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栃木の史跡散歩

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[壬生城:栃木県下都賀郡壬生町]

■城主:壬生胤業
■別称:馬蹄城
■時期:文明年間(1469〜86)
■遺構・土塁、水堀、説明板、復元模型(町立歴史民俗資料館内)

【歴史】都から移住した公卿壬生氏が築城。100年近くの間壬生氏の拠点として存在しました。後北条氏に属したため、秀吉による天正18年(1590)の小田原攻めにともない滅亡しました。慶長以後、日根野氏、阿部氏、三浦氏、松平氏、加藤氏と目まぐるしく城主が交替。正徳2年(1712)近江水口から鳥居氏(3万石)が入封し、明治維新まで続きました。

【メモ】江戸時代に改修が繰り返されましたが、記録では6つの郭(本丸、二の丸、三の丸、東郭、下台郭、正念寺郭)により構成されていました。現在資料館が建つ本丸(140m四方)部分には御殿があったとされ、江戸初期将軍の日光参拝の宿舎として使用されました。本末の南北他に城門が存在していましたが、移築されるなどして現地では見ることができません。

東武線壬生駅から徒歩で約10分。壬生小学校北側に位置する城址公園(駐車場あり)に到着。水を湛えた水堀と本丸南側の土塁が迎えてくれました。平成元年に公園として整備されたとのことで、非常に散策しやすいのですが、堀は元来空堀であったように思われますし、少々石垣で整備されすぎて残念に思いました。
大手に存在していた丸馬出(現在の興光寺南東、日光道中壬生通り沿いあたりでしょうか)など当時の壬生城の姿は、資料館(入館無料)の復元模型から偲ぶしかないようです。

城の東方を流れる黒川の河岸としても賑わった日光道中の宿場町でもある壬生は、江戸末期に高名な蘭学者が生まれた土地でした。蘭学通りの名称もここに由来します。明治期には商人が集住し、現在の商店街にその賑わいも引き継がれているようです。

(2008年3月1日訪問)

閉じる コメント(6)

堀や土塁などの遺構が良好に残されているようですね。資料館まであって訪問しやすい城跡のようです。
しかし、真新しい石垣での土塁の補強は少し残念ですね。

2008/9/21(日) 午後 5:41 [ - ]

何も残っていない城跡と比べると贅沢は言えませんが・・・。気軽に見学できるものの、やはり消化不良は拭えません。
難波田城などの復元とイメージがやや重なってしまいます。復元方法も難しいものですね。

2008/9/21(日) 午後 11:28 倉次郎

わんちゃんの写真がいいですね。

土塁なども可愛い感じと思います。

2008/9/23(火) 午後 10:26 [ mat**u_p*pa ]

よくわんちゃんの存在に気付かれましたね!
決してCMに出ているお父さんではありません(笑)。
たしかにかわいい土塁ですね。でも剥き出しでいびつな土塁が恋しいです。
(移動中のバスの中にてレス)

2008/9/24(水) 午後 5:19 倉次郎

顔アイコン

土塁(丸馬出でしょうか?)が残っている城址に石垣は頂けません!
とは、言っても資料館があるというはありがたいですね。

2008/9/24(水) 午後 9:07 [ tatu ]

たつさん
こちらは馬出しではないですが、残念です。
例えば諏訪原城の丸馬出しに見える形で石垣補強でもされたらきっと泣きます。

2008/9/25(木) 午前 0:17 倉次郎


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