黒木昭雄の「たった一人の捜査本部」

小原勝幸を容疑者とするこの事件は、言いようのない不正義な社会構造を見せつける事になった。遺作小説『神様でも間違う』完成。

連載 警察はなぜ堕落したのか

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私が警察官を辞めたわけ
もうこんな組織とはおさらばだ p128-131
 
警察官だった父への挑戦
 
 私が二十三年間勤めた警視庁を退職したのは平成十一年二月のことだった。当時、私は四十一歳。私ごとき者にも人並みに「人生」というものを感じるときがある。「四十代は人生の踊り場である」と言われるように、杜会人となって一直線に駆け上がってきた人生の階段で、はじめて曲がり角を感じていた。
 
 振り返れば自分の歩んだ過去が見える。見上げると虚しい人生の終着地点が見えるような気がした。「もう一度過去に戻って人生をやり直すことができたなら……」と考えることはあっても、それはできない。家庭もあるし、思うほど若くはない。自分勝手に身動きができないのだ。しかし、薄っすらと彼方に見える将来にも明るさを感じなかった。
 
 今から二十五年前、当時十八歳だった私は、進学か就職かで悩んでいた。
 
 父が警視庁の警察官だったため、幼いころから警察官という職業を身近に感じ、憧れを持ちつづけていた。いつのころからか、ひそかに父と同じ道を歩むことを意識していたのも事実だった。
 
 しかし父に相談しても、
 「俺は警察官になれとも、なるなとも言わないが、警察はそんなに甘くはない」
 と、突き放されるだけだった。
 
 私は反対されたとまでは思わなかったが、父の言葉に反発を感じ、「親父の鼻を明かしてやろう」と、家族に内証で警視庁警察官の採用試験を受ける決意をした。
 
 合格通知を受け取ったとき、「俺は警察官になれとは一言も言ってない」と言いながら見せた父のはにかむ笑顔は、今も忘れることができない。以来、私はことあるごとに父から警察官としての心構えを教え込まれ、頑固者で融通のきかない「警察職人」を自称する父への挑戦がはじまった。
 
 「仕事のできない警察官はいらない。警察官は現場が勝負だ。間違ったことをするな。常に反省をしろ」これが父の□癖だった。警視庁の先輩として、仕事に取り組む姿勢などについて厳しく私を指導した。一方、酒を飲んでは若かりしころの武勇伝を披露するなど、内心は私に大いに期待を寄せていたようだ。
 
 採用は昭和五十一 二九七六)年のことだった。
 
 一年間の教養課程を修了し、無事に警察学校を卒業した私は、東京都文京区本郷の本富士警察署に卒配(卒業配置)された。
 
 当時はまだ学生運動の名残があり、本富士署に近い東京大学の学生とのあいだで小競り合いを繰り返していた。東大では「五月祭」という大学祭が今でもあるが、当時の五月祭はイデオロギーの発露の場でもあった。
 
後楽園の裏手にある礫川公園から出発した学生デモ隊は外堀通りを東に進み、順天堂大学を左折、本郷三丁目を経て東大正門に至る。シュプレヒコールの声が変わったことに気づかなかった私が、デモ隊の渦巻きに巻き込まれ、先輩の必死の枚出によって危うく難を逃れたこともあった。
 
 このように警察現場をとりまく環境は、今とはちがう緊張に包まれていた半面、警察内部の団結は、今からは想像できないほど強く固いものがあった。私が新米警察官だったころは、そんな時代だったのだ。
 
 それから約二十三年間におよぶ警察人生の大半を、私は暴力団構成員らに対する銃器・薬物の取り締まり活動に費やすことになるのだが、はじめから誰もが嫌がる恐ろしい相手を対象としていたわけではない。
 
マニュアルに定められたとおり、はじめは新米警察官の役目として、自転車に乗った一般人を相手に職務質問を繰り返したり、必要性のない交通違反の取り締まり活動に時間を使ったものだった。
 
 だが、時間がたつにつれて拝命当初の意気込みとは裏腹に、実績ノルマを重ねるだけの毎日に不快な気持ち(ときには暗澹たる気持ち)を抱くようになった。
 「なんで立場の弱い者だけを取り締まりの対象に選び、日々のノルマを達成しなくてはいけないのか。はたしてこのままでいいのだろうか」と思い悩むこともあった。
 
 
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