黒木昭雄の「たった一人の捜査本部」

小原勝幸を容疑者とするこの事件は、言いようのない不正義な社会構造を見せつける事になった。遺作小説『神様でも間違う』完成。

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 警察の世界から飛び出した
  ふたりの新たな船出

曲がった事が嫌いで、たとえ上司であっても思った事をストレートにぶつける夫は、二十三年間務めた警察官の道を捨て、ジャーナリズムの世界に飛び込んだ。元警察官の妻は夫の意向を理解し、文句一つ言わなかった。生活のために夫が船を売ろうかと持ちかけると、「あなたの生きがいだから」と反対。破天荒な夫と、それを黙って見守る妻が歩き始めた第二の人生。


     

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     黒木昭雄 
くろきあきお(42)
   元警視庁警察官・ジャーナリスト




黒木家の危機
「七年前、年に一度の小隊旅行で温泉に出かけたとき、酒の席で上司を殴ったことが問題になった。酔った勢いでつい手を出してしまった程度でしたから、いきなり『クビだ』と言われ、頭にきた。帰宅して一晩考え、退職届を出そうと決意した。つれあいの同意書が必要だったので翌朝、鉛筆書きでひな型をつくって女房へ手渡した。何の説明もしなかったが、この人は即座にそれを清書した。結局はその後、罰俸転勤となったが、当時、長女は小学生、長男は五歳だったから、そのとき職を失ったらたいへんだった。それでもこの人が文句一つ言わなかったのに感心した」
 
ヨット
 
「リストラもない警察官を二十年も務めていると、安定したまま自動的に定年まで過ごせてしまうという焦りが出てくる。四十代にもなると、自分のポジションが見えてくる。仕事以外に一生続けられる生きがいがほしいと思うようになった。『舵』という月刊誌を読んで、よっとのせかいに魅了され、五年まえに小型船舶操縦士の免許を取得した。すぐに小型のクルーザーを購入し、警視庁の仲間を十人集めてマリンクラブをつくった。中古の五百万程度のボロ船ですが、共通の意識を持つ仲間との交流は本当に気持ちがいい」

名演技
 
「一昨年の暮れ、クラブのメンバーが根拠もないのに犯罪集団として取調べを受けた。当然、結果はシロ。それなのに配置換えを命じられ、くだらない理由をつけて始末書を書くよう強要された。堪忍袋の尾が切れた僕は警察官の職を退く事を決意した。

そこからは頭を使いましたよ。有給休暇をめいっぱい使いきり、やめるまでの持ち時間を告発本の執筆に充てようと考えた。早い段階で退職する旨を伝えたら迅速に処理されてしまうし、無断欠勤をすればクビになる。そこで『出勤しなくていい』と言わせるために、精神的におかしくなったと思わせる演技をした。東京警察病院の精神科で、看護婦を罵倒したり、頭がぼーっとする、むかむかする・・・・・とそれらしい言葉を連発したら、精神安定剤をどっさり渡された。ためしに1錠飲んでみたら、効きすぎてラリっちゃった。あれは正常な人が飲んじゃだめだね。

ボクは仕事はきっちりやるが、なにか言うべきことがあれば上司であろうとストレートに発言するタイプ。目の前にヤクザのしゅうだんがいるような生々しい現場では、たとえキャリアの人でも役に立たなければキツイことも言うようにしていた。そんな僕のことを、腹の底じゃ快く思っていない人がいたんだろうね」

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               うちの家庭は明るさで持っている 

 


五十円のコーラ
 
「この人と初めて言葉を交わしたのは、警察学校を卒業して、警視庁本富士署へ配置されて間もなく、本部の水泳大会の練習のために東大のプールに通っていたとき。当時まだ十九歳だった僕は、同じ署の先輩だった彼女の水着姿に見せられてしまったような気もする(笑い)。練習のあと、自動販売機のところにいた僕を追ってきたので、五十円のコーラをおごった。この人の『ありがとう』がかわいいなと思った。

つきあいはじめてから、彼女がパトロール中に、付近で泥棒の実況見分をしていた僕とすれ違ったことがあった。ミニパトカーの助手席でこの人がこっちに向かって手を振った瞬間、その車がガードレールにコチンとぶつかった。彼女は交通安全運動のアナウンス中だった」
 
 
新婚生活
 
「結婚後、七年間は共働きだった。同業だと、説明なしに警察用語で何でも話し合えるから楽ですね。仲間に夫婦の主導権争いは『初めが肝心』と教育されていた僕は、新婚当初から飲み歩いて、朝帰りすることもあった」
警察ジャーナリズ
 
「現職のときは、年収950万円ほどでしたが、それが一気になくなったわけで、普通ならば泣き言の一つも言ってもおかしくない。家のローンもあれば、受験を控えた子ども二人の学費も念頭に置かなければらない。公務員だから失業保険もない。でも、この人は何も言わない。それどころか、退職金1200万円から自費出版のために200万円をポンと出してくれた。船を売ろうとしたら、『それを売っちゃったら、お父さんダメになる』と言って引き留めた。

生まれ変わっても、この人を選ぶだろうな。うちの家庭は明るさで持っている。警察の不祥事で懲戒免職になった人のニュースを見た子どもに『お父さんはクビじゃなかったんだから、よかったよ』なんて笑ってなぐさめられたりね。女房は空気みたいで、いる事も忘れるくらい頼り切っている。仕事から帰ってきて疲れている顔を見ると、早く楽にさせてあげたいと思う」



  黒木家の危機

「当日、主人の上司から私あてに『ご主人を懲戒免職にする』との電話があった。お酒の席のことでもあるし、上司ならば主人に何発もたたき返して始動したらよかったのにと話したら『あなたも生意気だ』と言われてしまいました。この件は警察官を退職していた主人の父親のところにも伝えられ、お父さんまで謝罪する事になりました。主人が退職するというのを反対しても気持ちを抑えられなかっただろうし、つらい想いをしながら無理して仕事してもらうのも良くないと思った。ただ、子どもも小さかったし、この人がいつ仕事を辞めるかわからないという危機感はあった。子どもが生まれてからはずっと専業主婦でしたが、この事件を機に、ヤクルトの販売業を始めました」
 
 
 ヨット
 
「船に乗るようになってから主人が生き生きとしているのが手に取るようにわかる。普段の休日は早起きなんかしたことがないのに、ヨットの日には朝からそわそわしている。予告もなく、『船買っちゃった』と報告されたとき、あら、本気だったのと驚きましたけれど。家が千葉の田舎で遠いから、都心で飲んで遅くなったときは船で泊まってくることもあって、けっこう便利なようです」
 
 
名演技
 
「この船が、まさか警察官を辞めるきっかけになろうとは思っていませんでした。主人たちは意味もなく、張り込み、聞き込みもされた。クルーのひとりの女性警察官が缶詰状態で事情聴取を受けたり、公安係りに執拗に尾行されたりとかわいそうだった。

 この人、パトカーに憧れて警察官になったのに、配置換えのために十八年近く乗ったパトカーを降りることになって悔しかったんでしょう。あのころは病気ではなかったんですが、精神的にだいぶ参っているようでした。署内で精神的不調を訴えた主人が上司を怒鳴りつけたりして一芝居打ち、健康管理本部でカウンセリングを受けた後、心配だからと病院への付き添いのために私も呼び出されました。診断結果は不眠症でした。

 主人が警察を辞める事は、クラブのメンバーにはあらかじめ伝えていたんですが、仲間には『戻ってきてください』と説得されていました。退職後も、『人生楽ありゃ苦もあるさ』とメッセージの入ったカードをいただいたり、この人ずいぶん励まされたみたい」


主人は根が正直だから隠しごとができない


  五十円のコーラ 

「初めてこの人を見たとき、かわいいなと思った。婦警の寮の門限は夜十一時だったので、デートをしても早めに引き揚げなければならなかった。付き合って三ヵ月ごろ、十時ごろにいったんは別れたんですが、寮に帰宅したふりをして、忍び足で出かけた。トレンチコートの襟を立て、小さな庇の下で壁に張り付いて主人を待っていました。

 警察官の場合、つきあったら即結婚というのが常識。できちゃった結婚じゃなくてバレちゃった結婚する人が多い。そうなる前に、主人が署長に伝えた。中間管理職を経由せずに中抜きで親しかった上司に直接話したのは、前代未聞だったようです」 


  新婚生活

 「新婚早々、四日に一度は午前様。平気で仲間を連れてくる。頭にきて、主人の同僚の手みやげだったブドウをこの人に投げつけたこともあります。あるときなんか、酔っぱらって知らない人を連れてきた主人に、その人はだれですかと尋ねたら、『いや、俺も知らない』と」   


 警察ジャーナリズム

 「この人は好きなことをとっちゃうと輝かなくなるから、仕事を辞めるのも仕方ないし、船は最後までとっておいたほうがいいなと思いました。著書やテレビなどのメディアで警察組織に対して攻撃的な発言をしているわけですから、子どもや親類などへの影響も心配しないわけではありません。

 でも、現場で働くおわまりさんの仕事がしやすくなるように、やりたい仕事をやっているわけですし、そういう姿を子どもたちに見せるのはいいことだと思うんです。夢がある父親というのは子どもにとって、いい『見せ物』ですよ。主人は、いまこそ警察官として二十三年間勤めた誇りを見せなきゃいけないと張り切っていますから。

 家計は楽ではありませんが、私たちはいつも『大丈夫、なんとかなる』と笑っています。悲壮感がないので、娘は『うちの冷蔵庫には食べ物がいっぱい詰まっているし、どこが大変なの?』と言う。

 主人は外泊したり、自由奔放にしていますが、根が正直だから隠しごとができない。色恋はとっくに通り過ぎていますが、精神的につながっていると感じます。乱気流の時には落ち着くまで、ただ黙って見守っています」



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 夫は東京の下町で育った。
 父親の代から警察官。几帳面すぎる父への反発もあったが、警察官を目指し、1976年に警視庁採用後、二十三年間にわたり警視庁に勤めた。
 77年、文京区の警視庁本富士署、86年、警視庁第二自動車警ら隊四中隊南千住分駐所、九十三年、池袋分駐所に勤務。
事件の影響で、95年には荏原警察署へ罰俸転勤となった。千葉の自宅からかろうじて通える遠隔地で、定期代は半年で十五万円を超えた。
 昨年一月、荏原署巡査部長を最後に退職。警察ジャーナリストに転身した。

 妻は新潟県生まれ。末っ子で四人の兄がいる。
 婦人警察官として十二年間警視庁に勤務した。本富士署に在籍中に夫に出会い、一年後に結婚。四谷警察署に移動となり、長女を出産するまでの七年間勤務した。刑事の経験もある。
 
夫二十歳、妻二十二歳のときに結婚。
式は千代田区の半蔵門会館で行った。
 
 夫はバイクが趣味。結婚後、子どもができないとあきらめて、
246万円のホンダのゴールドウィングを購入したら、直後に長女が生まれた。その後、1000㏄のスーパーブラックバードに乗っていたが、船を購入する際に売却した。
 
 
 夫は少年時代、無免許でバイクに乗り、交番に連れていかれたことがある。父親に往復ビンタを張られた。

 父親は昨年一月に胃がんで亡くなった。夫は、その直前に警察を辞めること決め、合法的に休みを取り、自宅で執筆を続けていた。父親には、あえて知らせなかった。几帳面な父親は、入院先の病室のカレンダーに息子の非番、当直の日などを書き込んでいたため、夫はそれに合わせて見舞いに行った。死ぬ直前まで息子を心配する父の姿に胸が痛んだという。

 長女が生まれる前に妻が流産してから、夫は夫婦げんかでいっさい手を上げない代わりに、者にあたることに決めた。木星の食卓をたたき割ったこともある。
 
 ヤクルトのマネージャーとして月曜から土曜まで働く妻にかわって、子どもたちが家事を手伝う。
 
 夫は自費出版した『警官は実弾を込め、檄鉄を起こした』(草輝出版)でジャーナリストとしてデビュー。近著に『警察はなぜ堕落したのか』(草思社)『警察腐敗』(講談社)がある。
 
 
【カップル史】
 1977年 警視庁本富士警察署で出会う
 78年 結婚
 85年 長女誕生
 88年 長男誕生



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『週刊朝日』2000.10.13
 


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