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平成二十三年三月四日(金)(続)     第三百五十九回
  
 昨日同様の日差しは春のものだが、依然北風強く気温真冬に戻る
 
「『清廿四家詩』と王漁洋「冶春絶句」」
 
◎第三百五十五回で王漁洋の詩求め『清廿四家詩』の発注に触れたが、二月二十八日、青森市の林語堂古書店から無事到達した。
本書購入の動機は、松崎鶴雄の名随筆『呉月楚風』に付された杉村英治による「柔父翁点描」の末尾に、

「・・・先生は菊を好まれた。(昭和)翌二十四年二月、晩年はもっぱら「楚辞」の研究に打ち込まれていたという旧友の古城貞吉先生が亡くなられた。そしてその友を追うように先生も世を去った。私がお願いしておいた色紙には、王漁洋の「冶春絶句十二首」
  東風花事到江城
  早有人家喚売錫
  他日相思忘不得
  平山堂下五清明
の一首が認めてあった。」

とあるのを読み、「冶春絶句十二首」に当たってみたくなった。
所蔵の漢詩大系『王漁洋』を見たが収録されていない。
いろいろ調べあぐねた末、出版人森春濤による明治十一年八月発行の『清廿四家詩』購入が動機であった。
届いた版本は題箋が薄れ、綴じ紐も所々切れていたが、虫損もほとんどなく、書き込みも見られず、中身の状態は非常に良かった。
早速綴じ糸の修理を行った。
旧蔵者は小さな丸印に野口陽と認められる。
見開きに二つ折りの紙片が一枚挟まれていた。
為替の領収証である。
金額は金壹圓拾箋。
日附印は「二十年十一月五日 陸中國盛岡郵便局」。
なかなか貫禄のあるデザインのものである。
 旧蔵者の野口陽については判明しない。
さて、王漁洋詩からの選者は、「三洲楂客 長炗」。
収録された二十二首中、七首目に「冶春絶句」としてとられてあった。
杉村英治は十二首としているが、原詩の状況は今のところ調べていない。
とにかく、松崎鶴雄という漢学の碩学が亡くなる直前に遺言のように選んだ一首は、心にしみる。
買ってみるものである、下冊に「黄石髯叟岡本廸選」として呉穀人詩二十首が選出されいた。
黄石と詩人呉穀人の関係を初めて知ることとなった。
 

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"早有人家喚売錫"
"錫"じゃなくで"餳"です
餳は飴類です

2015/1/12(月) 午後 6:48 [ hs ]


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