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反撃ののろしを上げる p146-147
私自身の意思はすでに固まっていた。
前述した第二自動車警ら隊当時に受けた屈辱的な処分の一件で、
「俺は以後、納得のできない組織の対応には従わない。納得できない始末書を求められたら、迷わず退職願を書く」
と、腹を決めていた。だから迷いはなかった。
「我慢もここまでだ。親父ゴメン」
私は仲間に退職の意向をひそかに伝え、「大警視庁」を相手に戦う作戦を立てた。
まず、十二月八日、出勤早々に体調の不良を上司に申し出た。それも精神的不調である。ただちにタクシーで警視庁健康管理本部に案内され、担当した氏田章子氏のカウンセリングを受ける
ことになった。
「頭がボーッとなるんです。イライラするんです。不安に襲われるんです」
症状を訴えると、当惑した氏田氏は、私が事前に予想していたとおり、東京警察病院の神経科への受診を勧めた。
警察病院の診断結果は「不眠症」だった。
「おおむね一週間の自宅加療を要す。」
との診断書を受け取り、以後、その診断を更新しながら翌平成十一年一月まで合法的に休みつづけ、告発本の第一弾の執筆にとりかかったのだった。
私の退職の意思を伝え聞いて小躍りしたのは唐崎副署長と豊泉警部だろうが、今となっては立場は逆転した。私が人生の踊り場でもがき苦しんでいたとき、今の立場(ジャーナリスト)に導いてくれたのは、まぎれもなく彼らなのだ。
そして今また、警察を愛するがゆえにこの本を書くことができた。あらためて感謝の意を表したい。
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