KenさんのBLOGS

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今回の大会でも高校生が和帽子の弽を使っているのが目立ちました。
ずうと前に書いた文章があったので紹介します。20年以上前かな。

画像は以前紹介した物です。絵は盛岡藩印西派伝書「弽之書」のものです。

【弽の発達について】

 日本弓術の取り掛け方法はモールスの分類によるモンゴル型です。
このモンゴル型の取り掛け方法は親指だけを弦に掛け引き取るため、親指が非常に痛み強弓や矢数が引けなくなります。それで親指を保護するために手袋をはめます。
この手袋様の弓具を弽と呼んでいます。
 現在、弽の種類には三弽、四弽、諸弽、丁弽などがあり、多くの場合鹿皮製の手袋型で親指に堅い角(木製)が入っています。

 弽についての最古の文献は新選字鏡で、平安朝の頃より公家達によって使われていたと考えられます。それ以前の弽の存在は現在のところ明かではありません。文献に「抉拾、音抉、弦を釣る也」とありますが、抉という中国の弓具が使われていたかどうかは明かではありません。抉とは骨、あるいは角製の指輪で、右手親指に指して弦を支えるものです。
武士達によって弽が使われ始めたのは鎌倉の初め頃だと考えられます。後三年絵巻には右手だけ色を染めた図がたくさんあって、これは手袋をはめた表現だと思われます。

 戦場で武士は弓を引くばかりではなく刀や鑓、馬など他の武具を扱わなければなりませんでした。したがって弽は親指の弦が当たる部分を若干厚くしたていどの手袋様のものが使われていたのです。

 弽の改良や工夫が盛んに行われたのは江戸時代、三十三間堂の通矢が行われるようになってからです。通矢は一昼夜に一万本もの矢を放ち、しかも25圈腺械悪圓龍弓を引いたので、弦を引く親指が非常に痛みました。そこで親指を保護し痛みを和らげ、楽に弓を引けるような弽が必要だったのです。

 親指を皮で固める工夫をしたのは、竹林派二代の石堂竹林貞次だと言われています。また、帽子に堂型のいれたのは江戸初期に通矢に6回も天下一になった大蔵派の祖、吉田大内蔵茂氏(金沢藩士)の発明で、さらに角を入れた工夫は、紀州竹林派の吉見台右衛門経武だといわれています。
また、『尾州竹林流文射の巻』「的弽の説」や『名古屋双書』八巻には、角入れの工夫をしたのは、尾州竹林派の長屋六左衛門忠重(天下一3回)だと記述されています。
 寛永14年頃(1637)から通矢総数が上昇していることからみて弽の改良が行われたのは寛永12〜13年頃だと考えられます。
 大蔵派の伝には、その始祖吉田大蔵(慶長年間の人1596〜)が堂前を射るのに疲労を少なくするため、薬指を付け増し、四弽にしたとあります。
 藩の名誉のため命をかけた通矢で一本でも多くの矢を通すために様々な工夫がなされたのです。堅帽子や、四つ指、大控えなど現在の弽にみられる特徴はみなこの頃に出来上ったのです。

 現在ではほとんどの人が15間小的前にて角入りの硬堅めの弽を使用しています。しかし本来、硬帽子の弽は通矢のために考案されたもので、小的前で使用するものではありません。

したがって,弽の変化によって,射術的に弓を引くことが困難になった事実は、伊勢貞丈(故実家天明四年1784没)や小山高茂氏(弓道講座(一)、日本弓道概論)の指摘するとおりだと思います。

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閉じる コメント(16)

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ますます和帽が欲しくなるなぁ、、

2007/9/11(火) 午後 8:15 [ ryuzoudou ] 返信する

自分も和帽子のカケを使っています。
東京にある、和帽子のカケで有名な弓具店で買いました。
一番安い物\は約\9'000ですが、自分が買ったのは燻してある(?)物を買いました。 それでも\10'000程度と安いですが、17圓らいまで引けるそうです。
見た目が堅帽子とまったく見分けがつかないような和帽子も作れるみたいですが、最低でも\40'000ほどかかってしまうそうです・・・Σ(゚д゚lll)
あと、強い弓では手が痛くて使えないということをよく聞きますが、頼めば30圓任癸苅悪圓任皸けるのも作れるらしいです。
実物を見せてもらいましたが、帽子の先が堅帽子のようにかたく作られていました。
なんか、長々と語ってしまいました・・・(−ω−;A

2007/9/12(水) 午前 2:40 まにゃぶ 返信する

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一番右上の写真は堂射カケですね。通気のため穴から息を吸うんですよね。

2007/9/12(水) 午前 8:11 [ tou**n19*9 ] 返信する

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和帽子使っている人を実際に見たことないのですが、一度引いてみたくなりました(´∀`*)ノシ左手用の弽があるのが面白いですね♪

2007/9/12(水) 午前 8:20 nana 返信する

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ryuzoudouさん一つぐらい持っていると便利で良いですね。
数矢とか,速射の練習もできるし。

2007/9/12(水) 午後 0:25 kenさん 返信する

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蓮さん流鏑馬や騎射は基本的に和帽子でないとできませんね。手綱とったり,鞭とったり,腰から矢を抜いたり番えたり・・・堅帽子では無理ですね。
素手でも13,4キロは平気で引けますよ。

2007/9/12(水) 午後 0:28 kenさん 返信する

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touken1969さん堂射用です。実際に使われていた物ですね。京都の竹林家で保存されている物です。人差し指はちぎれて無くなっていますが,3指とも真っ黒になって,3指で親指の頭をしっかりと押さえていたことが解ります。また控も短いですね。

2007/9/12(水) 午後 0:31 kenさん 返信する

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nanaさん一番左の2つ組は,いわゆる具足としての弽です。
右は堂射用,左手に押手弽をして手裏が痛まないようにしています。また,手薬煉を引いて弓を取り落とさないようにします。
中段は現在の的用の三弽と和帽子です。
下段は立派な四弽ですね。チチワを通さず図のように直接台皮に穴を開け緒を通しています。
韓国の現在の弽です。けつですかね。

2007/9/12(水) 午後 1:16 kenさん 返信する

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そうでしたね。人差し指から”いちにいさん”とかけるんでしたかね。矢数精義書に書いてあったような・・・

2007/9/12(水) 午後 7:05 [ tou**n19*9 ] 返信する

素手でですか・・・
四本の指でなら何とか引けますが、やっぱり指が少し痛いですね(-∧-;)
ところで、丁弽と書いてありますが、どのような物なのですか(?_?)

2007/9/13(木) 午前 0:03 まにゃぶ 返信する

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touken1969さん強い弓を数多く疲れないように引くために四弽に,なったのですから,ガッチリ押さえて使うのが本来の使用方法ですね。
的前に用いられるようになってから,使いづらいので薬指一本だけを親指にかけるようにしたのです。

2007/9/13(木) 午前 8:13 kenさん 返信する

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蓮さん,丁弽(ちょんがけ)は控なしの和帽子の弽の事を言います。

2007/9/13(木) 午前 8:15 kenさん 返信する

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一般常識的質問で恐縮です。見て思ったのですが和帽という弽は弦溝がない物なのでしょうか?また、流派に関係なく使われるものなのでしょうか?恥ずかしい質問なのでこっそり教えてください。

2007/9/15(土) 午後 6:19 [ アラカンの弓道とバイクそして山 ] 返信する

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chaozoo1955さんこっそりお教えします。
和帽子には弦枕がありません。
印西派の目録の第八条に「折目掛の事」というのがあり,拇指の折り目に弦が掛かるので折目掛と云うとあり,また堅掛けと折目掛とでは矢束が異なるとあります。
流派に関係なく戦場や馬上いわゆる要前(敵前,歩射,騎射)では和帽子です一具弽と言います。
通し矢を行う場合は堅帽子や四弽で得意とする流派は竹林派,雪荷派,大蔵派,道雪派,などがあります。

2007/9/15(土) 午後 11:03 kenさん 返信する

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なるほど!戦国時代あのような堅帽子で刀は握れないと思っていました。納得です!

2007/9/16(日) 午前 4:01 [ アラカンの弓道とバイクそして山 ] 返信する

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chaozoo1955さん,堅帽子だと箙から矢も抜けないし,馬の手綱もとれない,捻り掛けもできません。命をかけた戦場で失敗はできませんからね。上の段の左が戦場での弽です。
博物館などにもよく武具のコーナーに展示していますね。

2007/9/16(日) 午後 3:56 kenさん 返信する

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