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両親の憤り(p9) 私が須藤さんのお宅におじゃましたのは今年(平成12年)5月26日のことだった。 その日は、たまたま須藤さんは県警に「要望書」を提出に行って留守だった。 栃木県警の最初の「回答書」の内容があまりにもひどかったため、「もっとまともなものを出してほしい」と申し入れに行ったのだ。
妻の洋子さんから、「今、お父さんは県警に行ってますので、ちょっと待っててください」と言われたので、理髪店の待合室でお茶をいただきながら、お客の散髪をしている洋子さんと雑談になった。
洋子さんとは初対面であるが、互いにテレビで顔を知っていたので、ぎこちなさはまったく感じなかった。「まー黒木さん、聞いてくださいよ。本当に、こんなひどいことって世の中にあるんでしょうか」 「うちの正和は警察に殺されたんですよ。ホント。 警察には何回も相談に行ったのに、全然相手にされなかったし、今になって警察は、正和が殺されたのは私が電話で『デロスケ』って言ったからだって逃げてるんですよ。 でも、なのときたしかに刑事が『石橋の警察の者だ』って言ったんです。それで電話が切れて、その後は一回も電話はかかってこなかった」 「でもね、マスコミの方々には本当に感謝しているんですよ。 うちのお父さんも本当によく頑張りましたけど、産経新聞の記者の人が話を聞いてくれて連載してくれたから、この事件は世の中に知られることになったんです。 そして、社会が動いたから警察も私たちを相手にするようになったんです。 それまではホントに無視してましたからね」 その変わり身の早さも「なんだかな」と腑に落ちない。 「すぐ近くに駐在所があるんですが、これだけマスコミが来て大騒ぎになっているのに、一度もこないんですよ。 ここは黒羽警察署の管轄で石橋とは関係がないんですが、住民のなかにこんなひどい被害者がいれば、とりあえず顔を出すのがあたりまえだと私はおもうんですよ。 管轄がちがうから知らん顔というのでは、あんまりですよ。 とにかく警察の扱いは絶対に納得できません。 ウソばっかりです。やりきれない」 テレビで聞く声よりも若干トーンが高く、テンポが速かった。 「黒木さん、警察のなかの本当のことはわからないですけど、ひどいウソつきだってことはつくづくわかりました」 と、いきなり切りだした。 「なんであんなに平気でウソをつけるんでしょうかね。A(主犯格の少年)の親もまだ警察官をやってるんですよ。 どうなんでしょう、ふつうはやってられないでしょ? まったく理解できないですよね」 |
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