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殺害から逮捕まで〈2〉(P22)
Bが死体の上からセメントを流し込む。
その上から3人で土をかけ、ベニヤ板で覆い、さらに土をかけて踏み固め、落ち葉をかけて偽装工作をおこなった。
その後、正和君の衣類および犯行に使用したプラスチックのタンクなどの道具類はすべて捨て、すでに手配されているインテグラからナンバープレートをはずし、宇都宮市内のダムに車を沈めようとした。
しかし、計画通りにインテグラが沈まなかったため、車体にペンキを塗り、ハンマーで壊して悪戯に見せかける偽装工作をした。
その夜、A,B,C,Dの4人は宇都宮市内のホテルに泊まった。
「15年間(時効)は逃げ切ってやろう。死体が見つからなければ迷宮入りだ」
主犯格のAの音頭でビールで祝杯をあげた。
12月4日午後1時ごろ、Dは上野駅でBらと別れ、自宅に向かった。
数日間どこに言っていたのかと家族に追及され、犯行のすべてを打ち明けた。
同日夜、Dは家族に付き添われ、警視庁三田警察署に自首。
警視庁がその日のうちに市貝町の山林に埋められている正和君の遺体を発見した。
12月5日、あらかじめ約束していた高田馬場のウィークリーマンションにA,B,Cの3人が現れたところを、警視庁捜査一課と三田警察署の捜査員が身柄を確保、逮捕した。
じつは、正和君が殺害された12月2日、Cの母親から「昨夜(12月1日)うちの息子が宇都宮市内で事故を起こして逃げてしまった」と須藤さんの携帯電話に連絡が入った。
先にふれたように、11月30日の段階で須藤さんは石橋警察署の刑事にCの車の捜査手配を依頼しており、刑事も手配を約束した。
しかし、結果的にそれは全く生かされなかった。
のちに記録に探したところCの事故記録はないというが、もしも本当にCが交通事故を起こしていたなら、当然手配に引っかかったはずである。
場合によって、それによって正和君が無事救出されていたかもしれないのだ。
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http://blogs.yahoo.co.jp/kuroki_aki/7627434.html
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