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16回ものたらいまわし(p12) 平成12年3月14日に宇都宮千帆裁判所で開かれた初公判以来、検察の冒頭陳述によって証言に立った被告らの口から、生々しい残虐非道な犯行の数々が明らかになった。事件を振り返ってみる。 AとB、Cは以前からの暴走族仲間だったが、三人のなかでつねにリーダー格として君臨するAは、日ごろからB、Cに遊ぶ金を要求して巻き上げていた。 当時、被害者的立場にあったBとCはたまりかねて、「もう金はないから勘弁してくれ」とAに泣きついた。 するとAは、「それならお前らの代わりに金をつくれる奴をつれてこい」と二人に命じたのである。 BとCは相談し、「おとなしくて犯行しない者」を探すことになった。 その結果、Bと同じ日産自動車栃木工場(上三川町上蒲生)に勤務する、おとなしくて優しい性格の須藤正和君が標的になるのだが、正和君が被疑者らによって拉致されたのは前年(平成11年)の9月29日のことだった。 「暴力団員の車と衝突事故をおこし、修理代金をようきゅうされているから金をつくってくれ」と、ありもしない理由で正和君を呼び出したのは、同僚のBである。 当日、BはA、Cといっしょに行動していた。 正和君は同僚の切実な頼みを断ることができず、少年グループと消費者金融に向かった。 ところがどうしたわけか、借入申し込みの審査ではねられて金を借りることができなかった。 「サラ金から金を借りれないんだったら、銀行に行け。貯金があるだろう」と三人は激怒して脅し、正和君の銀行口座から7万円を引き出させたのである。 これが被害総額7百万円にのぼる恐喝事件、そして拉致監禁リンチ殺人事件のはじまりだった。 翌30日も三人に連れ回され、消費者金融「レイク」から15万円、「日本クレジットサービス」から15万円をむりやり借りさせられ、Aにとりあげられた。 しかしAはこれにまんぞくすることなく「これっぽっちじゃ足りないから、誰かにサラ金から借りさせろ」と命令し、その足で、正和君に彼の同僚に身代わりになってもらって借入を頼み込ませ、「武富士」から20万円を借り出させた。 その後も正和君はAに脅されて金を集めさせられ、10月4日までのわずか6日間にAら三人から147万円もの大金をむしりとられた。 その後しばらくして、Aらは正和君を連れての金集めをやめている。 たび重なるリンチで変わりはてた姿となった正和君を人前にだすことができなくなったのだ。 それを裏付けるかのように、少年らの集金方法はそれまでと一変する。 「もしもし○○君? 俺だ、須藤だよ、じつは交通事故を起こしてこまってるんだ、悪いんだけど、いくらかお金を貸してもらいたいんだけど・・・・・・」と、正和君に友達に電話をかけさせるようにしたのだ。 正和君の友達がこれに応じないときは、A、Bらが代わって電話に出て、「俺は宇都宮の○○組のAだ。 須藤が俺の車にぶつけてな、修理代がないって言うんで、お前も友達だったら金貸してやれよ」とすごむのだ。 主犯格Aらによる残虐非道なリンチ殺人の実態もさることながら、栃木県警が須藤さん夫妻、および加害少年の親からの捜査要請をことごとく無視していたことには驚くほかない。
どの社会にも多少の不心得者はいるものだが、市民を守る立場の警察官が捜査を渋ってとりあわず、16回もたらいまわしにしたというのだから、話しにならない。
「警察はなぜ動かなかったのか?」などと疑問に思うよりは、少なくとも栃木県警管轄においては、「警察は動かない」と思ったほうがよさそうである。 栃木県内には23の警察署があるが、この事件で須藤さんの要請に応じなかったのは石橋、宇都宮東、宇都宮中央、黒羽の四つの警察署である。 もしもこのうちの一つの警察署でも須藤さんの要請に応じていれば、正和君の命は奪われることもなく、加害者の少年たちも殺人という大罪を犯すことはなかったのだ。 犯人たちも憎いが、同じように警察にも憎しみを禁じ得ない。 |
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