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1810年2月22日、ショパンはこの世に生を受けました。
くりは、ショパン没後150年の年(1999年)に
家族に許しを頂き、
ピアノ友達数名と一緒に、
ショパンの祖国ポーランドに行ってきました。
翌年の2000年、第14回ショパンコンクールに
お知り合いのピアニストの方が出演されるので
応援?も兼ねて、その年に行って来ました。
10日間の旅でした。
行った場所は、
チェコ・・・プラハ、カルロヴィヴァリ、ブルノ、オロモウツ
ポーランド・・・ワルシャワ、クラクフ、
1番楽しみだったのは、ショパンの生家です。
ワルシャワから西へ54Km「ジェラゾヴァ・ヴォラ」
ここに、ショパンの生家があります。
意外に質素な建物でした。
中には、グランドピアノが2台置いてありました。
黒いピアノと、茶色のピアノ
しかし、2台とも復元ピアノです。
お話によると、
茶色のピアノは、ショパンが窓から放り投げたという説があると
おっしゃってましたが
どうやって、あんな重い物を放り投げることが出来るのでしょう?
ショパンの出生証明書、両親の婚姻届の複写
初めて書いた楽譜の複製、両親にあてた手紙など
数々の貴重な展示を見る事が出来ました。
とっても感動致しました(^^)
ショパン博物館の中では、コンサートも行われていて
もちろん、オールショパンプログラムでした。
コンサートは2部構成で
途中、別室でシャンパンサービスもありました♪おいちかったです!
ワルシャワで宿泊したホテルのバーで
ピアノ演奏を行っていました。
私達が、ジーっと聴き入っていると
その突き刺さる視線に圧倒されたのか
私たちに「ピアノ弾いてもいいですよ」と
おっしゃって下さいました。
ヒエ〜、こんな機会滅多にないぞ!と思い
くりは、幻想即興曲と、ノクターン2番を演奏しました。
ワルシャワの方達は暖かく
くりなんかの演奏で拍手をして頂きました(*^^*)
ショパンの心臓が奉られている「聖十字架教会」
ショパンコンサートも行われる「ワジェンキ公園」
ショパン第2の住居跡が残されている「カジミエーシュ宮殿」
第3の住居の「クランシスキ宮殿」
ショパンが住んでいた「アパート」
ショパンの両親が結婚式を挙げた教会(名前忘れましたf^^ )
ショパンに関係のある場所は、見てきました。
ポーランドは、ご存知の通り
優勢なナチス・ドイツ軍を相手に
2ヶ月の間、戦いを続けました。
ドイツ軍は、火災放射器で建物を片端から焼き払いました。
8割以上の市街が灰の海となりました。
首都、ワルシャワは都市の形をとどめぬままに
破壊されました。
しかし、戦後、
首都の復興にかけるワルシャワ市民の情熱で
この町並みを見事に復元しました。
16世紀から17世紀にかけての
バロック調や、ゴシック様式の建物が混在しています。
まるで、その時代にタイムスリップしてしまったかの様な
錯覚に陥ります。
文章が長くなり過ぎてしまったので
いい加減、お終いにします〜〜♪
ワルシャワの話ばかりになってしまいました。
最後まで読んでくださってありがとうございました。
*ボヤボヤの写真ですが載せます。
デジカメではなく、普通のカメラで撮ったので
写真の上から、携帯で写しました(^^!)
すごくボヤけててごめんなさい。
上から
ショパンの生家の入口 右がくりです
生家の庭園にあるショパン像
生家の中にある茶色いピアノ くりの手が少し写ってますが
鍵盤の上にはプラスチックのカバー?があり
触れることは出来ません
ショパンの両親が結婚式を挙げたという教会
ポーランドは、凄く寒く
現地で、思わず、コートを買ったのですが
チェコでは、半袖で歩いてました〜。
あれ?画像が出ないぞっ(?_?)
おかしいなあ。もう一度。
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