p95-97 三月十三日のことである。 A少年の両親が雇った弁護士から「今後の話し合いは弁護士である私を通してほしい」という内容証明付きの手紙が被害少年の母親のもとに届いたのだ。 双方とも警察に見捨てられたうえ、被害者側には暴力団の組長を父親に持つK氏がつき、加害者側には弁護士がつくといった展開となった。 交渉が決裂し、ただちに打って出たのは被害少年の母親だった。 翌三月十四日、K氏の紹介で、ある警察署の暴力団対策係の刑事に被害届の受理を願い出ようとしたが、他の部署に異動していたことがわかり、この暴力団対策係員から、中警察署の暴力団対策係を紹介され、はじめて事件として受理されたのである。 このK氏、地元では被害少年を励ました「正義の昧方」として報じられ、被害届提出までのいきさつも美談とされている。 ところがじつは、そんなに簡単な話ではなさそうなのだ。 もし本当に「正義の昧方」なら、A少年の両親から「被害届を出してほしい」と言われた段階で警察沙汰にしていたはずだ。 しかし、K氏はそれをせずに私的な示談に持ち込もうとしていたのだ。 「中署に届け出があった、(この事件は)中署でやるから緑署は応援をだしてくれ」と指示がきたという。 「ちょっと待ってくれ、こりゃ俺んとこの管内だ。 すでに相談があって、まさにやるところだった。署長の立場として納得いかない」 と緑警察署の署長は主張したが、本部は「中署に届け出があって、たらいまわしにはできない。 それに中署のほうが態勢が大きくていいだろう」と言って、縁警察署の主張に取り合わなかったという。 私はこの署長の気持ちが手に取るようにわかる。 当時、署長は着任まもない時期だった。 そこにふってわいた「五千万円恐喝事件」だ。これを無事に処理すれば手柄になる。 ところが、まさにその態勢を組もうとしていた矢先、本部から「それは中署がやるから……」といきなり電話が入ったのだ。 「トンビに油揚げをさらわれる」とはこのことである。 しかし、これはあくまで元警察官としての私の感想である。 署長の気持ちのなかにあったのは、所轄の縄張り争い(このセクショナリズムについては第二部で述べる)以外のなにものでもなかった。 しかし市民にとっては所轄など関係ない。 目の前の事件に素早く対応してくれなければ困る。 少年係の手がすいてから事件シフトに態勢を整えようというのは、こちら(警察)側の言い分にすぎないのである。 |

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