黒木昭雄の「たった一人の捜査本部」

小原勝幸を容疑者とするこの事件は、言いようのない不正義な社会構造を見せつける事になった。遺作小説『神様でも間違う』完成。

連載 警察はなぜ堕落したのか

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私の推理
(p58)

以下、私の推理を展開してみよう。

捜査員はコンクリートの狭い階段を必死に駆け上がり、岡村容疑者を追いつづけた。
岡村容疑者は階下から迫りくる捜査員の激しい息づかいと、コツコツと響く冷たい足音に恐怖を感じた。

「絶村に捕まりたくない、僕が捕まるはずがない」
「岡村、もう観念してあきらめろ、逃げ場はないぞ」

 追う者と追われる者との精神的疲労の度合いはちがう。
目の前が真っ白になり、これは現実ではないという錯覚に岡村容疑者は陥ったのだろう。

「来るな来るな」

岡村容疑者は上着のポケットからナイフを取りだし、鞘を抜き捨て、迫りくる捜査員に突きつけて威嚇した。
夢遊のなか、一気に駆け上がった岡村容疑者は灼熱の熟さを感じて、上着を脱ぎ、シャツを脱ぎ、ズボンを脱ぐ。

 警棒すら持たない捜査員は一瞬怯んだ。しまった、武器がない。
「バカなことはもうやめろ、あきらめろ」

 十一階の踊り場で岡村容疑者は靴を脱いだ。
いよいよ本気で逃げる準備をはじめたのだ。
彼は子供のころから本気で逃げるときには靴を脱ぐ癖があったのだという。

 狭い階段では岡村容疑者を取り囲むことができない。
間隔を詰めながらジリッ、ジリッと追いつめていく。

 岡村容疑者が何度もこの団地を訪れているのを住民に目撃されており、彼は団地の構造を熟知していたものと思われる。

 じつは屋上への階段は頑丈な鉄柵で封鎖されていて、それより上には上がれない。
屋上に逃げ込むためには雨どいを伝ってのぼる以外に方法はないのだ。

 岡村容疑者はナイフを突きつけて盛んに抵抗しながら、屋上に逃げ延びることを決心する。
公団住宅の吹き抜けに面した中廊下の手すりに意識して背を向け、ナイフを捜査員に投げつけた。

その瞬間、手すりから直径約二十センチの雨どいに飛びついた。

「岡村やめろ、危ないからやめろ、戻ってこい」
 と、捜査員は諭した。手を伸ばせは容疑者の足に手が届く距離ではあるが、捜査員は転落の恐れを感じて身動きできない。
無言でのぼりつづける岡村容疑者を、捜査員はただ無言で見守る以外に手立てはなかった。

 雨どいが屋上に通じる最後の部分には、行く手を阻む「忍び返し」がある。
先端のとがった鉄の棒が約七十センチ外側にせりだしているものだ。
その名のとおり忍者でもそれ以上は進めない。

しかし、岡村容疑者は十四階部分の軒下に沿って横たわる雨水パイプに両足をあて、滴身の力を込めて這い上がろうとした。

その瞬間、足をすべらせ、仰向けの状態で下方に転落していった。

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