黒木昭雄の「たった一人の捜査本部」

小原勝幸を容疑者とするこの事件は、言いようのない不正義な社会構造を見せつける事になった。遺作小説『神様でも間違う』完成。

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拙著『警察腐敗』(講談社)より

 【01】警察庁長官狙撃事件の怪

  前述のように、数ある警視庁警察署の中でもきわだって特殊な風貌風格をそなえているのが本富士署だが、その由緒ある伝統に大きな傷をつける事件が発生した。それは、日本の警察史上最大の屈辱といえる国松警察庁長官狙撃事件である。

  一九九五年三月三十日早朝、国松孝次警察庁長官が東京都内の自宅マンション前でなにものかに銃弾三発を撃ちこまれ、瀕死の重傷を負った。日本警察のトップである現職の警察庁長官が狙撃されたのは前代未聞の出来事である。警察は組織の威信をかけて捜査に乗りだしたが、翌年になって、なんと現職の警察官でオウム真理教の熱心な信者が犯行を「自供」していたことがわかり、ふたたび世間を震撼させることになった。

  ただ、警察内部では、かなり早い段階から内部犯行説がささやかれていた。その理由はきわめて単純で、狙撃の腕前、綿密な下調べの状況などから、とても素人の仕業とは思えなかったからだ。警察庁でも、内部の犯行ではないかと疑い、ひそかに犯人探しがはじまっていた。

  また、長官狙撃が地下鉄サリン事件の直後であり、全国の警察をあげてオウム真理教への捜査を進めていたことなどから、同教団の関与も強く疑われていた。そこで、捜査を進めたところ、やがて現職警察官の中に複数のオウム信者が見つかり、そのうちの一人、のちに犯行を「自供」することになる小杉敏行巡査長が、本富士警察署の公安警察官だったのである。

  じつは、この小杉巡査長が捜査対象になったのは国松長官狙撃事件より前のことで、三月二十日に発生した地下鉄サリン事件の約一週間後のことだった。小杉巡査長がサリン事件捜査の応援のため警視庁築地署の捜査本部に派遣されてまもなく、教団から押収した光ディスクにおさめられた信者リストの中に彼の名が見つかったのだ。

  住所欄には、当時彼が住んでいた東京都文京区の警察官独身寮(菊坂寮) の所在地と電話番号が記載されており、寮の部屋からは教団の機関誌やヘッドギアなどが発見された。
  かくして、オウム捜査にたずさわっていた小杉巡査長がじつはオウム信者だったことがわかり、警視庁幹部は愕然とした。しかも、こともあろうに、警視庁の中でもキャリアの指定席となっている本富士署の中からオウム信者が出たとあっては、それこそ一大事。

  本富士署には、副署長ら幹部だけでなく、一般職員にも優秀者が集められる。それは、一にも二にも、トップのキャリア署長をお守りするためである。だから、警視庁の全職員にとって、この署に配属されるのは名誉なことであり、私も当時はそのことに多少の優越感をもっていたものだ。実際に、それくらいの存在なのである。

  そのエリートを集めた本富士暑がスキャンダルの発信源となったのでは、面目丸つぶれである。もっとも、こうした事態は、長年にわたる極端なキャリア偏重、キャリア主導のウミが出た現象といえなくもない。

  当局は極秘に小杉巡査長の事情聴取を進めたが、捜査情報漏洩などの疑いについて、本人の否定をくつがえすだけの証拠がなく、結局のところ、本富士暑から運転免許試験場に異動させることで、いったん追及を打ち切っていた。

  ところが、国松長官狙撃事件が起き、その後も捜査情報漏洩の疑いが払拭できなかったため、ふたたび小杉巡査長を任意で調べはじめたところ、一九九六年夏すぎごろから、「国松長官は私がやった」と、とんでもない話をはじめたのである。



  超極秘事項の漏洩

もちろん、警視庁はきびしい籍口令を敷いた。「自供」を知っていたのは、特命を受けた捜査員とごく一部の幹部だけである。とりわけマスコミに察知されないよう、小杉元巡査長を運転免許試験場から人事一課に異動させたことにして、都内の施設に隔離して事情聴取を続けたという。「自供」から数カ月間、小杉巡査長は事実上、軟禁状態におかれた。

このとき、警視庁キャリアがなにを考えたかはわからないが、「自供」が真実なら、警視庁はじまって以来の大ピンチ、嘘に嘘を重ねた神奈川県警の幹部と同様、一件を「なかったことにしたい」と考えても不思議はない。

ところが、警視庁が絶対に外部に知られたくはなかった超極秘事項は、同年十月、マスコミ各社に送られた匿名の投書が発端となって明るみに出ることになってしまった。投書は二回。一回目は便箋一枚に、二回目はハガキに、どちらも、筆跡を残さないためだろう、ワープロで書かれていた。


(以下、原文どおり)。

  十月十四日付――。

「国松警察庁長官狙撃の犯人は警視庁警察官(オーム信者)。既に某施設に長期監禁して取り調べた結果、犯行を自供している。しかし、警視庁と警察庁最高幹部の命令により捜査は凍結され、隠蔽されている」

  十月二十四日付 −。

  「国松長官狙撃事件が、警視庁と警察庁最高幹部の命令で捜査が凍結されていることを、先般、数社の皆様にお伝えしました。当庁と警察庁最高幹部からの圧力で不満分子の戯言とされているようです。

  警察の最高責任者を狙撃し瀕死の重傷を負わせた被疑者が現職の警察官であったとなれば、警察全体に対する轟々たる非難や警視総監、副総監、本富士署長の引責辞職や管理者責任が問われないではすまされないと思います。

  警察史上、例のない不祥事と批判され、当庁の威信は地に落ちると思います。警察庁と警視庁の最高幹部が、自己の将来と警察の威信を死守するため真相を隠蔽されようとしても真実は真実です。

  警察官の責務は犯罪を捜査し真実を糾明することです。被疑者が法的にも社会的にも組織的にも許されないことは当然ですが、組織を守るためとして、この事件を迷宮入りさせ法の裁きを受けさせなくするため被疑者の口を封じようとする有資格者の動きは恐ろしくこれを見逃すことは著しく正義に反すると思います。

  しかし、家族を抱えた一警察官の身では、卑怯ですが匿名によるこの方法しかありません。心あるマスコミと警察庁、警視庁、検察庁の幹部の皆様の勇気と正義が最後の拠り所です。匿名をお許しください」



  警視庁を「当庁」と表現しているところをみると、この手紙を書いた人物は警視庁の職員のようで、さらに二十四日付の文面には、保身に走る「有資格者(キャリア)」を糾弾するくだりがあることなどから、小杉巡査長の「自供」を知る立場にあるノンキャリの誰かが義憤に駆られ、投書という手段に出た可能性も考えられる。キャリア偏重に対する内部の不満はいつもくすぶっていて、ことあるごとにこうしたかたちで噴出する。いずれにせよ、警視庁キャリアをあげての隠しごとは、この投書によって粉砕されてしまったのである。

  以後、国民の目はマスコミのレンズを通して、小杉巡査長が神田川に投げ捨てたとされる「証拠」の拳銃探しに注がれたが、数日にわたる中継車を引き連れた仰々しい捜索もむなしく、拳銃は発見できずじまいとなった。そして、一九九七年六月、小杉巡査長の供述があいまいだとして東京地検も捜査を打ち切ったため、真相はいまもって謎のままである。


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拙著『警察腐敗』(講談社)

次は『02 警察庁長官狙撃事件の怪』http://blogs.yahoo.co.jp/kuroki_aki/13595312.html

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