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黒田はじめです。 |
名所、伝承
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先日、長岡京市の馬場地区に住んでいる友人と食事をした後、馬場自治会館に力石を見学しに行きました。
設置された看板を参考にすると 力石とは、昭和25、6年頃まで各在所(地区)で行われていた「力比べ」に用いられた石のことで、馬場地区には2つの力石が現存し、力の刻印がある石が約50貫(190kg)、もう一方の石が約30貫(110kg)です。 当時、米俵一俵16貫(60kg)を担げることが一人前とみなされており「力石」は力くらべや体を鍛えるために、またはレクレーションやコミュニケーションの手段として用いられていたそうです。 友人の話によれば「昔、この場所に設置される前は、畑に置かれていたので持ち上げようとしたが無理だった」とのこと。 私も触ってみましたがずっしりとした感触でした。 |
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阪急京都本線西向日駅から北へ400m程の所に大極殿(だいごくでん)公園があります。 乗用車で通勤途中、早朝、訪れました。 「桓武天皇が政治を司ったところが大極殿です。 小安殿(しょうあんでん)は、大極殿の後ろの建物を意味し後殿(こうでん)とも呼ばれています。 昭和39年に国の史跡に指定され、現在、大極殿公園として市民の憩いの場となっています。 毎年、11月11日には長岡京遷都を記念して大極殿祭が行われます。」(向日市HPより) 公園には地面が芝生でベンチもあり、寝そべってや座っての花見ができそうです。
古の国ので政の中心で花見をしながら長岡京時代にいざなわれました。
路地を入った所にあります。 長岡京の全景 石碑と桜 |
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今年は天皇陛下御即位二十年です。 乙訓地区の天皇陵、土御門天皇が葬られた金原陵を参拝しました。 標識 道標 入口 御陵 「土御門天皇は1198年、後鳥羽天皇の譲位により4歳で第83代天皇に即位。在位13年の1210年に、弟の順徳天皇に位を譲られました。
1221年の倒幕計画(承久の乱)のおりには、幕府から処罰されませんでしたが、父である後鳥羽上皇や弟の順徳天皇が配流であるのに、自分が都に留まるのは忍びないと、自ら申し出て土佐に流されました。 翌年、幕府の配慮もありより都に近い阿波に移りました。 11年が過ぎた1231年、御年37歳で亡くなり、阿波で火葬に付された後、金ヶ原に安置されました。」 長岡京市教育委員会の看板参照 |
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昨日、長岡京市下海印寺にあるにそと工事館「みちしるべ」に行ってきました。 「みちしるべ」は、にそと(京都第二外環状道路)の情報を完成予想模型や走行シミュレーション、環境情報表示システムや騒音体感システム等の展示により、地域の人々に「にそと」への理解を深めてもらう情報サロン。 資料閲覧コーナーと会議スペース、学習コーナーから構成されています。 到着 航空写真、赤い線が「にそと」です。見にくいので写真をクリックして拡大して頂ければ幸いです。 完成予想模型、大きかったので長岡京市近郊の部分だけ撮りました。 既に完成した大山崎JC 騒音体感システム、実際の騒音が体感できます。 写真は撮っていませんが走行シミュレーションもあり、レースゲームの雰囲気でテレビ画面で「にそと」を走行できます。
館員さんも親切にガイドをしてくれ、将来のインフラの姿がよく理解できました。 今回は、「みちしるべ」の記事でしたが、次回は「にそと」の記事を書きたいと思っております。 |





