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基本的に震災の記憶なんてもんは、
その場の対処法などの必要なことを学ぶ材料として心に留めておけばいいと思っている。
そもそも追悼イベントや、当時の凄惨な街の様子など見るだけでムカつく。
人が生き埋めになっている瓦礫の前、あるいは燃えている家屋の横で
平然と「現実の記録のため」とか「報道のため」などと、
手伝いもせずカメラを回す奴らが撮った映像に何の価値があるのか?
定点カメラで十分事の重大さは伝わるだろう。
意味不明だ(報道に関して話すとキリが無いからまたいつか)。
もし見る価値があるものがあるのなら、それは「こうして復興した」などの、(今後のための)復興体験記くらいだろう。
とにかく震災を体験し、肉親・知人が死に、
火の海や10分前まであった街並みが一瞬で瓦礫の山になるのを体験した50万人以上の人々にとっては、
それだけ強烈で嫌な記憶なのだ。
本当に震災や被災者の立場に立てば、悲惨な当時の映像など流せないはずだ。
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神戸松蔭女子学院大の池田清教授の復興支援が、被災者個人より、神戸空港に消えていたとは・・・
いろいろ見つめなおしてほしいものです
2010/1/18(月) 午前 1:31