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昔々、私がまだ中学生だったころ 夜な夜な友人の兄貴のバイクを乗り出して 警察に捕まったことがあります。 子どもは親の目を盗むというけど、 まさしく私もオヤジのいない隙を狙ったのです。 検問に引っかかったとき 口から心臓が飛び出すかと思うほど過呼吸になりました。 「んん、免許証は? 無免だろコラッ!」 お巡りさんは瞬時に見破りました。 「名前は? ウソをつくんじゃねぇぞコラ!」 「で、バイク、どこでカッパラった?」 矢継ぎ早の質問でした。 あの・・・ 本当の事を言ったら友達に迷惑がかかります。 空き地で私の帰りを待つ彼が、バイクを乗り出した張本人だからです。 「吐かねぇと逮捕するぞ、コラ!」 ・・・・・・ ・・・・・・ その時でした。 「アキオ!」 パトカーから降りてきた警察官が私の名前を叫んだのです。 ―――バレた ほどなくすると、交番のドアが乱暴に開きました。 後ろ手で手荒にドアを閉めた鬼の形相の男が 「この野郎、何をしやがった」 とも言い終わらぬうちに、いきなりバシバシと殴りつけたのです。 当時私は12歳、刑事処分は逃れました。 「後ろに乗れ」 私は、男が命じるままに後部座席にまたがりました。 そして走り始めて10分ぐらいしたころ、「痛かったか!?」と聞くのです。 「そりゃ痛いよ」 男は、声を低く言いました。 「よく聞け昭雄。親はな、ああいうときは殴らなきゃならねぇんだ。他の警察官に示しがつかねぇだろ、ん?」 その時、私のまぶたから涙がこぼれ落ちました。 当時、親父は警視庁亀有警察署の刑事でした。 私は、親父が宿直でいない留守の日を狙ったのです。 私の名前を叫んだのは、「亀警」で子どもに柔道を教える警察官。 以後の稽古が厳しくなったことは言うまでもありません。 「今日は何日だ?」 自宅に向かう道すがら親父が聞きました。 「9月9日だよ」 「そうか、汲々(9.9)の日か―――」 その言葉が忘れられません。 何を思ってそんな事を口にしたのか。 毎年この日になると、親父は「99の日か」と、その言葉を口にし続けたのです。 戒めなのでしょうか。 天国の親父に率直に聞いてみたいです。 「俺の生き方、どう思う?」 「バカ野郎だ」
そう、笑うかも知れませんね。 |
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2009年09月09日
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みなさん 検討議題<4−2>での活発な検討ありありがとうございます。 私的には、勝幸の右手の負傷、つまり何者かによる「リンチ」がこの日のスタートラインではないかと思えてなりません。 以下の証言は、5月13日、岩手県警と岩手県公安委員会、そして警察庁と国家公安委員会に提出した「情報提供書」から抜粋した当日の様子です。 プライベートな部分を削り、若干表現を変えました。 1 梢Aは近くのコンビニに買い出し <10:00頃> ―― 勝幸は、車の中で寝ていた ―― (梢A証言) 2 梢Aは覚悟を持って勝幸から逃げた <11:00以降> 日常的に繰り返される暴力と身勝手な勝幸に耐えかねた梢Aは、日頃から勝幸から逃げるチャンスをうかがっていた。 そしてこの日、勝幸の財布の中に千円程度の現金しかなく、しかも車のガソリンが半分しかなかったことから、「宮城までは追いかけてこれない」と決別を決断。梢Aは、盛岡駅に向かい、途中、【※1】一関で時間をつぶした後に実家のある宮城県■■■■駅を目指した。 梢Aが逃げたと知った勝幸は、梢Aが電車に乗って間もない頃から、「よりを戻したい」「今日逃げられるのは分かっていた」「被害届を取り下げるために一緒に久慈に行こう。二人で行かなければ取り下げられない」「お前(梢A)はいなくなったからどうでも良いから、(被害届を)取り下げようと思ってるから、もう一回来てくれ」等と梢Aの携帯に電話やメールを送りつけるなどして迫った。 【※1】一関で時間をつぶしたのは、父親の仕事が午後9時に終るので、それに合わせて帰宅時間を午後9時に設定した。 (梢A証言) 3 勝幸にワンコール <21:00以降> 父親に■■■■駅に迎えにきてもらった梢Aは、「家に着いたら家電からワンコしろ」としつこく迫る勝幸の要求に応じ勝幸の携帯にワンコールして電話を切った。 (梢A証言) 4 梢Aの携帯に見知らぬ携帯番号から着信 <22:10〜22:40> 帰宅して間もない頃梢Aの携帯に着信したが、【※1】見知らぬ携帯番号のため無視。 それから約20分後、【※2】今度は家の電話に着信。梢Bからの電話である事を確かめた父親が梢Aに取り次いだ。その後2人はメールアドレスを交換、22時40分頃から「最近どうしている?」「今日勝幸と別れた」「なんで別れたのかな?これからどうするつもり?」「もうイヤだよ」など計6回くらいメールを交換したと言うが29日0時30分頃を最後に梢Bからのメールは途絶えた。 (梢A証言) 【※1】Q:梢Aはなぜ友達である梢Bの携帯番号を登録していなかったのか? A:登録していたが、友達に助けを求める事を阻止するために、勝幸が、梢Aの携帯に登録されているアドレスを全て削除していた。 【※2】Q:勝幸と転々と暮らしている事を知る梢Bが、なぜこの日に限って梢Aの実家に連絡してきたのか? A:私(梢A)の携帯に連絡してきた時、既に梢Bちゃんの近くに勝幸がいて「家電にかけろ」と勝幸に指示されたのだと思う。 その時、「ちょっと変だな」と思い「なぜ家電の番号を知ったの?」と聞くと、梢Bちゃんは「友達に聞いた」と言ったので、特に気にする事もなくメールでやり取りした。この時、もしおかしさに気づいていれば梢Bちゃんは殺されることはなかったかもしれない。申し訳なく思っている。 (梢A証言) 5 梢Bが交際男性の家を出る <22:20頃> 被害者は「友達の彼氏に呼ばれた」「理由は恋愛相談」だと言い、「私、殺されるかもしれない、その時は電話するね」と笑いながら「待ち合わせのコンビニに行く」と言って部屋を出て行った。 (■■■証言・マスコミ報道) 6 被害者が防犯カメラに記録される <22:43〜23:00頃> 午後10時43分頃から17分後の午後11時頃までの間、梢Bが一人で雑誌を立ち読みする姿がコンビニの防犯カメラに記録されていたが、勝幸の姿は記録されていなかった。 (梢B父親証言) 7 勝幸の姿がガソリンスタンドの防犯カメラに記録される<2:14〜2:17頃> 8 梢Aの携帯に右手を負傷した写メが届く <7:30頃> 写メには「被害届を取り下げるからもう一度盛岡にきてくれなきゃ困る」などと梢Aを呼び出す内容が書かれていた。だが梢Aは事前に「今後あんた(梢A)は必要ない」と千葉警部補に言われていたので勝幸の要求に応じなかった。「それに、今までに何度も逃げたがそのたびに捕まり暴行されたので『もうイヤだ』と思い断った」 (梢A証言) 9 勝幸が突然次男夫婦(■■・■■)の住む田野畑村の村営住宅に来る <9:30頃> 勝幸の服装は「ジーパンに黒の長袖のTシャツで前開き」右手にケガを負っていた。ケガの理由を聞くと、「壁を何回か殴った」と言ったので、「そうなのかなぁ」と思ったが、手の甲にも傷があったので変だと思った。 (■■・■■証言) 10 勝幸の車の中にあった梢Aの荷造り <9:30過ぎ〜12:00頃>
勝幸に頼まれた■■・■■が、車の中にあった梢Aの衣類などを勝幸が持参したセブンスターの段ボール箱に収めた。在中品はトランクに入っていた衣装ケースの中の梢の荷物。「衣類、ステッチ(キャラクター)のぬいぐるみ2つ、財布、時計、スニーカー、化粧品、勝幸のじゅじゅ玉」など。この時勝幸は、「仕事がない」「もうだめだ」と言うので■■・■■が励ました。トランク内と助手席、運転席などを見たが、血痕のようなものや濡れたあと(失禁)などは無かった。ただ、運転席のシートに血が付いていて、勝幸のGパンの右の太もも付近にも血痕があった。 (■■・■■証言) |
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16回ものたらいまわし(p12) 平成12年3月14日に宇都宮千帆裁判所で開かれた初公判以来、検察の冒頭陳述によって証言に立った被告らの口から、生々しい残虐非道な犯行の数々が明らかになった。事件を振り返ってみる。 AとB、Cは以前からの暴走族仲間だったが、三人のなかでつねにリーダー格として君臨するAは、日ごろからB、Cに遊ぶ金を要求して巻き上げていた。 当時、被害者的立場にあったBとCはたまりかねて、「もう金はないから勘弁してくれ」とAに泣きついた。 するとAは、「それならお前らの代わりに金をつくれる奴をつれてこい」と二人に命じたのである。 BとCは相談し、「おとなしくて犯行しない者」を探すことになった。 その結果、Bと同じ日産自動車栃木工場(上三川町上蒲生)に勤務する、おとなしくて優しい性格の須藤正和君が標的になるのだが、正和君が被疑者らによって拉致されたのは前年(平成11年)の9月29日のことだった。 「暴力団員の車と衝突事故をおこし、修理代金をようきゅうされているから金をつくってくれ」と、ありもしない理由で正和君を呼び出したのは、同僚のBである。 当日、BはA、Cといっしょに行動していた。 正和君は同僚の切実な頼みを断ることができず、少年グループと消費者金融に向かった。 ところがどうしたわけか、借入申し込みの審査ではねられて金を借りることができなかった。 「サラ金から金を借りれないんだったら、銀行に行け。貯金があるだろう」と三人は激怒して脅し、正和君の銀行口座から7万円を引き出させたのである。 これが被害総額7百万円にのぼる恐喝事件、そして拉致監禁リンチ殺人事件のはじまりだった。 翌30日も三人に連れ回され、消費者金融「レイク」から15万円、「日本クレジットサービス」から15万円をむりやり借りさせられ、Aにとりあげられた。 しかしAはこれにまんぞくすることなく「これっぽっちじゃ足りないから、誰かにサラ金から借りさせろ」と命令し、その足で、正和君に彼の同僚に身代わりになってもらって借入を頼み込ませ、「武富士」から20万円を借り出させた。 その後も正和君はAに脅されて金を集めさせられ、10月4日までのわずか6日間にAら三人から147万円もの大金をむしりとられた。 その後しばらくして、Aらは正和君を連れての金集めをやめている。 たび重なるリンチで変わりはてた姿となった正和君を人前にだすことができなくなったのだ。 それを裏付けるかのように、少年らの集金方法はそれまでと一変する。 「もしもし○○君? 俺だ、須藤だよ、じつは交通事故を起こしてこまってるんだ、悪いんだけど、いくらかお金を貸してもらいたいんだけど・・・・・・」と、正和君に友達に電話をかけさせるようにしたのだ。 正和君の友達がこれに応じないときは、A、Bらが代わって電話に出て、「俺は宇都宮の○○組のAだ。 須藤が俺の車にぶつけてな、修理代がないって言うんで、お前も友達だったら金貸してやれよ」とすごむのだ。 主犯格Aらによる残虐非道なリンチ殺人の実態もさることながら、栃木県警が須藤さん夫妻、および加害少年の親からの捜査要請をことごとく無視していたことには驚くほかない。
どの社会にも多少の不心得者はいるものだが、市民を守る立場の警察官が捜査を渋ってとりあわず、16回もたらいまわしにしたというのだから、話しにならない。
「警察はなぜ動かなかったのか?」などと疑問に思うよりは、少なくとも栃木県警管轄においては、「警察は動かない」と思ったほうがよさそうである。 栃木県内には23の警察署があるが、この事件で須藤さんの要請に応じなかったのは石橋、宇都宮東、宇都宮中央、黒羽の四つの警察署である。 もしもこのうちの一つの警察署でも須藤さんの要請に応じていれば、正和君の命は奪われることもなく、加害者の少年たちも殺人という大罪を犯すことはなかったのだ。 犯人たちも憎いが、同じように警察にも憎しみを禁じ得ない。 |
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