビ局主催のクイズに当選。フランス大会・決勝戦のペアチケットを手に入れた。観戦に猛反対の上司から「行くならクビ」と宣告されたが、ウィーさんは解雇を受け入れて渡仏した。 |
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って感じでしょう、これは!正確には、レアルからオファーが来たーーーって感じか。 |
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