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しかしその直後から、地元住民から嘆願書が提出されるなど、過去の警察官による拳銃使用事件とは異なる展開を見せている。長野県警本部は、暴走するバイクを運転していた少年に拳銃を突きつけたとして、平成十二年五月九日夜、諏訪警察署・下諏訪町交番動務の巡査部長を特別公務員暴行陵虐罪の容疑で逮捕し、同日付で懲戒免職処分にした。 この事件の真相について述べる前に、元警察官としての私の体験もふくめて、警察官と拳銃の問題を述べてみたい。
制服警察官の装備品(個人)は警察手帳、警笛、特殊警棒、手錠、拳銃である。
以前はこれらに加えて、捕縄という昔ながらの捕り縄もあったのだが、現在の制服に変わったとき(平成六年)に捕縄は廃止となった。捕縄というのは時代劇に出てくる岡っ引きが、賊を捕らえて「えぇい神妙にしろおぃ」と言いながら縛りあげる縄のことである。江戸時代の昔から使われてきたこの捕縄は平成になって姿を消したが、当時を知る現場の警察官には少し寂しい気持ちがあった。というのも、現代のような進んだ社会においても、実用的な捕縄は現場警察官にとってひじょうに役に立つ装備品だったからである。 たとえば事件の現場に臨場したときに人の通行を遮断する、あるいは傷害事件で腕に傷を負った被害者の出血を止めるためにその上部を縛りあげるのに使用する、さらには突然の雨で制服がずぶ濡れになったとき、交番の中に捕縄を張って制服をつるして乾かしたこともあった。 このようにアイディアしだいで捕縄はさまざまな利用のしかたが考えられるのだが、現場警察官にとって愛着とこだわりがある道具を簡単に廃止してしまうというのも、警察組織の上層部は現場を何もわかっていないことの表れと言ったら言いすぎだろうか。 それはともかく、警察官にとって「魂」と呼べるものは、やはり警察手帳と拳銃である。 とくに拳銃は用法上人殺しの道具であるため、その使用は法律、内規、規範などによって定められており、当然厳しく管理規制されている。
私がはじめて拳銃を手にしたのは今から約二十五年前、警察学校の学生時代だった。
はじめての拳銃の授業で、目の前に「銃架」と呼ばれる木製の拳銃立てに並べられた異様に黒ぐろと光る拳銃を見たときの、あのぞくぞくとする興奮は今も鮮明に覚えている。拳銃が警察官にとって神聖なものであることは、「拳銃貸与式」と呼ばれる独特の儀式の存在によってもわかる。この拳銃貸与式では、警察礼式にもとづいて、第一教養部長から一人ひとりの学生が一丁ずつ拳銃を貸与される。 警察の装備品は数々あるが、貸与式という儀式をもって貸与されるものは拳銃しかない。それは、拳銃が人の生命を左右する武器であるがゆえに、警察組織が拳銃を神聖化し、特別な扱いをすることでそのことを戒めるのである。 日本国内で拳銃の使用・所持が認められているのは警察官のほかに自衛官、海上保安官、麻薬取締官、税関職員、人国警備官、監獄官吏などであるが、常時携帯を認められているのは警察官だけである。 ちなみに現在、制服の警察官が所持する拳銃は「スミス&ウエッソン(エアーウェイト)、通称S&Wと呼ばれる限定発射能力五千発の、アメリカ製の使い捨て38 口径5連発式拳銃である。 以前使用していた「ニューナンブ」と呼ばれる拳銃は純日本製で、小型で精度もよく、現場警察官の評判もよかった。ところが、このニューナンブも捕縄と同じ時期に姿を消した。 その理由は「新型の制服には大きすぎる」ということだけだったが、実際にS&Wを着装してみると、わずかに銃身が短いだけで、さしたるちがいはないと感じた。制服のデザインに合わせて「全警察官の拳銃を変えてしまおう」などという発想はまったく無意昧であり、それにかかる莫大な経費を考えると、まったく納得できなかった。 |

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