p109-113 実際に拳銃を使用した経験のあるジャーナリストはおそらく私以外にいないのではないか。 考えてみれば「警察官上がり」のジャーナリストはきわめて少ないのだから、あたりまえのことである。そこで、私が経験した「拳銃使用事件」について書くことにする。 それは、私が警視庁第二自動車警ら隊に勤務していた当時のことである。第二自動車警ら隊は隊本部を池袋警察署の八階に構え、警視庁管内の第四方面(新宿警察署など九警察署)、第五方面(池袋警察署など十六警察署)、第六方面(上野警察署など十警察署)、第七方面(深川警察署など九警察署)区内を担当地域としていた。 主に暴力団関係者に対する職務質問を通じ、数多くの拳銃、薬物事件を摘発するなど、輝かしい実績を誇る部署である。 事件の舞台となったのは東京都墨田区の錦糸町である。この周辺はJR総武線をはさみ、暴力団N組とH会が勢力を二分する覚醒剤汚染地帯だった。私は獲物(暴カ団員)を求めて相棒と深川分駐所を出発した。 午後十一時すぎ、京葉道路と四つ目通りが交差する錦糸町交差点で、われわれのパトカーを意識するようにして突然左に曲がった白っぽい乗用車を見つけた。 ただちに追尾を開始した。そのまま京葉道路を西に走り蔵前警察署管内にさしかかったころ、追尾に気がついたのだろうか、目前の不審車輛は業を煮やしたように突然スピードをあげて逃走する態勢に入った。 動物的な習性なのか、相手が逃げれば当然、こちらも追う。サイレンをガンガン鳴らし、相棒が「このヤロウ止まれ」とマイクで怒鳴る。ハンドルを握る私にもプロの意地がある、腹の中で「絶対に逃がさないぞ」と叫んでいた。 そして追跡劇がはじまった。 わずか二分程度のことだったが、私には相当な時間に感じた。 不審車輛は手配を恐れてか東に進路を変えた。結局はもとの錦糸町である。 丸井の裏を抜けて場外馬券売場前を通り、飲食店街を左に曲がったところでタクシーの客待ち渋滞にはまった。「しめしめ、バカヤロウめ」と思いつつ、相手が逃げださないうちにと、急いでパトカーから降りる。 私は不審車輛の右側運転席から「この野郎さんざん手数をかけやがって、早く降りてこい」と怒鳴った。運転席にはおっかない顔をした五十歳ぐらいの男がいる。どこから見てもこの男こそマルB顔(暴力団風)」だ。 私は、気持ちを入れ替えてもう一度言った。 「あのですね、ふざけた走り方しないでくださーい」私の優しい誘いにのって車から降りてくるかと思ったら、クラクションを鳴らして前のタクシーに「どけ」と脅す。「コイツまだ逃げる気だな」と、その瞬間思った。 見ると、運転席の窓に二十センチぐらいのすきまがある。 「ヨシ、ここから手を入れてエンジンのキーを抜いてやれ」と、とっさに左手を入れると、男も同じことを考えたらしく、パワーウインドウのスイッチをオンにしたため、奥深く入れていた私の左腕の上腕部がガラスにはさまれる格好になった。「痛い痛い、離してくれっ」と冗談ぽく言ったが、それでも男はクラクションを鳴らしつづける。 「マズイ。このまま走られたら、引きずられてエライことになるぞ」そう思ったとき、とっさにフォルスターから拳銃を抜いていた。頭の中を「どうしよう。大変なことになった」という言葉にもならない感情が通りすぎていった。 |

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