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               弓   道

http://img.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/b7/50/kuroken3147/folder/1466258/img_1466258_43540266_13 高校時代から始めた弓道,日置流印西派射術を学び,海外にも毎年引きに行ってます。自宅に巻藁射場作りました。 稽古,合宿,試合,審査,道具,文献資料,等々,普段考えていることを書いてます。 ●【過去記事・全リスト】 ●竹弓関連記事・・・・竹弓で検索した場合 ●「礼記射義詳解」「射術の種類と五射六科について」 ●「新調の弽を使う上での注意点」「稲垣源四郎先生手裏と角見の働き」 ●「浦上先生離れ供廖米芦茵 
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弓道アマチュアリズム

今回は私の勝手な戯言です。
弓道の試合で賞状や盾、メダル、優勝カップの代わりに、賞金がでたらどう思いますか?優勝賞金100万円!!
スポーツ流鏑馬ではわずかですが賞金が出るようです。現在はプロスポーツ全盛の時代、ゴルフ、サッカー、野球、テニス、バスケット、相撲にプロレス。スポーツを生活の糧にしている人は大勢います。当たり前のこととして、また有名選手は人間としても憧れの尊敬される立場となっています。
それでは弓道は??弓道でお金を稼ぐことは卑しいことである。賞金や商品を目当てに弓は引くのは邪道である。かけ弓、賭弓は下品で卑しい事である。という考えが強いのではないでしょうか。その根本はアマチュアリズムだと思います。プロに対するアマチュア、アマチュアリズムとは産業革命によって王侯貴族に代わって権力を掌握したブルジョワジーが、労働者を排除するためにつくりあげた「差別思想」で、自らを特権化(貴族化)する道具です。スポーツは時間や金銭的に余裕のある人間ががおこなうもので、スポーツや身体活動で金銭を得るものは身分の低い労働者や貧乏人であ...る。という主張です。
弓道はその昔平安時代から賞品や賞金目当ての賭弓は沢山ありました。武士や庶民のささやかな娯楽として大弓場、楊弓場、矢場がありました。現在でも代射として本射とは別にお金を払えば何回でも参加きる試合があります。代射(ダイシヤ)とはかけ弓、賭け弓の時、的中の強い射手に託して自分の代りに射させること。或は人の代りに射ることです。まさに賞金目当てのプロです。
現在、弓道は誰もが段位や称号を取得することができます。勿論上位の段位や称号は容易ではなくそれなりに多くの努力と時間やお金が必要です。当然余裕がなければ取得できないでしょう。大金をかけ何回も審査を受けている人は多いのではないでしょうか。この様にして取得した、段位や称号が階級として差別化する道具になったり、射品・射格が自らを特権化(貴族化)する手段となったら、それはブルジョワジーの新たな支配者の証となり、弓道におけるアマチュアリズム思想と言えるのかもしれません。

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昨日は仙台青葉まつりで要前射術を披露させていただきました。
午前中早い時間の開始でしたが、沢山の人に来て頂き本当にありがとうございました。
天候にも恵まれ、昨年よりも良い出来だったのじゃないかなと思います。
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「紅葉重の手内」
「紅葉重ね」の名前にこめられた意味
「紅葉重ね」とは藝劫、劫を重ねる、積む、劫績の事である。

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「伊達印西派」(だていんさいは)弓術研究会
「伊達印西派」(だていんさいは)弓術研究会は東北学院大学人間科学科教授黒須憲を中心に東北学院大学工学部弓道部OB会紅葉会(もみじかい)を主体とし、平成21年から活動を開始した。伊達家に伝わった伝統弓術、日置流印西派弓術(へきりゅういんさいは)の復興と継承、保存を目的として活動している。活動内容は弓術伝書の解読理解、小的前射術(こまとまえしゃじゅつ)の稽古、各種儀礼の伝承(道場開き式、七五三射禮(しちごさんしゃれい)、巻藁射禮、小的前射禮)、弓遊びの実施(かわり的)、弓村、要前射術(ようまえしゃじゅつ)の稽古(甲冑射術腰矢組弓(かっちゅうしゃじゅつこしやくみゆみ))などを定期的に行っている。これまで2回伊達印西主宰の大会を開き、また、仙台青葉まつり、石巻一ノ蔵弓道大会3回、尚絅学院高校道場開、宮城教育大学附属小学校などで要前射術腰矢組弓の演武を行った。今年から吉田家第13世当主吉田清明を迎え伊達印西派宗家として体制を整えた。
活動場所は、東北学院大学泉キャンパス黒須研究室、多賀城キャンパス工学部弓道場、...遠刈田梨割弓道場
伊達家と日置流印西派
日置流印西派弓術は、日置流印西派流祖吉田一水軒印西(よしだいっすいけんいんさい)の長男(二男、吉田久馬助重信(よしだくめのすけしげのぶ)は将軍徳川家弓術師範)吉田伊豫重勝(よしだいよしげかつ)により伝えられた。重勝は慶長6年(1602)年に仙台藩につかえ、馬術や新田開発に功績があり、弓術もまた藩士を指導し弟子は百有余人にもなった。その子である吉田六左衛門重朝(ろくざえもんしげとも)もまた江戸に於いて将軍家弓術師範の叔父久馬助より印西派弓術の印可を受け、弓術をよく行った。その後吉田家は代々伊達家家臣として勤仕し現在まで継続している。現在は第十三世当主吉田清明氏が伝書類を保管している。
詳細は黒須憲「仙台藩(伊達藩)に於ける日置流印西派の伝播」東北学院大学教養学部論集第151号(平成21年12月)参照

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的に書く文字「鬼」

的に書く「鬼」の文字
よく的の裏に鬼の字を書くことがありますね。
ある「オビシャ(御歩射)」神事では悪霊退散と五穀豊穣を願って、「鬼」と書かれた的を弓矢で射ぬくと紹介されています。

イメージ 1弓矢は源頼政の鵺(ぬえ)退治とか、破魔弓・破魔矢、葦の矢・桃の弓 -蓬矢(ほうし)・桑弓(そうきゅう)、弦打ち、鳴弦など、穢れ・邪気・魔・厄などを、祓い清める呪術的な効果があり、正月にはその年の吉凶を占ったりします。その様な事から人に災難をもたらす鬼を射祓う。と言う意味で的に書かれた思われます。しかしこれは誤りです。
イメージ 2本来は「甲」と「乙」と「厶」の3字を合成した字です。
「厶」は「无(なし)」の略字で無の意味です。甲乙なしと読みます。
書物には「甲矢(はや)乙矢(おとや)に優劣なしという義にて所謂中を招くの表なり甲乙ありては無論中なし而しては字は通俗用ゆる所の鬼の字にあらす隠字なり」とあります。しかしこれもなんとなくしっくりきません。
以前オビシャは御日射で射日神事であると述べました。的は日で太陽です。
甲・乙は十干で、五行を兄(エ)と弟(ト)とに分けた、甲(キノエ)・乙(キノト)です。十干は太陽に付けられた名前です。殷では、10個の太陽が存在してそれが毎日交代で上り、10日で一巡りすると考えられていました。1巡は1旬で上旬、中旬、下旬と分けられました。中国には、堯帝の時代にその10個の太陽が一度に出て、草木が燃えるほど暑くなってしまったので堯帝が弓の巧みな羿という者に命じて9つの太陽を撃ち落とした、という射日神話があります。三重県鳥羽市(神島町)ゲーター祭は「天に二つの日輪なく、地に二皇あるときは世に災いを招く。若し日輪二つある時は、神に誓って偽りの日輪は是の如く突き落とす」と言われ伝承されています。甲乙なしというのは的は太陽で「天にニ日なし」との意味と考えられます。
甲は木の兄で草木の芽生え、鱗芽のかいわれの象意で、乙は木の弟陽気のまだ伸びない、かがまっているところの象意です。
イメージ 3従ってこの字もまた八咫烏と同様、太陽を表し、天に太陽二つなしとして冬至の力の弱まったイメージ 4太陽を射て、草木の萌える春に向けて新たな太陽の誕生と再生を願う射日神事の的であると言えます
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