事件は12月21日午後2時頃、京都府伏見区の市立日野小学校の校庭で起こった。小学校2年生の中村俊希君(当時7歳)が同級生7人とジャングルジムで遊んでいたところ、目出し帽をかぶった若い感じの男にいきなり切りつけられて、殺害された。 犯行には洋包丁が使われ、俊希君の顔、首、腕、手のひらなどに切傷があったが、致命傷は首の傷で、長さ約20センチ、首と胴体はほぼ離れかかっていたという。 京都府警は直ちに所轄の山科警察署に捜査本部を設置。約90人の捜査員を動員して犯人の特定を急いだ。 犯行現場には凶器となった長さ約30センチの洋包丁一丁、金づち、殺虫剤などの容器などの遺留品が、また、現場から約400メートル離れた、逃走経路となった児童公園には、紺の付着した紺色のフードつきジャンパー、逃走に使われた自転車、黒の目出し帽と右手の手袋、ナイフが見つかったが、その遺留品の多さは、あたかも犯人が捜査機関に挑戦しているかのようだった。ジャングルジムの近くには犯行声明らしき、こんな文章も残されていた。 「私は市の小学校を攻撃します。理由は恨みがあるからです。今は逃げますが、あとで名前をいうつもりでいます。だから今は追わないでください。私を識別する記号→てるくはのる」
児童たちの「(自分の)お兄ちゃんぐらいだった」という目撃情報や、犯行声明文の全体的に角ばった文字と、子供っぽく、たどたどしい文章などから、当初、犯人は中学生か高校生と想定され、現場一帯の聞き込みが開始された。並行して、遺留品の入手ルートやその購入時期の特定作業(ナシ割)も綿密に進められたが、ほとんどの遺留品が近隣の量販店で入手できるものであったため、捜査は難航した。 逃走経路の割り出しに当たった捜査員は、「計画的な半面、目立つ服装で犯行に及び、それらの多くを現場周辺に遺留した手口は、まるで幼稚で理解に苦しむ」と漏らしたが、化的にそれらすべてが周到に用意された犯行計画の一環だったのである。 捜査開始からおよそ1週間を過ぎた頃、伏見区に隣接する宇治市の量販店から犯行の2日前(12月19日)に「鞘つきナイフなど遺留品と同じ商品3点をかつ購入した若い男が防犯ビデオに撮影されている」との情報が寄せられ、捜査は進展するかに思われた。 捜査本部はどよめきたったが、任意提出を受けたビデオテープは画質が悪く、正確な人物の特定には至らなかった。しかも、ビデオに映っていた男は、当初予想されていた犯人の年齢層より高く、対象年齢も捜査はいも拡大せざるを得ず、むしろ犯人の絞り込みは困難になっていった。 犯人は捜査の動きを事前に予測し、大量生産品を分散して調達し、捜査の撹乱を狙っていたのだ。しかしその後、犯人が逃走途中に乗りせたと思われるスポーツ自転車が大阪府の枚方市内で購入され、防犯登録の住所欄には、宇治市内に実在するレンタルビデオ店の住所地が記入されていることが分かった。 捜査本部はビデオ店の顧客リストの分析を進める一方、対象年齢を防犯登録にあった。20歳前後に上方修正し、京阪、近鉄、阪急の各鉄道沿線を管轄する警察に対して、犯人に繋がる有力情報の吸い上げを依頼した。やがて、遺留された自転車を購入した男と量販店の防犯ビデオに撮影されている人物とか酷似していることが判明。ついに伏見区内に住む21歳の男が捜査線上に浮かび上がってきた。 次回は、大失態はそこから始まった(p45)
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