黒木昭雄の「たった一人の捜査本部」

小原勝幸を容疑者とするこの事件は、言いようのない不正義な社会構造を見せつける事になった。遺作小説『神様でも間違う』完成。

連載 警察はなぜ堕落したのか

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容疑者を見失ったのはどこなのか
(p53)


 これ以外にも、岡村容疑者死亡に関する京都府警の発表内容は、マスコミにその矛盾をつかれるたびに、猫の目のように変化した。いちいち数えあげたら切りがないが、訂正された最新の発表だからといって、それが真実であるとは考えにくい。
 とはいえ、すべてがウソというわけではないはずだ。
私の二十三年間の警察官経験からわかったことは、警察はゼロからつくりあげるような
発表することはないということだ。むしろ、いくつかの事実関係をたどりながら最終的に自分達に都合の良い結論に導く[癖]があるのだ。
 私は計六回、現場に足を踏み入れ、現場検証と目撃情報の収集をおこない、京都府警の発表内容の矛盾を探し、岡村容疑者死亡までに展開されたであろうストーリーを組み立てた。
 警察の公式発表では、捜査員はただちに追跡を開始したが、現場から約百メートル北西に向かった国道24号線に交差するガード付近で失尾した(見失った)となつている。
 私は岡村容疑者が逃走したとされる経路をたどってみた。肝心の逃走ルートについては「捜査上の秘密」ということで明らかにされていないが、逃走現場から失尾地点までは、三つのルートが考えられる。当日の捜査員の配置状況や目撃証言から推測すると、公園の西側端を北西に走ったと考えるのが合理的である。
 このルートで失尾地点まで向かうと、曲がり角が四カ所ある。しかし曲がり角とはいっても、いずれも網のフェンスが設置されているだけで、見通しは悪くない。問題のガード付近は直線の道がつづく。ガードを抜けた直後の通称奈良街道は、比較的交通量は多いものの、仮に信号が赤だつたとしても、これを無視して渡りきれないほど交通が激しいわけではない。おそらく岡村容疑者と捜査員はこの横断歩道を走り抜けたのだろう。
 京都府警は岡村容疑者を国道24号線に交差するガード付近で見失ったと一貫して答えているが、足の遅い捜査員ぞろいであった場合、高校時代に陸上部に所属していた岡村容疑者が逃げだした時点ですぐに見失っていたのではないか。ところが、京都府警は岡村容疑者がガード付近まで走っていったことを確認している。ということは捜査員のなかに岡村容疑者に匹敵する俊足の者がいたということだ。であるならば、ガード付近で見失ったとは考えにくく、その先にある、遮蔽物の多い近商ストアではじめて見失ったと考えるほうが自然なのだ。

なぜ封仙鎖されたストアから脱出できたのか
(p54)
 さらに、「近商ストア」での岡村容疑者と捜査員の追跡劇についてである。私は、仮に捜査員が岡村容疑者を見失ったのが「近商ストア」だったとしても、報道されたような「追跡劇」はなかったと考えている。
イメージ 1

 正午に近い時間で、近商ストアは多くの買い物客で賑わっていたから、警察発表が本当だとしたら、目撃者がいても不思議ではない。ある男性は 「若い男が小刻みに商品の陳列棚をまわり込んで、エスカレーターを逆走して逃げた」と詳細に証言している。
 しかし、この種の証言を鵜呑みにするのはいささか危険である。第一に、若い男が岡村容疑者であるという確証はない。第二に、岡村容疑者を取り逃がして血眼になって付近を捜索していた捜査員たちは、携帯する無線機に不確実な情報が飛び込んでくるため、そのたびに右へ左へと動きまわることになる。このようなとき捜査員は、必ず二人一組で縦隊となつて走る。傍目には、それが捜査員による犯人の追跡劇にも見えるのだ。 さらに、外見上、近商ストアの出入り口は二カ所しかないように見えるのだが、じつは岡村容疑者が近商ストアから脱出することのできるもう一つのルートがある。近商ストアは二階建てで屋上部分が駐車場となっており、そのスロープを下れば、たとえ頑強な捜査員が一階部分の出入り口を封鎖していても、難なく脱出が可能なのだ。近商ストアの近所で育った岡村容疑者にとって、この建物はいわばグランドエリアであり、勝手知ったる他人の家なのだ。近商ストアに追い込んだ足の速い捜査員からの通報で、近商ストア一階の出入り口は完全に封鎖されたが、屋上に出入り口があることを捜査員が知るまでに相当の時間がかかり、「追跡劇」が展開されることもなく、岡村容疑者はまんまと逃げきった可能性がある。
 つまり、捜査員は一度ならず二度までも逃走を阻止することができなかったわけだ。それを隠すために捜査本部は 「ガード付近で見失った」、「封鎖したが突破された」と矛盾した発表をしたと考えられる。
 その検証は後述するが、岡村容疑者が死亡した十二時四十分ごろまでには、こんな展開があったと考えられる。
 岡村容疑者は正午ごろには捜査員の追跡を振り切り、近商ストアからの脱出に成功したが、捜査本部は岡村容疑者がいまだ近くに潜伏していると考え、仝警察官に村して地割検索を指示していたはずだ。そのため、岡村容疑者は「このまま走ると見つかってしまう」と、三十分ほど隠れていたのだろう(地割検索というのは、一人ひとりの警察官に対して面積を区切って検索個所を指定することである。担当区域の駐車場、空き地、ごみ集積所などすべてがその警察官の責任区域となる。また高所配置警戒員に指定された者は、担当するビルの全階を検索し、林立するビルを外見から観察するとともに、文字どおり高所から階下の様子を監視するのが任務である)。
 しかし、十二時三十分、近商ストアから十数メートルのところにある十四階建て公団住宅(五五頁の図にあるように、この団地は上から見ると「ロの字」型に立ち、建物の中央に吹き抜けがある)の一階ごみ集積所近くに潜んでいた岡村容疑者は、捜査員に発見され、「何をしている」と一喝されて脱兎のごとく飛びだし、公団住宅の階段に逃げ込んだ。
 その状況を目撃した女性は証言する。「何かわからないけど、ごみ集積所のところから若い男が、慌てて公団の入り口に走って行きました」
 じっはそのころ、近商ストアの屋上で検索をおこなっていた捜査員二名がストアのエスカレーターを逆行し、一目散に玄関から出ていく姿を複数の人間が目撃している。また同じころ十四階建て公団住宅の入り口付近に走り込む捜査員らしき者二名の姿を近所の飲食店主らが目撃しているが、着衣などから判断すると、この二名は近商ストアから飛びだした捜査員であると思われる。
 岡村容疑者を発見した捜査員が「岡村容疑者を発見した。十四階建て公団住宅の階段を現在上階に向かって追跡中」と無線で本部に一報。これを聞きつけた捜査員二名が近商ストアの屋ら店内をバタバタと駆け下りて公団住宅の階段入り口に駆けつけ、すでに正午すぎには公団階に配置されていた捜査員も上階から階段を下り、岡村容疑者を挟み撃ちにする作戦に出たろう。

(次回私の推理)p58

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