黒木昭雄の「たった一人の捜査本部」

小原勝幸を容疑者とするこの事件は、言いようのない不正義な社会構造を見せつける事になった。遺作小説『神様でも間違う』完成。

連載 警察はなぜ堕落したのか

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大失態はそこから始まった
(p45)
 平成12年2月5日午前7時00分頃、京都府警山科警察署特別捜査本部の捜査員19名は3個班に別れ、捜査線上に浮上した岡村浩昌容疑者の住む公営団地の一室を訪れた。「おはよう御座います。山科警察ですが、岡村君に聞きたいことがあります。ちょっと玄関を開けてもらえますか」
 この声に、岡村容疑者は一瞬凍り付いたに違いない。寝起きで思考力に乏しい時間の朝がけは、容疑者を落とすのに効果があるのだ。しかし、岡村容疑者は玄関の鍵を開けることさえも拒否し続けた。
「いきなり訪ねてくるのは失礼や、今日は友達と会う約束がある」
台所の小窓から説得を続ける捜査員は、任意同行にうろたえる岡村容疑者の目を見た瞬間、彼が本ボシであることを直感した。同時に、焦りを感じた。しまった、「お札(家宅捜索令状)」がない。捜査員は手ぶらで来ていたのだ。岡村は捜査員の困惑した表情に付けこんだ。「捜査令状を持っているんですか? ないなら帰ってくれますか、僕は忙しいですから」「何を言ってるんだね、ドアを開けるのに令状は必要ないだろう」
岡村はこの時確信したようだ、「ごねれば逃げられる、絶対に捕まらない」と。
 しかし、まだ早朝ともいえる時間帯に、捜査員19名が容疑者宅を訪れたのだから、この作業は捜査会議の決定に基づいて慣行されたことは明らかである。にもかかわらず、捜査員は家宅捜索令状の発布を受けぬまま岡村容疑者に接触を試みた。それが間違いの始まりだった。
 任意同行の申し出を頑強に拒み続ける岡村容疑者が、「公園でなら話をする」と態度を軟化させた時、捜査員の脳裏をよぎったのは「任意同行によるキレイな逮捕(実況に基づく通常逮捕)」という手柄だったのだろうか。
 いずれにせよ、午前8時30分に京都地検が発布した捜査令状の到着を待たずに、午前8時20分、捜査員は岡村容疑者に向島東公園へと引きずられていった。
しかしあとわずか10分、岡村容疑者の動向を確認し、その場にとどまってさえいれば、さらに11時7分に岡村容疑者宅の家宅捜索が始まってまもなく、犯行を裏付けるメモが発見されたにもかかわらず、公園で説得に当たっている捜査員に連絡が入った形跡はない。捜査員は極めて楽観的に、同行、通常逮捕、事件解決という都合の良いシナリオを描いたのだろう。
 どのような理由にせよ、捜査員みずからが決定した選択肢ならば、その責任を貫かなければならないときがある。まさしくこのときが、それだった。私は現職警察官だったころ、心証の中に限りない犯罪への蓋然性を感じた容疑者が、強烈に抵抗した場合、たとえ1人であっても、公務執行妨害剤の適用を念頭において説得を続けたこともあった。
 例えばこの事件の捜査員は何の手だてもなく岡村容疑者の言いなりに向島東公園に引きずられていったようだが、本来なら、あらかじめ玄関先に車を配置し、団地の階段を降りたところで強引に乗せる事もできたはずだ。

次回は、現場にいった京都新聞記者の影響(p47)

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