山口県警の捜査の動きを時間軸に沿って振り返ってみよう。 九州自動車道の太宰府インターチェンジ付近で事件が発生したのが十三時三十五分。北九州市で女性丁人が「トイレ」を理由に脱出、十四時四十七分に門司付近で福岡県警へ通報したことから事件が発覚した。 前出の中津室長の説明によると、山□県警に第一報が入ったのは十五時四分で、その四分後に高速隊と中国自動車道沿線の警察署に緊急配備を指令。美祢インターチェンジ付近で下り車線を走る高速隊パトカーが上り車線のバスを同二十二分に発見した県警側は、ここで重要な捜査方針を決定する。 中津室長はつづいてつぎのように語った。 「中国道を行けば湯田パーキングエリアで、山陽道ならば佐波川サービスエリアか下桧サービスエリアでバスを停車させる。ただし佐波川サービスエリアではバス発見場所の美祢インターチェンジからの距離が近すぎて対策がとれない。そのため、 (美祢インターチェンジから七十八キロの距離にある)下松サービスエリアに集結、バリケードなどで停車させるべく、PC(パトカ上を配備した) 県警本部通信指令室からこの指令が出されたのが十五時二十七分。数分後には緊急配備された警察官四十六人、パトカー十四台が下松サービスエリアに集結し、七五頁の図にあるように、パトカー七台で阻止線をつくった。つまり、山□県警は当初、下松サービスエリア内においてこの事件を解決する作戦だったのである。 同じころ、山□県小郡町でバスから飛び降りた女性から重大な報告が県警本部にもたらされ る。「車中に二人の負傷者が出ている」というのだ。 容疑者から携帯電話で一一〇番通報が入るのは、負傷者の存在が判明した数分後のことだった。 容疑者は「拳銃を持ってこい」「道路を封鎖するな」「パトカーをどかせ」などとつぎつぎに要 求を出す。十六時九分の連絡の際は、興奮した様子で「ポリ公、きいちょるか。こっちには六歳 の女の子を人質にしちょる。お前らと取り引きする、岡山の吉備サービスエリアで全員を解放す る」と通告してきた。 山□県警本部指揮室から「封鎖解除」の連絡があったのはこの通告から十分後、まさに高速隊 のパトカーがバスを先導して下松サービスエリア内に誘導させている最中だった。一方、下松サ ービスエリアではすでに山□県警がエリア内の一般車輛を排除してカラにし、下松警察署長、同 刑事課長以下、捜査員が待機していた。 このとき、本線上のパトカーヘの「封鎖解除」の指令と並行して、バスを先導してエリア流人 車線に入っていたパトカーに、「下松サービスエリアを通過せよ」との作戦変更の指令が下った。 ところが、「封鎖解除」の指令はあったものの本線はまだパトカー七台によって封鎖されており、 解除されるまでのあいだ、バスはその場に停車することになった。解除指令を受けたパトカーと 指揮室とのあいだでいかなるやりとりがあったかは不明だが、このとき県警本部指揮室には、小 田村初男本部長、杉江刑事部長以下五十四人の警官がつめかけていた。決定権者は当然、本部長 本部からの「解除指令」に、封鎖していた現場の警察官全員が激怒したという。 「おい、命令じや、PC(パトカーどかせや) 「ええんか、知らんぞ……」 そんなやりとりが交わされ、せっかく止まったバスがふたたび走りはじめた直後、一人の男性 乗客が窓から車外に飛び降りた。バスが止まったことでやっと助かるとの期待が乗客のあいだに 広がった刹那、ふたたび動きだしたので、「今しかない」と、極限状態に追い込まれて飛び降り たのだろう。しかし、これに激昂した少年は、女性の乗客一人を剌して殺害したのである。 山口県警は乗客を「見殺し」にしたといわれてもしかたがない。この疑惑に対し、杉江県警刑 事部長は、私につぎのように釈明した。 「少年は興奮状態にあり、人質の少女が危険にさらされる可能性があった。(バスを通過させたこと は)今でも最善の策だったと思っている。バスが完全に停車したかどうかは、今後の検証を待つ しかない」 |

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