黒木昭雄の「たった一人の捜査本部」

小原勝幸を容疑者とするこの事件は、言いようのない不正義な社会構造を見せつける事になった。遺作小説『神様でも間違う』完成。

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拙著『警察腐敗』(講談社)より

【02】警察庁長官狙撃事件の怪

「本富士会」 に傷をつけるな!


  この一件では、井上幸彦警視総監が辞職したのをはじめ、警視庁幹部ら九人が処分を受けた。本富士署関係では、前警備課長が処分され、署長も減給処分になった。

  しかし、これは偶然なのだろうか。警視庁発足以来、守り続けられていた「キャリア署長」の歴史と伝統が、たまたまこの大不祥事の直前に途絶えていた、とはどうしても考えられない。偶然にしては、あまりにもタイミングがよすぎるのだ。

  じつは、本富士署初のノンキャリ署長就任は、ハナから「オウム対策シフト」ではなかったのかと、本富士署関係者のあいだでは、いまでも信じられているのである。

  水元正時署長が着任したのは一九九四年七月のこと。前任の伊藤智署長は、もちろんバリバリのキャリア・エリートだ。二人が交代したのは、あの松本サリン事件から約一カ月後のことだった。当時は、まだ誰もサリン事件とオウム真理教を結びつけて考えることができていない時期である。

  事実、事件を捜査していた長野県警の刑事部は、近くに住む会社員を有力な被疑者と見立てて、マスコミもそれに沿った報道を繰り返したため、後に重大な「報道被害」として問題化することになったことだ。ところが、事件発生からわずかしか経っていない九四年九月、マスコミ各社に「サリン事件の犯人はオウムである」と断定した「松本サリン事件に関する一考察」と題する怪文書が送られていた。出所不明で誰が書いたかはわからない。だが、オウム捜査が進むにつれ、その文章に書かれたた内容が、ほとんど真実だったことが判明する。

  いったい誰が、なんの目的でこの怪文書を書いたのか。文書の作者はなぜ、当時ほとんど解明されていなかったオウム真理教の内部事情に通じていたのか。

  ジャーナリストの立花隆氏は、国松長官狙撃事件後「週刊文春」 に寄稿した「オウムとサリンの『深い闇』」と題する論文で、問題の怪文書の作者は「オウム内部に入った公安のスパイである」と指摘した。

  立花氏によると、日本の公安警察は九〇年の総選挙でオウム真理教が多数の候補者を立てたころから同教団を「監視対象」として着々と捜査体制を築きあげ、自衛隊や警察などが組織へ侵入したオウム信者の割りだしを進めていたという。

  つまり、公安警察は警視庁が教団から光ディスクを押収するよりずっと前から、小杉巡査長の「存在」を認識していた可能性があるというのだ。

  公安部の実態について詳しく書く余裕はないが、これは十分ありうる話だ。
  公安情報を得た警視庁トップが本富士会の伝統を守るために対策を施した。これがノンキャリ署長誕生の背景にある「裏事情」であるというのが、当時を知る本富士署関係者の一致した見方なのだ。

  じつは、その栄えある初ノンキャリ署長となった水元氏の前職は、警視庁公安部の中枢に位置する公安理事官であった。水元氏はその後、第八方面副本部長に転出するが、後任の石川末四郎署長の前職も公安理事官で、しかも、本富士署長の後は公安四課長に就任しているのである。

  本富士署の署長が二代続けてノンキャリアの、しかも公安畑の人間が就任するということは、それまでの警視庁の常識ではまったく考えられないことなのだ。このことからも、立花氏の分析はきわめて的を射ていたと思う。ちなみに、事件から五年たったいまも、本富士の署長は「ノンキャリ」だ。かつての同僚に問い合わせると、「われわれのあいだではオウムに関するすべてのカタがつくまで、ノンキャリ署長が続くだろうといわれているんですよ」ということだ。

  ただ、誇り高い本富士会にとっては、いささかの「救い」があった。オウム事件の一年半前に就任した水元署長が本富士署はじまって初のノンキャリ署長で、したがってキャリアに傷をつけることはなかったのは、彼らにとってさいわいだったとしかいいようがない。

  それはともかく、猛毒ガスを使用して無差別殺人におよび、全国民に恐怖を与え、世界中を震憾させた犯罪史上類例のないオウム真理教が介在しているとされる警察庁長官狙撃事件において、警視庁の現職警察官が容疑者として浮上してきたというのに、この一件が発覚した当時、新聞はいずれも「警視庁は警察庁へも報告していなかった」と書きたてた。

  新聞に掲載された二通日の告発状の内容が、内部の者しか知らないような詳細におよんでいたため、警察庁が警視庁に問い合わせて、事態を知るところとなったというのである。各紙のインタビューに応えた国松長官自身、「そらもうびっくりした」などと語っていた。

  しかし、このようなことは、警察の常識からして絶対に考えられない。警視庁に配属されたキャリアと警察庁のあいだにはしっかりしたパイプが通っていて、秘密情報を共有することはあっても、情報を秘密にしあうことなどあるわけない。事件発覚のきっかけになったとされる投書にも「当庁と警察庁最高幹部が……」という記述が見られるとおり、内部の者なら誰だって知っている「常識」である。そして、当時の警察庁最高幹部といえば、狙撃された国松長官その人である。

  ちなみに、国松長官も本富士会のメンバーだった。


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