黒木昭雄の「たった一人の捜査本部」

小原勝幸を容疑者とするこの事件は、言いようのない不正義な社会構造を見せつける事になった。遺作小説『神様でも間違う』完成。

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組織防衛のための監察制度 p210-214
 
 では、監察制度の現実は、いったいどうなっているのだろうか。
 
 私が勤務した警視庁を例にとって説明してみよう。
 
警視庁では本庁の人事第一課に監察係という部署があり、表向きはそこが警察監察の総本山となっていた。本庁の人事一課監察係は警務部長の直轄部隊で、公安部との人事交流を通じて他部署とは比較にならない親密な関係がある。古くから「秘密警察」にもたとえられ、得体の知れない存在として恐れられていた。不穏な言動でもすれば「人事が動くゾ」と、署員のあいだではひそひそと言いかわされている存在なのである。
 
 監察官になる職員は、おおむね以下のような経歴をもっている。
 
 警察学校を上位の成績で卒業し、第一線の警察署に配属され、署長の推薦で公安講習を受講し、その所属(警察署)の公安係員となる。その後、警務部人事一課(警視庁本部に所属)に配属され、そこで監察係に命免(下命)されるというケース。あるいは、署長の推薦で警務係に配属された署員のなかでとくに優秀と認められた者が、その後、人事一課に配属され、公安係員と同じ道をたどるケースなどだ。いずれにせよ、監察官は講習成績が優秀で、過去に警務・公安といった警察組織の根幹で勤務した経歴の持ち主が多い。
 
 彼らは「国体」を維持するための特殊な洗脳教育を受けているため、一般警官と比較して組織に対する忠誠心がきわめて強く、組織の恐ろしさを身をもって知っている。警察組織の「固有思想」を継承しているスペシャリスト集団なのである。
 
 警視庁職員総数は約四万三千人。しかし警務部人事一諜監察係の職員数はその千分の一以下だ。したがって、たとえ職員の不止を監察する仕事であっても、実際にみずから動いて全職員、全組織を調査する、ということは不可能だ。そのため「人事が動く」端緒は人事一課監察係に直接寄せられるタレ込み(密告)などがほとんどのようだ。
 
 端緒をつかんだ監察は、まず対象者の身辺を極秘のうちに調査し、タレ込みに信憑性があるかどうかを判断する。タレ込みで多いのは、男女関係(不倫)に関するものと、取締対象者との癒着などだという。
 
 調査対象者の出勤時の自宅玄関前や退庁時間の勤務場所玄関などに写真を持った監察官が張り込み、対象者の出退勤時間に合わせて尾行・張り込みが繰り返される。一日の動きはすべて記録され、翌日の報告にまわされる。
 
 一定期間この活勤は繰り返され、その間に接触した人の身分なども詳細に洗われ、情報の突き合わせがおこなわれる。
 
 数日間の尾行で得た証拠写真と報告書にもとづき、いよいよ打ち込み(本人からの事情聴取)の日が決定される。
 
 当日は旱朝から白宅近くに車を配置し、マル対(対象者)が家から出てくるのを待ち受ける。そして監察官は身分をあかし、人事一課監察係への出頭を求める。拒否することは許されず、半ば強制的に拉致のようにして車に押し込むこともあるという。
 
 取調室では対象者に対して事実関係の確認がおこなわれるが、話せば不利益になるのは明らかなので、当然素直に答えない。そこで監察官は、段階的にいくつかの状況を提示して追及していく。監察による身内の取り調べは刑事訴訟法上の被疑者の権利(黙秘権など)を慣習的に認めていない。罵詈雑言を浴びせたり、脅迫したり、したい放題である。
 
 部内では警察官に人権はない。そのことを身をもって知らされる。監察官は対象者を犯罪の被疑者のように扱い、いっさいの弁解も許さない。一方的に「事実」を提示し、そこには一片の情状酌量の余地もない。
 
 最後に証拠の写真を見せて、「これでお前もクビだな」と脅し、「クビじゃ退職金だって出ない。ここで素直に認めなければ懲戒免職だ」と言って依願退職を強要する。
 
 対象者の多くは、「勘弁してください」と言って両手をつき、うなだれるが、監察官はいっさい耳を傾けない。
 
 長時間にわたって拘束し、「懲戒免職になれば退職金も出ないぞ。住宅ローンの返済にも困るだろう。年全も出なくなるぞ」などと言って、将来、子供にかかる学費まで持ち出し、打ちのめす。監察官の目的は依願退職の同意を取りつけることなのだ。
 
 対象者が涙ながらに同意すると、ただちに手続きがとられ、その日の午後には退職辞令の交付という超スピード展開となる。対象者が依願退職に同意した以上、これは処分ではない。この手続きにどれほど違法性があったとしても、異議申し立てをするところもないのだ。監察官はそれら対象者の首を一つ取ったことにより、タレ込みに対して適切に対処したという評価を受ける。
 
 その後、監察対象となった事実(癒着などの不祥事)がおおやけになったとしても、すでに対象者は退職しており、警察としてはあずかり知らぬ、という態度をとれるのだ。
 
 つまり、監察の真の目的は「自浄」ではなく「組織防衛」にあるというわけだ。
 
 ほかにも警察署警務係によるスパイもどきの隠密手□の所属内監察、交番等を監察対象とした方面本部による抜き打ちの随時監察があるが、警察規律の維持管理をうたう監察目的の裏側には、洗脳教育の希薄化を防止するため、つねに警察職員の心に恐怖心を与えつづける意図が隠されているのは明らかなのだ。

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