歴史・文化の町<倉敷>周辺の隠された魅力

地元倉敷に住み 倉敷を愛する「倉敷王子」が見た<倉敷周辺>を紹介してゆきます.

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 <先陣庵(せんじんあん)は,源氏の武将<佐々木三郎盛綱>が,平家の大将<平行盛>の布陣

する児島の対岸に一番乗りした場所にある寺であり,当初は先陣寺と呼ばれていたと言われる.

先陣庵
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乗り出し岩と先陣庵との間に,僅か500メートルほどの流れの速い藤戸海峡が横たわっていた.


 村の漁師から聞き出した自分だけが知っている浅瀬情報に基づいて数名の部下を従えて海に乗り入れ

(乗り出し岩),時に馬の脚が海底に着かなくなると馬から降りて寒風の吹く海を泳ぎ,途中の中州で


一時休んで馬の鞭を砂に突き刺し(鞭木),味方の対象の制止も聞かないで対岸に乗り上げた場所,

その場所である.


 盛綱の渡海を見て,海に浅瀬があることを知った源氏の人馬が雪崩を切る様に海を渡り,すさまじい

戦いが繰り広げられた.源氏も平氏も古くは天皇の血をひく同族であり,幾つかの例外的な温情による


妥協はあったものの,源氏は徹底的に平氏を追い詰めた.この戦で,平氏は大敗して屋島に逃げ帰り,

これより後は平氏が勝つ戦いはなかった.


盛綱が一番乗りしたこの場所に,この戦いで命を失った源平両軍の平氏や馬などの冥福を祈り,

霊を慰めるために,寺を建て,その名を<先陣庵>とした.


藤戸海峡周辺の位置
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平家の本陣のあった児島の地と,源氏の本陣のある本土との間には,流れの速い藤戸海峡が
横たわっていた.


<乗り出し岩>〜<先陣庵>までの渡海経路
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今の倉敷平野は,当時<藤戸の瀬戸(藤戸海峡>と呼ばれ,流れの速い海であった.
渡海経路は,<乗り出し岩>→<鞭木(むちき)>→<西明院(先陣庵)>である.


源平の本陣のあった位置
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源氏は源範頼(ノリヨリ:頼朝の弟)を大将に,日間山に本陣を置き,高坪山にかけて布陣した.
平氏は平資盛(平重盛の子)を総大将に,藤戸海峡を挟んで,種松山に本陣を置いた.

藤戸の戦いを勝利に導くきっかけを作った盛綱は,源頼朝から児島の地を拝領した.彼は

源平両軍のおびただしい数の兵士の犠牲者と,藤戸の浅瀬について詳しい情報を教えてもらい

ながら,この情報が味方の他の武将に漏れない様にするため,殺してしまった村の漁師の霊を

祀るため,この地に寺(天暦山先陣寺)を建立した.


<先陣庵>今の姿
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児島霊場44番札所となっていた

庵は対岸の本土(乗り出し岩)に向かって鎮座している.以前は広大な寺であったといわれるが

今は<西明寺>の境内にこの小さな祠の様な建物だけが残されている.近寄ってみると<児島霊場

44番先陣庵>と墨で書かれていた.言宗の寺であったのであろう

 横に藤戸史跡保存会により説明板がある

 先陣庵(せんじんあん)
 今から約800年の昔.寿永3年(1184年)12月(旧暦)源平藤戸合戦の
 行われた頃は,このあたりまで一面海であった.対岸の源氏の陣中より佐々木盛綱
 が馬で海を乗切り,この地に上陸し,一気に平氏の陣営に攻め入り,源氏を勝利に
 導いた.当時馬で海を渡るなど前代未聞,驚異的な行為であった.(源氏方には船が
 なかった)後に盛綱は,この地に「先陣寺」という寺を建て,戦没将兵と,渡海の
 手引きをしてくれた恩あるにもかかわらず,他言を封じるため惨殺した浦男との
 冥福を祈った.当時は規模も広大であったが,いつしか衰えてしまって,一字の
 小庵に,名残を留めているにすぎない.
                      藤戸史跡保存会



先陣庵から見た源氏の本陣のある日間山方面
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先陣庵から500メートルほどの距離を置いて当時の対岸が見える

先陣庵から北の方を眺めると,すぐ向こうに日間山が見える.平家はこの地から源氏の布陣する

日間山を眺めていたに違いない.白い建物のすぐ左手辺りが乗り出し岩のある場所だ.盛綱は

あの場所からここまで,寒風の吹く藤戸海峡を馬で渡って攻めてきたのだ.


鞭木
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盛綱が途中の中州で足を止めたところ

<乗り出し岩>と先陣庵との中間に<鞭木>とよばれる場所がある.寒風が吹け抜け,流れの速い

藤戸海峡を馬と共に泳いできた綱盛は,この中州で足を停めたと言われる.この時,使っていた

鞭を洲に逆さに差し込だまま対岸に攻めていったが,その後鞭は洲の中で逆さのまま根づき生い茂った

といわれる.

<先陣庵>境内 西明院
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同じ境内に,先陣庵(寺)と西明院(寺)と金毘羅宮(神社)がある.
元々,背後にある種松山の上にあったものをこちらにもってきたと言われている


<先陣庵>境内 住職の住まい?
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金毘羅宮入り口
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左手小さな祠が先陣庵
この石段の先に金毘羅宮が祀られている

金毘羅宮
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西明院と金毘羅宮は背後にある種松山にあったもの.


金毘羅宮の狛犬
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憎めない顔の狛犬がいた

金毘羅宮と西明院とを長い回廊が続く
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金毘羅宮から対岸の日間山側をみたところ
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右下に先陣庵がある

境内にある梵鐘
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南無大師遍照金剛と銘が彫ってあった.真言宗であろう

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