黒木昭雄の「たった一人の捜査本部」

小原勝幸を容疑者とするこの事件は、言いようのない不正義な社会構造を見せつける事になった。遺作小説『神様でも間違う』完成。

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考察と結論 1

考察と結論
 
 
 徹底的に調べ上げ、考え付く限りの策を労したこの事件は、なぜ解決しないのだろうかと考えてみた。
日本国民は、これほど明確な警察犯罪に対し、なぜ批判の声をあげないのだろうかと考えてみた。
 
 
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マスコミ対策
一つは、徹底した警察のマスコミ対策のために、警察の組織犯罪についての報道が厳しく抑制されたからである。これでは批判の声が上がるどころか、そうした犯罪があったことさえ大多数の国民は知らない。一部の人がインターネットなどを通じてその事実を知ったとしても局地的であり、警察追及の世論にはなりにくい。
二つ目は、巧みな警察の情報操作のために多くの国民が「警察不祥事」に慣れっこにされたためである。チカン、万引き、盗撮、暴行などの警察官個人の不祥事が散発的に公表されることで、本来怒るべき国民も一瞬眉をひそめるだけで、驚きは瞬く間に呆れに変わり、「オイオイまたかよ〜」と相成る。これでは警察批判の声にならない。
 
つまり警察の情報操作とは、公表する情報(個人犯罪)と絶対に秘匿する情報(組織犯罪)を分別することなのである。
「岩手17歳女性殺害事件」における岩手県警の「日本刀恐喝事件」の握りつぶしがほとんど報じられないのは、まさしくこの事件が、絶対に秘匿するべき警察の組織犯罪だからであり、万一、それが公に追及されると、それを突破口に、小原勝幸に懸けられた公的懸賞金の恣意的運用までもが浮上することになる。そうなると警察の威信は地に落ち、警察トップが責任を取らなければならなくなる。すなわち、これほど疑惑に満ち溢れた本件事件に火がつかないのは、本件、「岩手17歳女性殺害事件」が、警察犯罪史に名を残す大事件だからだ。
 
引責者は誰か
小原勝幸を被害者とする「日本刀恐喝事件」の組織的握りつぶしなどは、もとより、岩手県警本部長の責任である。だが、「警察庁から出向してきたキャリア官僚に傷を負わせるわけにいかない」との理由から最終的に腹切り役(引責)を迫られるのは、さしづめ刑事部長ほか地元採用の警察官に違いない。
だが、事件発覚から4ヵ月の超スピードで小原勝幸に懸けられた「公的懸賞金の恣意的運用」に対する責任だけはノンキャリに負わせるわけにはいかない。警察庁の刑事局長が了の文字をサインしているからだ。
 
組織防衛の正体
さて、巷間言われる警察の「組織防衛」とは何か。
「組織防衛」とは読んで字の如く「組織」を「防衛」することだ。平たく言えば、組織にダメージを残さないために何らかの不都合を隠すことである。この言葉は官民を問わず使われるが官と民とでは意味合いが違う。たとえば民間なら最悪、倒産の危機から企業を守ることを意味するが、官である警察には倒産する危険はない。つまり、警察官の中で普通に使われる「組織防衛」とは、すなわちキャリア官僚を守ることなのである。前述した「公的懸賞金の恣意的運用」にキャリア官僚が深く関わっていることは明らかだから、ノンキャリに責任を押し付けるわけにはいかない。要するに「組織防衛(=キャリア保護)」を第一の掟とする警察社会にあって、国民の税金を恣意的に運用したこの事案だけは何があっても公にできないというのが、その真意である。それゆえに岩手県警がその導火線になりうる「日本刀恐喝事件」を握りつぶしても、誰も問題にしないのである。
 
思えば、一件書類を受け取った中井洽国家公安委員長も微動だにしなかった。議員質問を約束した代議士もそれを反故にした。事件の再捜査を求める田野畑村民の署名を受け取った岩手県知事も完全無視。岩手県議会も、その他多くのマスコミも黙したままだ。小原の元交際相手の佐藤梢さんが身を切る思いで語った「梢ちゃんは私の身代わりで殺されたのかもしれない」という言葉は、「組織防衛」に名を借りた一部権力者を守るためだけのために封印されようとしている。こんなバカなことが許されても良いのか。
 
 
 

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