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’60年代の思い出を想い出して! 過去の記事もご覧戴ければ幸いです。

アイビーが青春だった

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2001年12月17日「繊維貿易記者クラブ」に対して
一通の文書が株式会社バイスコーポレーションから発せられました。
それは「VAN大型ファミリーショップ出店の件」と題した文書でした。
 
『株式会社バイスコーポレーション(本社福岡/中村勝司 社長)は、このほど、株式会社ヴァンヂャケット(本社 東京/宮川烈社長)が保有するブランドの総合プロデュースをしている株式会社ケントジャパン(本社 東京/大藤友正 社長)と提携し、VANファミリーショップの全国展開に乗り出すことになりました。〜以下省略。』
 
2001年12月には「VANファミリーショップ」のSPAとして株式会社ベルソンジャパン
(バイスコーポレーション65%、伊藤忠商事19%他)が設立されました。
そして2002年10月5日に「VANファミリーショップ」1号店
「VANファミリー多の津店」(福岡県粕屋郡粕屋町大字戸原字馬渡り838−1)がオープンしました。
取り扱いは「VAN」「VANLEDIES」そしてこの展開のために
ブランド使用権を保持していた株式会社ファーストリテーリングが子会社の株式会社ヴァンミニを
解散する事により使用権の確保をした「VANMINI」の3ブランドを
展開する事に依るファミリーショップを目指していました。
 
2005年7月には親会社株式会社バイスコーポレーションが
丸紅株式会社の100%出資会社になった事に依って株式会社ベルソンジャパンも関連会社となりました。
しかし2006年3月株式会社バイスコーポレーションが突如倒産してしまった事に依り
株式会社ベルソンジャパンも同時に倒産の煽りを喰ってしまいました。
倒産時には青森県から沖縄県まで50店舗を超えるチェーン展開がなされていました。
 
「VANファミリーショップ」も唐突の閉店となりましたが2006年S&Sの仕掛り商品の処分の為に
その後半年間全国の元「VANファミリーショップ」約10店舗で
株式会社ケントジャパンの関連会社株式会社フィールドハウスが
運営する「VANファミリーショップ」が展開されました。
 
約3年半の間、特に地方の株式会社ヴァンヂャケットの「VAN」特約店を悩ました
「VANファミリーショップ」の存在が無くなった時でした。
 
画像は当時「VANファミリーショップ」から届いたDMです。
カンバッチ及びプレートは販売員用でした。
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「DANKAIパンチ(飛鳥新社)」第五号 特集「VANの黄金時代」の鼎談「我が青春のヴァンヂャケット」で
ポスター「繪本あいびいりいぐ あいびいすたいる様々」の製作経緯が語られています。
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くろすとしゆき:穂積さんアイビー坊やを書いたのはいつ?
穂積和夫   :これが、はっきりわかんない。僕は63年だと思っているんです。
くろすとしゆき:VANがポスターにしたのは、穂積さんが展覧会に出したイラストの残りをもらって、勿体ないからつかおうってやったんだよね。
穂積和夫   :残りをもらってというよりも、僕が絵を石津先生のところに持って行って、これを展覧会に出したんだけど、「僕が絵を持っててもなんだから、おたくの社長室の壁へでも貼って下さい」と言って。そしたら、翌日祥ちゃんから電話があって、「ポスターにする」って。
くろすとしゆき:B全ぐらいのポスターにしたんだっけ。
穂積和夫   :B全じゃないよ。もっと小さい。それで、原稿料ってのもなんだから、倉庫へ行って「好きなもの、何か持ってって」と言われた。で、僕は黒の六つボタンをもらったんだよ。
司会(能勢)  :四つボタンではなく、六つボタンを。
くろすとしゆき:そんなの、あったっけ。
穂積和夫    :あったの。ところが、それを今持ってないのが悔しいね。いま持っていたら、大変なもんだよ。
くろすとしゆき:そんなもの作ったっけなあ。
司会(能勢)  :穂積さんは、VANに六つボタンの商品があることを認知されていて、このポスターを描かれていた?
穂積和夫   :そうじゃないんですよ。その前から、アイビーダブルっていう六つボタンがあるっていうのを知っていたわけです。
石津祥介   :そうです。着ていたもの。
くろすとしゆき:おれはオーダーで作って着たんだ。元ネタは、穂積さんの「メンズクラブ」のイラスト。
穂積和夫   :そう。僕の元ネタは「メンズウェア」。アメリカのファッション雑誌。
くろすとしゆき:「メンズクラブ」に書いてたよ、その六つボタンを。下にチェックのパンツなんか合わせていたような気がする。
 
ポスターのサイズについては手元に在るものを測りましたら縦78cm横54cmでB2(72.8×51.5)に限りなく近い大きさでした。
*「黒の六つボタン」は上段右から二人目の「两前あいびい黒紋付ぶれざあ上衣」です。
 
この鼎談は2007年2月9日東京神田駿河台に在る「山の上ホテル」で 行なわれました。
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「VAN BROTHERS」は1971年F&Wまで展開し1972年S&SからはChop名を「VANBOYS」と変えて
「VAN MINI」「VAN」と共に対象年齢を明確にした展開での再始動を開始しました。
少なくとも1971年までは「VAN BROTHERS」のパブリシティーの雑誌として
ファッションのノウハウをこれからも「BLファッション」で教示して貰えるものと思っていました。
しかし突然の「ボーイズライフ969年9月号からの休刊」のお知らせが
1969年8月号に掲載され惜しまれながら「ボーイズライフ」は休刊と成りました。
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「VAN BROTHERS」を中心としたファッションページはこの時から無くなってしまいました。
 
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1969年7月号「ボーイズライフ」に掲載された「VANREGAL」の広告です。
キャッチ・コピーは「ヴァン・リーガルの新製品元気な“インデァン・モカ”」です。
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この広告が唐突に掲載された事で判明した事がありました。
それは「VANBROTHERS REGAL」の展開の中止でした。
 
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1969年7月号「ボーイズライフ」の「BLファッション」は「COOLSOUND」です。
同時期の1969年S&S「VAN」Chopのキャンペーンは「CoolRider」です。
「VAN BROTHERS」もクール絡みの「COOL SOUND」を打ち出しています。
40年も前に「クール」を使うとは流石!株式会社ヴァンヂャケットですね
音楽通の君なら服装にもうるさくてはいけない・・・・・という事で。
夏のタウンウェアには欠かせないオーソドックスなドレスアップスタイルを紹介しています。
私的には完成されたジャパニーズ・アイビー(トラッド)ファッションのコーディネートだと思えます。
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ポロ・シャツを着た二人のコーディネートを紹介しています。
「白とサックスのラインが襟と袖口に入ったブルーのポロ・シャツには赤紺のタッターソールのスラックス」
「ベージュにブルーのボーダーのポロ・シャツのスラックスはボーダーの一色をとったブルーのコットンパンツ」
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音楽は自分で演奏してこそ価値のあるものだという行動派のためのファッションとして紹介しています。
「赤紺のボーダーのTシャツとホワイト・ジーンズ」
「ライティー・グリーンのモックタートルにはストライプのスラックス」
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