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MRT善導寺駅にある華山市場内の阜杭豆漿は早朝からオープンしてるので(早朝レベルではない)、帰国日の朝食に最適の豆漿屋さんです。 まあ、どこの豆漿屋さんも朝は早いのですが、ここのは豆の香りがぷぅ〜んとしてきて本当に美味しいんです。 この日は珍しく行列が途絶えていたので、すんなりありつくことができました。 このサイドメニュウもかなり美味しいんですよねぇ。3〜4人の昔のお姉さま方が手際よく作ってます。常に行列ができてますから、どんどんサイドメニュウもはけてしまうんですけどね。品切れしないでどんどん作られてくるのは見事です。 値段設定が良くわからないんですよね。コストプラスというより、メニュウ同士を相対比較して決めているような・・・(笑)。 ちなみにお持ち帰りなら右に、ここで食べるなら左に並びます。 説明はもういいですね。 我が家の基本豆漿セット。 豆漿(熱)に鹹豆漿(熱)、蛋餅です。 油條も良いのですが、もう少し胃袋にぱんちを効かせたい場合はこのチョイスですね。 ワタシは豆漿(熱)です。 甘いヤツです。とにかくココの豆漿の魅力は香りとコクです。 飲めばわかる味ですね。 相方は鹹豆漿(熱)です。こっちの方がぱんちがありますね。上に辣油っぽいのがたらしてあって、ぴりりとスパイシーなんです。 鹹=塩、ということで豆漿が固まってきて半分豆腐みたいになってるんですよ。そこがポイントで、食べる豆漿って感じです。 蛋餅はもちもちの食感が嬉しい蛋クレープです。下味がついてるんで、このままでOKです。 葱の香味も良いアクセントなんですね。 これを食べれば大満足ということで、ホテルをチェックアウトして空港に向かいます。 最終日のこの流れは、我が家では儀式的に行われる当然の流れです。 さて、国光に乗り込んでと・・・。 ん?んん〜?桃園行きの国光が遂にパーソナルTVを! 座席もゆったりふかふかだし〜。バスの外見は変わらないのですが、中身は進化したようです。 MRTができるから、テコ入れしたのかな(笑)。 今回はANA利用ですので、2タミの向かって右端、8Aカウンターでチェックインです。 どうでもいいことですが、チェックインする荷物があるなら90分前、無いなら以前でも大丈夫です。 ただし、午前1便ならこのルールは適用外です。 本日は午前便で。ANAの前に今は無き済州島行きのFAT(遠東)が・・・。 達美(デルタ)はCIとアライアンスを組んでるんですかね。 今回もいい加減にしろよ的扱いのゲートD9です。地の果てです。 立栄が富山に行ってるんですかね。チャーター便かな?長栄じゃなくて立栄なんですよねぇ。 原住民に阿里山鉄道・・・う〜ん無駄とは言いませんが、活用しきれていないスペースが多いんですよねぇ・・・桃園は。 好消息(自分的に)。 制限区域に85℃が! 85℃のケーキを最後の瞬間まで楽しめます。これは持ち帰れるのかな? JAL、EVA、ANAと並んでいます。JALはこの辺にサクララウンジがありますので定位置なんでしょうね。 機材の大きさといい、ヒエラルキーなんでしょうかね(笑)。 JALのレジ番はJA8078。 B747−446(1990年11月就航)。 3クラス、Cクラスはスカイラックス、MASIC2搭載。 まあ、新型は来ませんね。JAA時代の200、300よりは全然ましですね。 日系はどうせカルテル組んでるようなものなんだから、つるんで最新機材を投入しなさい。 歩きに歩いて、ようやくゲートに到着です。 ラウンジでちんたらしてたら時間に追われてしまいます。遠すぎ・・・。 隣のEVAは今は無きキティジェットですねぇ。 今日の機材は・・・またJA8664・・・。 http://blogs.yahoo.co.jp/kurocelestar/55512290.html 本気で寝るしかないな・・・こりゃ。 JA8664の底力は後ほど・・・。 GW中ですが成田行の午前便は、8〜9割ぐらいの搭乗率でしょうか。 午後便の方が混んでそうですね。 今回はバルクヘッドで。この席はシートピッチはFクラスレベルなのですが(笑)、パーソナルエリアは限りなく狭いんですよね。でも、この場所は近くにギャレーしかなくて、ラバトリーの渋滞がねぇ。 すごく近くはないですが、体操したりする人もいますしね。あと、何よりプライベート感がないのはね。常に見られてる感じ。 往路に比べて復路の飛行時間が短い台北−成田線のギャレーは毎度戦争状態ですね。 ギャレーにCAさんがいるってことがほとんどないですから。みんな出払ってます。 では、JA8664・B767−300ER台湾線投入機材の実力を・・・。 灰皿があるんですよ・・・まだ。勿論禁煙ですが・・・ね。 そして・・・ラバトリーのCAコールスイッチには・・・「スチュワーデス」です。 デスですな。 成田から台湾にANAで行く限りは、ほぼ2分の1で当たるこの機材(成田発午後便、台北発午前便か成田発午前便、台北発午後便のどちらかの組み合わせ) ワタシは3月も5月も当りクジを引いてしまいました・・・便変えたのに。 早く787飛ばしてください〜。そうすれば中国線あたりの新型が回ってくるかもしれないし・・・(それでも787は回ってこないでしょう)。 まあ、ラウンジ飯と機内食でも喰らって気を紛らわせましょう。
今回はあえてSQラウンジ利用です。 |
台湾の思ひ出08-2
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今回は台北、いや台湾の政治、司法、経済の中心地、中正區周辺の日治時代の建物を見学したいと思います。 このエリアだけでもかなりの数の日治時代の史蹟が存在しています。また、ほとんどが現役で利用されているのも特徴的ですね。このようなエリアは他には大連ぐらいしか思いつきませんね。 台湾総統府(旧・台湾総統府) お馴染み総統府から。 1919年に完成。建築家・長野宇平治氏のデザインを建築家・森山松之助氏が修正を加えて建築。森山氏が手がけた建築物は日本ではほとんど残っていませんが、聖心女子大学のパレスと呼ばれる日本家屋がまだ現存しているようです。 今も昔も台湾の最高権力を司る場所ですね。 よく封鎖する(笑)正面の道は、凱達格蘭(ケタガラン)大道。ケタガランは台湾総人口の2%を占める先住民族。 台湾銀行(旧・台湾銀行) 1889年開業の銀行。建物はその時に建てられたものではなく、1938年建築のもの。設計者は、第一銀行系の建物を多く手がけた、西村 好時氏。 銀行の建物といえば無駄の無い合理的な作りを連想しますが(それは当たり前ですね)、この建物も他の日治時代のモノと同じく、豪華でちょっと背伸びした作りになっています。 台北市中正區重慶南路一段120號 司法大廈(旧・台北高等法院) 1934年の日本統治時代、井手 薫氏の設計により建設。過去も現在も台湾司法の中心。よく政治ネタのニュースで中継されますからお馴染みですね。 総統府の近くにあります。 しっかし、日本はこの時代苦しかっただろうに・・・真面目に建ててたんですね。80年近く経った今でも普通に使用されているんですから。 台北市中正區重慶南路一段124號 監察院(旧・台北州廳舍) 白亜の美しいこの建物は1915年、建築家・森山松之助氏の設計により建築。 過去も現在も。公務員を監察する、つまり取り締まる機関ですね。 今でも入り口には兵隊(憲兵って言うんですかね)が立っていて目を光らせています。 台湾大学医学院附設医院旧館(旧・台北帝国大学医学部付属医院) 1924年、建築家・近藤 十郎氏により建築。 ワタシは専門家ではないので難しいことはさっぱりわからないのですが、詳しい方に聞くとこの建物は相当気合が入ってるらしいです(笑)。当時の最高技術と最高のコストを掛けて豪華かつ病院として安全・衛生面に充分配慮した設計になっているとか。 正面の建物は、外来受付としてまだ利用されています。。 台北市中正區常徳街1号 台北二二八紀念館(旧・台北放送局) 日本統治時代はラジオ局として使用されていたそうです。現在はその名の通り、ニニ八事件の資料を展示した記念館になっています。 え〜因みに、夜のニニ八和平公園は・・・ワタシには非常に危険な場所となります(笑)。 台北市立當代藝術館(旧建成小学校) 1919年、日本統治時代に建設。その後増築。現在は現代美術を展示する美術館になっています。手を入れてるんでしょうけどずいぶん立派な小学校だったんですね。そういえば台南の中心部にある国民小学校もこのような立派な建物ですね。 國立台湾大学法律学院 こちらは台湾大学の法律学院。ロースクールって感じでしょうかね。 こちらも渋い建物が現存してます。 おっと授業中ですね。静かに静かに・・・がんばってください。 将来の台湾を背負う若者達ですね。 大物になったからといって政治の世界に入って、変なコトしないようにね(笑)。 市長官邸藝文沙龍(旧・市長官邸) 1940年に建築。和室と洋室を備えた建物で、1994年までは歴代市長の住居として使用され、現在は現代アートを展示するこじんまりとした美術館になっています。 ここのカフェはとても落ち着いていて、賑やかな台北市内にいることを忘れてしまいそうです。 日本のものより1.2倍は甘い(当社比)台湾のケーキは、ブラックコーヒーといっしょにいただくのが吉でございます。 國父史蹟紀念館(旧梅屋敷) 中華民国建国の父、孫文氏も宿泊した元日本式旅館兼高級料亭。1913年8月5日に宿泊したらしいです。孫文はご存知のように日本に留学(亡命)していましたので(周恩来氏、蒋介石氏も同様、毛沢東氏はフランス留学)、寛がれたことでしょう。 戦後は、孫文が滞在した事を記念して、部屋や建物を保存、國父史蹟紀念館になっています。 ここは渋いですねぇ・・・。台北火車站の北東、中山北路と市民大道に面し、車(原付)通りも激しい場所にこれだけ時間が止まったような空間があるとは・・・。 今建設中の台北火車站北の高層ビルが後ろに見えますね。 因みに再開発で元々の場所から50mほど移動したそうです。 天成大飯店に新光摩天楼が見えます。 日本庭園もあります。 ここが台北であることを忘れてしまいます。 植樹もしてるんですね。 第6〜7代総統・蒋経国氏と第8〜9代総統・李登輝氏ですね。中華民国総統としての慣わしなのでしょうかね。 國父や中華民国のルーツを記念するものではありますが、台湾と日本、そして中国(毛沢東氏等のフランス留学組は除く)との深い関係を示してくれる國父史蹟紀念館は、日本人にとっても興味深いスポットであります。 台北市中山北路一段46號 う〜ん、見きれない。台北中心部だけでも見所は沢山あります。旅のプログラムにいかがでしょうか?でも、限られた時間で、美味しいものも食べなきゃならないし、台湾文化やサブカルチャーにも触れなきゃならないしぃ・・・。こりゃぁロングステイですかね(笑)。
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旅行者にとって台湾は美食帝国なわけですが、美味いモノ=体に悪い、といった方程式も成り立ちますので、美味しいモノを食べ歩いた罪は罰となって返ってくるわけです。 要は台湾は太るってことですね(笑)。 台湾でチェーン展開する「食草植物鍋」は、その名の通り「草を鍋でひたすら喰らう」お店です。 食用の草を台東にある自分とこの「原生應用植物園」で栽培して、お店に卸してるそうです。 この店は相方が結構気に入っているお店なのですが、ワタシは「台湾に行って何で草っぱを食べなきゃならない」と頑なに行くのを遠慮していたわけです。 結果、台南にある支店に行って結構気にいってしまうわけですが(笑)、ちょっとお洒落な台北の店はまだ行ったことがありません(これらは相方のショットです)。 なかなか可愛らしいお皿ですね。鍋をいただくお皿ですから結構厚みがあります。 確か台南の店では店頭販売もしてましたね。この辺はテッパンの台湾スタイルですね。 つけダレと鍋と前菜です。 そう、お気づきの通りこの店は一人鍋の店なんです。日本ではあまり一般的ではありませんが、鍋天国の台湾や大連なんかでは良く見かけるスタイルだったりします。 鍋奉行の相方なんかは、ワタシがモタモタとルール違反なことをやってるのを見て(鍋苦手)いつもイライラしてるので、一人鍋形式は大賛成なのです。 前菜の洛神花(ハイビスカス)。 いきなり盛り上げてきますね。ワタシは不安たっぷりになりそうですが(笑)。 こちらがメインですね。 肉に薬草。これを煮立った特製だし汁にしゃぶしゃぶしていただくわけです。 あ、因みにここは素食な店なわけではありません。 だんだん視界が曇ってまいりました。そろそろ薬草を投入していい頃でしょうか。 葉っぱさえ最大限に美味しくいただこうという、台湾の貪欲さに今更ながら頭を垂れてしまいます(笑) 肉は羊肉ですね。ヤンロウ好きな相方です。 この巻き方は、いつもブルボンのエリーゼを思い出してしまいます。 好きなのはルーベラなんですけどね。相方はバームロールです・・・。絶対にルーベラの方が美味しいと思うんだけどなぁ。いつも激論です(決着つかず)。 白飛びしてますが、メインの薬草ボウルです。 何か綺麗に盛り付けられてますねぇ。台東のお店はブッフェスタイルなんで、自分でボウルに葉っぱを盛りつけたら、ガチンコでウサギの餌みたいになっちゃって肩を落としてしまいました。 〆の茶蕎麦ならぬハーブ麺です。どれだけ体に良いのかわかりませんが(粉モノを食べる自体ダメな気もしますが・・・)。 もう一品!ということで芒果豆花もご注文。 ・・・これは騒豆花ですね。〆に喰ったな。タピオカじゃあ満足しなかったようですね・・・確かにここからお店は徒歩圏ですからね。 賛否ある騒豆花ですが、芒果シーズンなら大きく外れることはないというのがワタシの評価です。反面、オフシーズンにいただくと・・・かなりがっかりさせられますのでご注意を。 食草鍋、ブッフェスタイルでどれだけ食べてもお腹一杯にならず、終いには食べ飽きたぐらい、ヘルシー(?)な鍋です。 台湾で自分の犯した罪(喰い過ぎ)を購いたいなら、こんなお店もいかがでしょう? |
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台北火車站の南、228記念公園に隣接する敷地に「国立台湾博物館」はあります。 この立派な白亜の建物は、大正2年に建てられたもので、戦後、国民党に接収されて「台湾省立博物館」となり、その後「国立台湾博物館」となりました。 現在では台湾の文化や歴史、生物などを説明するために様々な資料等が展示されています。 228記念公園から見た「国立台湾博物館」。左右対称のデザイン、真ん中に高くそびえるドーム型の建物は目を奪われてしまいます。 右後ろに見えるのは新光摩天楼ビルですね。 仰々しいほど立派な円柱がそびえ立つ正面玄関です。 今回の主目的は期間限定の展示イベント「台湾棒球百年特展」の見学です。 なかなか渋いイベントでしょう? 展示物とは別に、館内を回るだけでも十分に楽しめます。入館料はたったの20元です。 真ん中のドーム型になっている建物の天井には見事なステンドグラスがはめられています。 台湾とこの建物の歴史を振り返る展示から博物館見学はスタートです。 この建物は第四代台湾総督・兒玉源太郎氏と後藤新平氏を記念して建てられたもので、建築家の野村一郎氏が設計したものだそうです。 館内には兒玉氏と後藤氏の像が飾られています。 この博物館の建設、台湾統治に関わった人物をパネルで紹介しています。 いわいたくみ氏の日本語ルビがこだまげんたろう氏に・・・詰めが甘いですよ(笑)。 因みに祝辰巳氏は、後藤新平氏と同じ役職で総督を補佐する民政局長官という立場の方でした。 原住民ブースでは、原住民の文化を分かりやすく紹介しているのも面白いです。 原住民の刺青(紋身)文化とか・・・。 原住民が使用している文字です。象形文字ですね。 パイワン族の「オニコワナ」って何でしょう? 台湾鐡路のブースもあります。 車両にある給水機とか・・・コンセプトが良くわからないのですが、まあ博物館ということで。 さあ、いよいよ「台湾棒球百年特展」ブースに入ります。 台湾は伝統的にリトルリーグが強いんですよね。 因みに1968年のチャンピオンフラッグが見えますが(文献を開くと1969年との表記も)、この時は中日ドラゴンズで活躍した郭源治投手も在籍していて、見事世界大会を優勝に導いたとか。 1977年もリトルリーグ世界大会で優勝しているらしいです。 この時は後に読売ジャイアンツで活躍する呂明賜選手が在籍していたようですね。 こういったオブジェは台湾のお家芸ですね。 台湾野球史100年を振り返るこの企画、台湾野球FANで無くとも興味深い展示物が多いです。 特に日本と台湾の深い関係を野球を通じても知ることができるのがポイントですね。 例えば・・・ 言わずもがな王貞治さん。 ワタシも野球人として人間として尊敬する人物です。 王さんのルーツは大陸ですが、中華民国籍なんですね。 台湾でも王建民か王貞治かってぐらい、未だ人気を誇る国民的英雄です。 国立台湾博物館に週刊朝日が飾られているってのも不思議な感覚です。 洪太山という方は台湾で有名な野球選手とのことです。 戦中の甲子園大会予選は台湾でも行われていたらいいのですが(台湾予選?)、その時嘉義農林中学のスラッガーとして活躍していた選手らしいです。 今は無き「味全ドラゴンズ」のユニフォームです。 呂明賜選手の巨人時代のユニフォームですかね。 中華棒球隊のユニフォーム。これはバルセロナ五輪の時のものです。 そして中日ドラゴンズの33番は郭源治投手、阪神タイガースの55番は大豊泰昭選手ですね。千葉ロッテマリーンズの97番はどなたでしたっけ? 国立台湾博物館の台湾棒球百年特展。なかなか渋い企画でした。期間限定だったのが残念なくらいです。
国立台湾博物館はアクセスしやすいし、なかなかお勧めのスポットです。台北観光では228記念公園から総統府にスルーしてしまいがちですが、この国立台湾博物館見学もお勧めしたいです。 入館料は20元ですしね(笑)。 |
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台北の近郊都市・三峡に遊びに行きました。 鶯歌から三峡にバスで移動します。 三峡は地理的には鶯歌の斜め下、共に台北縣に位置し、台北のベッドタウンと言われています。 したがって直線距離では遠くないので、路線バスを使えば10〜15分程度で着いてしまいます。 三峡は樟脳やお茶で有名な街だったようですが、今は台北から日帰りで行ける観光地として認知されているようです。 やってきたのは桃園客運のマイクロバス。輸送量(客)は多くないのでしょうね。目的地を告げてお金を払うと、下車站の札をくれます。降りるときにこれを運ちゃんに渡すルールです。 三峡に着きました。街の中心街と思われる文化路と和平街付近で下されて、てくてく歩きます。 まあ、ごく普通の山間部の地方都市って感じですね。85℃も相変わらず交差点出店してます。 でも週末の観光地のせいか・・・人通りはうわっ・・・! 老街の入口付近ですでに芋洗い状態です。 清水祖師廟は建物の彫刻が精巧で有名な廟です。 歴史を経て何度も再建されているようですが、見事な彫刻でした。その良さ(センス)ははかり知れませんが、半端ない細かさでした。 もっとも多くの観光客はこちらに関心があるようでした(笑)。 そう、みんな大好き老街です。ショッピングや美味しい小吃をつまむ方が楽しいんですね。 ・・・人多過ぎ・・・みんなどっからきたの?まあ、我々もその一人なんですけどね。 民権街にある歩行者天国の老街は、確かに大きくて立派です。 雰囲気も良くてとても浸れる街並みです・・・人がいなければね(笑)。 まあ、我々もせっかくですから老街を満喫することにします。 なぜか初鹿牧場(台東)のミルクスタンドがあったので、牛乳をいただきました。初鹿ブランドは我が家のお気に入りなんです。 初恋の滋味・・・キンモクセイ風味の梅ジュース・・・甘酸っぱい初恋の味ですかな。 実演販売も精力的に。 台湾って実演効果って結構あるように思えるんですよね。実演の後、結構ぞろぞろとお店の中に吸引されていく方、いらっしゃるんですよね。 日本では実演が終わるちょっと前にすぅ〜って人がいなくなるんですよね(笑)。 これなんだと思います? これを担いで通りを売り歩いていたんですが、答えは豆腐じゃなくて石鹸なんです。 昔はこうやって売り歩いていたんですね。今回は残念ながら買ってる人は誰もいませんでした。まあ、そうでしょうね。 何か良い味出してる屋台です。全ての什器がレトロなんですねぇ。中身はレトロだと困ります。 さあ、今回の三峡観光の大本命「金牛角冰淇林」です。 今、三峡といったらまず第一にこれが思い出されるぐらい有名な「クロワッサンアイスクリーム」です。 案の定、結構な行列ができています。 並んでいると店内から美味しそうなパンの香りが漂ってきます。 でも、相方は「ショートニングの匂いだなぁ。ちょっときな臭いぞ・・・」と一人つぶやいています。 初ものをいただく時の相方の嗅覚は侮れないものがあるんです。危機回避能力というか・・・(笑)。 アイスクリームとパンの組み合わせでそんな悪いもの(不味いもの)ができるはずがないと、ワタシはスルーします。 まだかなぁ。 金牛角冰淇林はこの店が創始店らしいです。 クロワッサンに穴をあけてアイスクリームを乗せるという単純なアイディアなのですが、かなり受けてますね。 アイスクリームコーンがクロワッサンなんです。想像するに普通に美味しそうですよね。 まず精算を済ませると注文のフレーバーの券を渡してくれます。それでアイスクリームの列に並ぶわけです。 合理的のような実はそんなに合理的でないような・・・列がすごいですからね。結局さばけてないわけです。 ワタシは素直に香草でチャレンジです。 店員さんは牛魔王のような帽子を被っています。この真面目だかふざけてるんだかわからない徹底っぷりが台湾なんですよね。一応、角は金ですね。その名の通りです。 でね、この小姐・・・ソフトクリームを巻き捲きするのが下手くそだったんですよ(笑)。致命的なぐらい。だってワタシの前のカップルの金牛角冰淇林、大失敗してろくろを回すのに失敗した陶磁器のような状態になってましたから。しかも、謝って渡してました(笑)。普通は作り直しでしょう?(笑) で、5分ほど並んでゲットした金牛角冰淇林・バニラ味です。 ん?このソフトクリームは・・・危険なビジュアルだ。台湾で見かける瑞々しくないハズレアイスじゃないですかぁ。 食後の感想です。 一言でいい切っちゃいましょう。 ブーハオツーです(笑)。 アイスクリームは予想通りぱっさぱさのヤツ。期待のクロワッサン部分は固くてぱっさぱさ、まるで乾パンです。アイスクリームを受けとめる台座として、このような固さにならざる得なかったのかもしれませんが、基本的に不味いのは・・・。 食べた方、美味しかったらすみません。あくまで主観ですから・・・でもワタシはだめ。不味いのを食べてるのに相方が笑ってる。そう予想が的中したから。はいはい、すみません。ワタシが悪うございました。 因みにこの店は台北の光華商場(新生)の1Fにも出店してますので、試したい方は三峡まで行かなくても大丈夫です。勿論、流行りの自己責任でお願いいたします。 気を取り直して次に向かったのは、中山路にある「三峡歴史文物館」です。 お気づきの通り、この建物は日治時代に建てられたもので、三峡役場だったそうです。 館内の2Fでは三峡の歴史を紹介したパネル等が飾られていますので、日本と三峡の深い関係を知ることができます。 館内から見える中庭は、どこか日本庭園を思わせます。 明治から昭和初期にかけての日本の重要な建物は、戦中に空襲でほとんどが消失してますので、我が国が歩んできたその時代の歴史を紐解いて想いを馳せるには、台湾で日治時代の建物を探訪するのが良かったりします。 歴史というものは脈々とつながっているものであり、良い時代であれ悪い時代であれ、その時の事実を正確に知り、それをきちんと我々なりに解釈して、次の時代に生かさなければなりません。我々は過去でしか学ぶことはできないのですから。 この時代に生き、我々に今を与えてくれた先人達のしるしをきちんと目で見て、考え、それを次の世代に伝えていく、それがワタシなりの歴史教育であり、日本の学校の机では学べないことだと思います。少なくとも毎年カリキュラムを消化できなくて、3学期にページを飛ばしまくる歴史の授業は他の国ではありえないことでしょう。 歴史の勉強をただの暗記教科にし、結果的に重要度を低めてしまっているのは残念でなりません。なぜなら、我々が国際人になる、世界の中の日本人として海外でアイデンティティを持つためには日本の歴史、文化等、日本というものをきちんと説明できなければならないと思うのです。英語ができてもコミュニケーションがとれるというだけで、それはツールでしかありません。相手が求めているのは「日本人としての我々」であり、我々を通して日本というものを知りたいのだと思います。 日本人の我々が日本のことを説明できなければ、誰が日本のことを説明するのでしょう。その国のロビイスト達でしょうか? 台湾の日治時代の建物や史跡は、ワタシに常に問いかけてくれます。 コンパクトな街なので半日もあれば一通り名所は回れると思います。 台北まではバスを使います。 この702番が、三峡から台北站付近(漢口街)まで直通で行きますので、我々には都合が良いです。 乗ってしまえば安心して車窓観光を楽しめますね。 10分ほど待つとバスがやってきました。運ちゃんに漢口街までと告げると「まじ?」って言われましたが、その後は笑ってました。 ほぼ始発から終点近くまで、そんなに長距離を移動する乗客はあまりいないのでしょう。 途中うつらうつらしながら、無事に台北まで戻ることができました。 漢口街のバス停では乗客は我々だけになってしまいました。 本当に乗ってきやがったな、と小さく驚いていた運ちゃんに札を渡して、バスを降りました。 鶯歌〜三峡のワンデイトリップ。なかなか充実した台北近郊観光でした☆ |



